第86話 お駒の新たな修行

お駒の願いでもあり揚羽亭に初めて来た小娘が勤める庭掃除、草履番から勤め始めた。

この願いは女将を喜ばせ感心させた。

三日後、お駒の仕事が配膳係り補助に変わった、この役目は調理場から客間へ膳を運ぶ係りで決して客間には入らない、あくまでも客間の廊下まで運ぶ係りである、客間への配膳は接客係りが行うのである。

そんなある日、玄関が騒がしくなった。

女将を始め店の者達が何事かと集まった、勿論その中にはお駒もいた。

騒ぎはと言えば派手な羽織を羽織った若者達三人が昼日中から酒を食らって騒いでいたのである。

「ですから、何度も申しております様にこちらは事前のご予約がなければお部屋のご用意がありません、御引取り下さいませ」

お花が必死に上がりを拒んでいた。

正直、事前の知らせ予約が無くても常連で部屋が空いていれば受け入れていた、だが一見でそれもこれ程酔っていては受け入れられない。

「煩い、飯を食わせろと言うておるだけだ。その方如き女中では話にならん。女将を呼べ、女将を」

皆の後ろから女将が前に出て挨拶した。

「当料亭の女将で御座います」

「おぉ、その方が女将か、この女が上に上げぬ、こんな女は放り出せ。女将、我ら飯と酒を所望じゃ。上がるぞ」

「お待ち下さい。この者が申した通り事前のご連絡が無いお客様はお上げ出来かねます。部屋も空いて居りませんので・・・本日はお引取り下さい」

「何~、女将その方までも・・・・・退け」

若侍が両手で持った刀の鞘で女将の肩を払い退け様とした、だが、それをほうきの柄が受け止めた。

何時何処から現れたのか解らなかったが女中の一人が受け止めていた、勿論お駒であった。

「無礼者、貴様・・・武士の刀を・・・・・」

「失礼では御座いますが、無礼とは礼が無いと書きます、この店の主たる女将の許しを得ず奥に通ろうとする其方様が無礼と申せましょう」

お駒のこの言葉に女将を始め店の者達は驚き、喜びもし怖くもなった。

「何を・・・・この女・・・・そこへ直れ刀の錆にしてくれん」

「あらまぁ、直れと言われますか、じっとしていないと切れない・・・・・歯向かってはいけませんので」

お駒は言うやほうきの柄で鞘を弾き若侍を遠のけ女将を庇う様に前に立った。

「おのれ・・・女・・言わせておけば我ら旗本を虚仮にしおって・・・許さん」

「へぇ~、旗本ですか本当ですかね~どうせ親が旗本であんたら次男、三男でしょうが、世継の嫡男じゃあないでしょう~。どうですね。わ・か・さ・ま」

「・・・くぅ~、おのれ、おのれ」

一人が刀を抜き釣られる様に他の二人も抜いた。

店の皆が悲鳴を上げた・・・・が、お駒はゆっくりとほうきを正眼に構えた。

「・・・・女・・・切るぞ・・・切るぞ・・・・」

「切れるものなら切ってごらん・・・・・そっちから来ないんならこちらから行くよ・・・基(モトイ)行きますよ」

「おのれ、お・・・」

言葉が途中で途切れ小手を打たれ鳩尾を衝かれ後ろに吹っ飛び他の二人は肩を軽く打たれ刀を落としてしまった。

お駒はと言えば何事も無かった様にほうきを右手に持ち元の場所に立っていた。

「お二人さん、軽い打撃にして置きました、気を失った若様を連れて帰りなさい」

言われるがままに二人は刀を拾い鞘に収め気を失った男を両側から支えた。

「あぁ~あぁ、それからこの店に仕返しは考え無い事ですよ。お武家様が女中に負けたなど知れたら恥ですからね、それも剣を抜いてね。家紋は覚えましたので読売に出しますよ、良いですね。返事は」

「・・・・相解った・・・そちらも他言無用に願いたい」

「畏まりました。但し、他所での悪さを見かけたり耳にした時は読売に出て御家断絶・・・この店に何かあっても御家断絶・・・私の身に何かあっても御家断絶・・・・と覚えておいて下さいな・・・・精々私の壮健を祈っていて下さいな」

