第43話

 なんて……綺麗な女性ひとだろう。

 真っ白な光の中、リリスから感じるのはいっぱいの優しさだ。


「リリス、この光は何? 妖魔の中なのに……怖い気がしない」

「対話を繰り返し、わかり合えた妖魔の心。君がいた暗闇は、妖魔を苦しめた絶望の名残り。罰が下された私を、君は助けると言ってくれた」


 漂い破れ、光に溶けていくのは夢道さんのメモだろうか。響きだした騒めき。みんなが語る願いの残響だ。

 眩しさが増していく。

 みんなの願いが……生きている。


「氷の牢獄に、閉じ込められたものは2度と出られない。妖魔から解放されても、私には戻れる場所がないわ。それに……私が罰せられた背景を君は知らない。これは私が望んだことよ」

「どうして?」

「妖魔を願いの象徴に変えるため。私と同化し、神と呼ばれる者の元へ旅立っていく。不死という夢物語を終わらせるために」


 光の中、ひび割れていく暗闇が見える。

 隙間から見える金の光と黄昏庭園の花。妖魔の体が壊れだしたのか。


「温かいわね、君が集めた沢山の願い。妖魔と共に力になってくれるもの。夢物語の終わりの先で……私の願いを叶えてくれるかしら」


 リリスが白く霞んでいく。僕に向けられた晴れやかな笑みが意味するものは。


「いつかは……人になれる時が」


 僕の体がどくりと音を立てた。

 伝えなきゃいけないこと。ゼフィータが僕に託したひとつだけの。


「きっと叶うよ。みんなの願いがリリスの力になっていくから。いつかの未来、叶った先で巡り会える。君を想う……ひとりだけの人に」


 リリスが伸ばした手の先に、舞い落ちた金色の羽根。握りしめたリリスの頬が赤く染まっていく。


「君と会えてよかった。坊っちゃんが出会わせてくれたの。彼は絶望の中、君という希望を見つけた」


 消えていくリリスを前に、三上の願いが僕の中を巡る。まいったな、みんなの願いに溶かさなきゃいけないのに。言いだせる空気じゃなくなってきた。


「不器用な所、リオンにそっくりね」


 心を貫くひとつだけの声。

 体を擦り抜ける感覚と見えだしたマリー。


「君が託された彼女の願いは、私が一緒に連れて行くわ。ありがとう……君の想いは、くすぐったくて心地いいものだった」


 リリスを追うようにマリーが霞んでいく。僕にだけ向けられた笑顔、それはリオンが知らない特別なもの。


「私は願うわ、思い出になっていく私への想い。それが君の目になることを。未来にあるものを見続けることが出来るのだと」


 伸ばした手が、マリーに触れることは叶わなかった。

 何かが僕を……壊れていく暗闇へと導いたから。







 僕の腕を掴み彼が立っている。

 暗闇を照らす黄昏の中、白い髪が微かな光を放つ。


「霧島さん?」


 見慣れたはずの彼の顔。

 そこにあったはずのものが消えている。


「霧島さん、傷痕が……左目も」

「リリスが消したんだ。リオンに許された僕には、怯えるものはないのだから」


 消えていく光。

 彼の両目が寂しげに輝いた。


「暗闇の中に見えた光。追いかける中、リリスの声を聞いた。生みだされた時、聞いたままの優しさだった」

「リリスと話せなかったですね」

「君と話すものが聞こえていた。与えられた同じものが残されている。これだけで充分だ」


 噛み締めるように彼は語った。

 僕が知り得ない……リリスへの想い。

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