第68話 誠一郎の素性

誠一郎の日常は日中の同心見習いだけでは無かった。

長屋に戻り一休みすると天井から抜け出し同心、与力の天井裏に潜み探索を行なっていた。

この探索には三郎太、平太に時にはお有も参加していた。


山修行の十日目に帰る組の最後の日、全員が揃う最後の日の夜の事だった。

龍一郎が皆に伝えた。

「私の目的は皆に伝えました、それに皆は賛同してくれました、ありがたい事です。ですが今一つやらねばならぬ事が出来ました、これも皆に賛同して戴きたいのですが無論無理強いは致しません、話を聞いて賛同できぬ時は抜けて下さい」

「まずは話を聞こうか、聞かねば判断もつかぬでな」

皆を代表するかの様に最年長の小兵衛が言った。

「はい、私は旅を続け江戸に戻り楽しい事、優しい方、楽しい方いろいろな人々に会いましたが

腹立たしい人々にも多々会いました。無頼の浪人、無頼の渡世人、あこぎな商人(アキンド)、中でも一番腹立たしいと思ったのは役人です町奉行所の役人の悪です。そして此度(コタビ)町奉行に私の古い知人が就任しました。南町奉行・大岡様です」

「ええ、父と・・・」

誠一郎が思わず漏らした。

「父とな」

「はぁ・・」

「あれま・・」

「なんと・・」

皆から声が漏れた。

「そうですね、皆には誠一郎の氏素性を伝えていませんでしたね。大岡誠一郎、南町奉行・忠相様の嫡男です」

「なんと、若様かね」

お駒がのたまった。

「出来損ないの若様で、龍一郎様と平四郎様に叩き直され鍛えられました」

「舞ちゃん、なんだか沈んでいますね」

お峰が言った。

「舞さん、私は町人の娘でしたが加賀百万石の若様・龍一郎様の嫁になりました」

お佐紀が言った。

「あれま、舞お前誠一郎様が好きなのかえ」

お駒が驚きの声を発した。

この言葉になぜか誠一郎の顔が赤くなり皆は舞と誠一郎を交互に見つめた。

「無骨者の儂にも一組できたの見えるのお~」

珍しく小兵衛が言った。

「ごほん、龍一郎様、話が逸(ソ)れました、続きをお願い申します」

誠一郎が照れを隠す様に龍一郎に話の続きを願った。

「皆、誠一郎と舞を見守ってやる事だ。さて、続きだが、修行の前に大岡様にお会いし、南町奉行所の改革の決断を聞いた。だが、信頼できる者が解らぬ、調べの方策も無い、これが実情だ・・・私は一ヶ月お待ち下さいと申した。皆に手伝って貰いたいのは南町奉行所の粛清なのです」

「是非、お願いします」

直に清吉、お駒が答えた。

「町奉行所が相手か、面白いのぉ」

小兵衛が答えた。

「私は龍一郎さんの指示なら誰が相手でも構いません。皆もそうであろう」

平四郎が皆に変わって答えた。

皆は「はい」「うん」などと賛意を示した。

「忝い、明日江戸に戻る者達は平四郎殿の指示に従って戴きたい。二十日組は江戸に戻ったら三郎太の指示に従って戴きたい。奉行所への本格的探索と粛清は私が江戸に戻ってからになります。よろしくお願いします」

「龍一郎様の願いではございません、江戸庶民の願いです」

お駒が長年の思いを口にした。

山修行のおりにこの様な会話があったのだ。

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