「畏まった」

一人を引き摺る様にして三人が去って行った。

お駒は何事も無かったかの様にほうきを借りた女中に渡し奥へと戻って行った、だが女将を始め他の者達は只呆然と立ち尽くすのみだった。

その日の夜、女将がお駒を呼び礼を言った後に問い質したが勿論答えを得る事は適わなかった。

お駒は配膳係り補助の間に接客係りの仕事を見て学び十日余りで接客係りに変わった。

お駒が初めて接客係りとして客間の廊下で正座し声を掛けた。

「失礼致します。お茶をお持ち致しました」

障子を開けお辞儀をし顔を上げて驚いた。

「まぁ、龍一郎様、お佐紀様」

「お駒、仲居がそれで良いのか」

「申し訳御座いません。失礼を致します、お茶で御座います、どうぞ、本日、給仕させて戴きます、お駒と申します、よろしくお願い申します」

部屋には二人以外に女将もおり暫らく談笑していた様にお駒には見受けられた。

「お駒、そなたの武勇伝を今お聞きしておった」

「・・・・申し訳も御座いませぬ・・・つい差出がましい行いを致しました」

「いや、勘違い致すな。そなたを責めておるのでは無い。私は女将に正直にお話し我らの仲間になって貰おうと思う・・・・・お駒、この事どう思うな」

「・・・・・良い考えかと思います。ぜひにもそうなされませ。必ずや我らの強い味方となりましょう・・・ですが・・・そうなりますと私共が船宿を開く必要が無くなるのではありませんか」

「江戸の武士、分限者の全てがここに来る訳ではない、それにここは料亭であって船宿ではない。お駒、我ら女将に話す、そなたは店の仕事を続けよ」

「畏まりました。女将さん、料理は如何に致しましょうか」

「龍一郎様、お任せで宜しゅう御座いますか」

「お佐紀、良いかな」

「はい、旦那様、お駒さんに一言宜しいでしょうか」

「なんぞ申す事があるかな」

「いいえ、家族の方々に御伝言があるやと思いまして・・・」

「おぉ、そうじゃな、お駒、亭主、子らに伝える事はあるかな」

「壮健にしておるとだけお願い申します」

「解った、お駒・・・・励め」

「有り難いお言葉に御座います。失礼致します」

お駒は深く長い礼をして戻って行った。

「では、女将、我らの話を致そう。但し聞いたからには我らの仲間になって貰わねば困る。覚悟は良いか」

女将は一瞬の躊躇いも無く返事を返した。

「お仲間に加えさせて戴きます」

「おや、まだ我らの話をしておらぬが良いのかな」

「はい、お駒の言動、橘様お二人の御様子を拝見するに私共に災い、世に災いが有ろうはずも御座いませぬ」

「うむ~、世に災いが無き事は約定しよう。されどそなたに災い無きかと言えば約定は出来ぬ・・・・時に危険が伴うやも知れぬ・・・・それでも良いか」

「・・・・・其れが世の為であるならば・・・・良ろしゅう御座います」

「流石に女将じゃ・・・・では我らの計らいを聞いて貰おう・・・・・」

龍一郎はまだ自分の素性と仲間の名・素性を伏せこれから成そうと言う町奉行所の改革について語った。

無論、話の中には二度に渡る山修行も含まれていた。

「今の私がお役に立てるのは情報を集める事だけに御座います。されど私は一度その山修行に加えて戴きたいと存じます」

「お駒の行いを見た後故にさもあろう、されど並の者が出来る事では無い、まして女子には相当に辛いぞ、事前の体力作りが必然でな」

「・・・・畏まりました、ですが、ぜひ次回の修行には私と若いお花を同道下さいませ、お花には勿論事前の体力作りをお駒に聞き準備させます」

「良かろう。約定致す、この店からお駒とそのお花なる二人が留守を致すが店に支障は無いか」

「御座いません」

女将はきっぱりと返答した。

こうして三度目の修行に新たに女将とお花が加わる事となった。

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