第74話 二度目の山修行

養老渓谷に天狗が戻って来た。

此度の天狗は二人増えていた。

当初、富三郎だけのはずであったが、清吉の蕎麦屋の弟子、本業では岡っ引きの弟子つまりは下っ引きの一人が清吉夫婦と子らの前回の旅後の変貌に気が付き参加を希望し許しを余儀なくされた。

無論過酷さと秘密厳守を十二分に諭された上での参加だった。

富三郎の参加は龍一郎が修行場の寝泊りの小屋改築を思ってのことであった。

しかし、富三郎の思惑は異なり皆と同様の修行を望んだのだ。

龍一郎に取ってこれは嬉しい誤算であった。

何故なら今後龍一郎の屋敷に危険が迫る可能性が大きくなると思っており龍一郎と小兵衛のどちらかが在宅しているとは限らないと感じていたからで富三郎一家の特に子供達の危難を案じていたからだった。

もう一ついや二つの誤算は新参者二人の体力であった。

どの様にして鍛えていたのか、初日の山修行で根を上げる事なく平然と列の中盤を走り何の遅れも見せず、頂上に着き一服して後、麓に戻っても平然としていた事であった。

これには清吉、お駒の夫婦それにお佐紀も驚きの目で二人を見つめた。

視線に気付いた二人は気せずしてニヤリと笑いお互いを見合いまたニヤリと笑った。

「旦那様は気付いておられましたね」

龍一郎の側に歩み寄ったお佐紀が尋ねた、いや確かめた。

「そうでなければ連れては来ぬ」

「まあ・・・まだまだ私は未熟者ですね。あちらの夫婦も驚いておられます」

「であろうな、あ奴も隠れて鍛えるのに苦労したであろうな。お佐紀、富三郎だけでは無いぞ、嫁も鍛えておる、子らがおらねば同道したであろうな」

「えぇ~旦那様その様な事があろうはずも御座いませぬ。例え貴方のお言葉でも信じかねます」

「おぉ、旦那様から貴方になったか、では申そう、そなたは二人が両足、両手に重しを着けておった事を知るまい、ある日を境に二人の動きに敏捷さが欠けた事・・気付いておるまい」

「あれま~、旦那様、佐紀は気付きませんでした、その様な物を・・・」

「序々に重うしておろうな、旦那様に戻って良かったぞ」

「申し訳も御座いませぬ、旦那様を疑りました」

少し離れた所でも清吉とお駒がひそひそと話し合っていたが、やがて当の本人を交えて話出した。

「清吉殿、お駒殿、二人には夕餉のおりに聞こうではないか」

龍一郎の声が掛かり次の修行へと進んだ。

二度目の山修行、現代で言えば合宿であるが、初回から修練には龍一郎が創始した抜刀術である利前流を皆で行っていたが、此度から仙花(センカ)が追加された。

この仙花とは花の鳳仙花(ホウセンカ)からきており、この花の種が弾ける様に、親指で玉を弾き当てる奇襲の技である。

然したる身体の動きも見せず鉄玉、小石、豆等を親指で弾き顔、特に目に当てるもので、この秘策、秘術を修練に追加したのである。

利前流は龍一郎が考案した抜刀術で後に改良され利前真流と呼んでいる。

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