続く未来のモノガタリ

最終話

 土曜日の午後。

 初夏の陽射しと賑わいの中オモイデ屋に向かい歩く。歩き慣れてしまった道と、僕に気づいて笑ってくれる店で働く人達。


 オモイデ屋を知ってから今日までの変化は、進級と同時に坂井と野田が違うクラスになったことと、霧島が学級委員長に選ばれたこと。

 戸惑ってた霧島だけど少しずつ自信がついてきた。霧島が前を向く原動力は僕と三上がフォローすること。それと高校卒業と同時に霧島邸のあとを継ぐことへの覚悟。霧島が主人になることは、彼と夢道さんの旅立ちを意味する。


 黄昏庭園での夢のようなひと時。

 あの日から何度か訪れた霧島邸。

 僕ひとりの時もみんなで訪ねた時も、彼が笑うのを見たことはなかった。




「今日もオモイデ屋に行くの?」


 僕を呼び止める三上の声と風に流れる揚げ物の匂い。

 三上屋を見ると何人かの買い物客が見える。メンチカツにコロッケ……骨付き肉の唐揚げもいいな。


「颯太君知ってる? 夏美のこと」


 迷いを遮る三上の声。

 坂井がどうしたんだろう。クラスが変わっても、トラブルメーカーっぷりは相変わらずなんだな。


「霧島君がお屋敷を引き継ぐと知って、玉の輿に乗ろうとはりきってるみたい」

「なんだよそれ。坂井らしいな」

「でしょ? 夏美のポジティブさ、町に人を呼び寄せちゃうかもね」


 三上は嬉しそうに笑う。

 確かに坂井にはそれだけの力があるように思う。だけど似たもの同士の野田も捨てがたいような。

 玉の輿に勝てるものはなんだろう。ゲームへの集中力か、好きなお笑い芸人に向ける情熱か。


「颯太君、時間あるよね? ちょっと待ってて」


 駆けだした三上を見ながら、ポケットに入れたものを握りしめた。

 リリスに託された羽根のネックレス。

 思い出の図書館に向かう鍵は、願いと未来を象徴する宝物になった。

 そして……時々夢に現れる世界と、僕が幸せを願い続けた女性ひとの姿。


 砂と瓦礫に包まれた光景もの

 何もかもが壊れ消えたそこは時の果て。


 夜の闇に落ちた世界。

 子供達が手を取り合い、輪を作って星空を見上げている。宇宙そらに放たれる願いの声と子供達の無邪気な笑顔。


 ——世界が無くしてしまった花と未来が戻ってくるように。


 歌いだす少女。

 風に揺れる金色の長い髪。赤い目の少年が少女の隣に立っている。


 リオンとマリーだ。


 時の果ての世界。

 そこはリオンが生きると決めた場所。

 限りある命が秘める、願いと無限の力。それが、変えられるものがあると知っているから。


 マリーの歌声が僕に流れ、見せてくれるのはの未来。

 いつ訪れるかわからない。

 それでも、遠い未来の何処かで……いつか。




 朝と夜が巡る世界で、ひとりだけの女性ひとを見つける織天使セラフィムと呼ばれた者。

 彼を前に、彼女は頬を染め微笑む。

 ふたりを包む天界の記憶と、限られた時の中重ねていく幸せ。




 陽に照らされた部屋の中。

 窓のそばに飾られた宇宙そらの油絵。テーブルの上にある金の羽根と古ぼけた名刺。

 老いた女性ひとをモデルに、キャンバスに筆を走らせる老人。皺が刻まれた、リリスと同じ顔に浮かぶ穏やかな笑み。


 


 僕の現在いまに混じる過去と未来。

 それは続く日々の中で、夢のような思い出になり続けていく。



「颯太君、これ持っててよ」


 三上から渡された袋。

 中を見ると、焦げかけたコロッケと唐揚げが入っている。


「なんだよこれ。パートさん、揚げ物上手くなったはずだろ?」

「下手な人が働きだしたんだ。お母さん、面倒を見るの楽しんでるみたい。上手くなったらまた、下手な人が入ってくるかもね」


 笑いだした三上につられ僕も笑った。陽が照らす夏の制服がやけに眩しい。

 高校に通う最後の日々が、終わったあとも続くいくつもの繋がり。出会いと別れを繰り返しながら、僕の背中を押してくれるもの。



 空を見上げ、ひとつだけの願いを放つ。

 いつかの遠い未来。

 思い出となった僕が、彼らの幸せを照らす光になるように。




 僕の願いはマリーの歌声に流れ……叶う時を待ち続ける。








《オモイデと黄昏のモノガタリ》・完

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オモイデと黄昏のモノガタリ 月野璃子 @myu2568

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