導き(フライング)


 掌に赤々と燃える矢印を眺めて、どうしたものかと考える。どうやってのかも……フッと消えた。


 手の紋章に意識を向ければ出すこともできる。分かりやすい使い方だ。


「これってどこ行きの矢印なんだろ」


「方角としては、クラッケスの森を抜けて『つなぎの町ウィザーム』の方になりますかね?」


 神父さんが目的地の名前を教えてくれる。


 なるほど、これが導き。

 ストーリーを知るためにはコレに沿って進んでくださいってことだろう。


 『導きの書』も先のページを開いても真っ白だ。導きに従えば、少しずつ先が読めるのかな?


「せっかく導いてくれるので、ちょっと行ってみますね」


「道中気をつけてくださいね。【はぐれウルフ】の討伐ありがとうございました!」


「いえいえー」


 ぼくは教会から出て『聖なる村 チュリムス』を後にした。



「なぁ、エル」


「んー?」


「気配から察するに神父さんの方が【はぐれウルフ】より強そうだったんだけど、どうして依頼なんてしたんだろうね?」


「……そういうNPCだからだろうね」


「メタいねー」



 散歩するようにぼくらは森を抜けていった。



_______________________


「おぉー、地味に立派な町だ!」


「地味とか大声で言わない方がいいと思う」


 左腕エルがたしなめるけど思わず思ったことを言ってしまった。

 ちょっと睨んでくる人もいたが、睨み返したらそそくさとどこかへ行ってしまった。


「睨み返さない!」


「はーい、きをつけまーす」


 最近、左腕エルのほうがお姉さん(?)ぶってる気がする。人間してる歴は、ぼくのほうが長いはずなんだけどな。


 

 『つなぎの町ウィザーム』は例えるなら地方都市って感じだ。

 おじいちゃんの家に行くときに新幹線で経由する、他県の駅前のような雰囲気がある。もちろん、文明差があるから車通りが無いこととか違いはあるけど。


 導きに従って歩くとまた教会へと辿り着いた。

 お祈りするのか人の出入りがある。ぼくもその流れに続いた。

 挨拶もそこそこに入ってみると、ポンと勝手にインベントリから『導きの書』が出てきた。


 空中でパラリとページが読めなかったとこまで開かれ、てのひらの紋章から火の粉が舞った。


 火の粉に焼かれ、浮き出るように文字が現れた。続きが読めるようになって「さぁ読め」と言うかのようにぼくの手の中に本が返ってくる。



「なかなか凝った演出だねー」


「それより、続きはどんな話なんだろう」


 左腕エルの方がぼくよりソワソワしてる事におかしさを感じつつ、ぼくも続きを読んでみることにした。


 よく見れば隣の外套を羽織ったおじさんも同じエフェクトを出し、本を広げるところだった。

 ぼくも早く読み始めよう。


_______________________


 邪神は語る


 創世神を二度と目覚めぬ眠りへと誘えるのは

 邪神の使徒のみである


 夢の中で怪我をしてもうつつに影響がないように

 この世界の住人である限り

 その力は夢を見る当人に届き得ない

 

 呼び出されし、邪神の使徒のみが

 創世神に二度と覚めぬ眠りを与えうる


 創世神の座す場所に至るには、せかいを揺らさなければ辿り着けぬ


 揺らぎを生むため

 創世神の分身わけみを討て


 『原初の七魔』


 『四公王』


 『創造神』と『邪神』


 全ての分身わけみを邪神の使徒が討つことで

 御座に至る道は開く


 創世神との謁見が叶うであろう


_______________________


 ふーん、ワクワクするなぁ。どんな敵なんだろうか。


 と、このページを読み終えたところでは起きた。


 大きな鐘の音が辺りに響き渡る。最初は、この町に大きな鐘があるのかと思った。


 しかし、窓の外を見てバタバタと町の人々が家から飛び出してきたことで違うと知った。


『おめでとうございます!『原初の七魔【第七魔】』『negatio-lux≒esse《ヒカリ 亡き モノ》』が『Laty』により討伐されました!』


 ??


「なぁ、エル?」


「なんだ、ラティ?」


「エルって『原初の七魔』なの??」


「みたいだね」


……おー。


 討伐……してから蘇生して左腕にくっつけちゃった訳だけど、討伐カウントで大丈夫なのかな。


 今になってアナウンスが出た理由が、よくわかんない。


 ゲーム的に考えれば、この『導きの書』がいわば【クエスト】だとして、このページを読むことで【分身わけみ討伐クエスト】を受けた扱いになって、それが即座にクリアの判定がされたとかかな?


 それはともかく


「前のイベントで無双出来るわけだ」


 ユニークモンスターだって説明はメイカさんから受けていたけど、こんな大役を持ってたなんて聞いてない。


……もしくはメイカさんものか。


 混乱するぼくを余所よそにアナウンスは続いた。


『おめでとうございます!『原初の七魔【第四魔】』『negatio-aeterna≒esse《永遠 成らざる モノ》』が『Zeke』により討伐されました!』


「はぁっ!?」



 隣で『導きの書』を読んでいたおじさんが立ち上がる。


 ストーリーで重要って言われたモンスターがいきなり二体も討たれたとのアナウンスだ。

 そりゃ驚くよね。


「オマエが七魔の一体かよ!?『アン』!!」


「!?」


 よく見れば、ただのおじさんだと思ってたその人は、ぼくの知る人だった。

 イベント決勝で戦った、『勇者』だった。この人、『Zeke』なんてかっこよさげな名前だったのか。


 彼は腰の『魔剣』にツッコミをいれていた。


 ぼくが視線を向けていたことに気付いたのか、こちらに目を向けた。


 目と目があった。


「あ、どうも」


「あぁ、どうも……って、おい!」


 ガバっと立ち上がり、こちらを指さしてくる。

 騒がしい人だな。


「なんで、君がこんなところに?!」


「プレイヤーがクエスト進めてておかしなことある?」


「いや、おかしな事は無いが……ボス敵と町中でエンカウントした気分だ。そうだな、町中なら別に殺される訳ないしな……」


 ごめん、さっき町中で虐殺はしたんだ。

 おじさんは、自分で納得したのか複雑そうな顔でまた椅子に腰を落とした。


 おっさんをっといて『導きの書』の続きを読もうとしたが、もう文字が出ていない。

 前はあった追憶みたいな現象も起きてない。


 ……短い。クエストをしないと先が読めない感じだろうか?

 確かに指定の場所に行くだけで、最後まで読めるなら簡単過ぎる。最初のイベントでの『神父さん』みたいな、イベントキャラがいるのかもしれない。


 次の進路を紋章で確認したかったが、ふと周りの視線を感じた。


 おっさんとぼくが会話をしたことで、周りから視線が集まっている気がする。

 イベントの優勝者と準優勝者が揃っていれば目立ちもするか……


 まぁ、話しかけられないだろう。と、高を括るぼくを嘲笑あざわらうかのようなアナウンスが流れた。


 システムアナウンスに続きがあったのだ。


『ユニークモンスター、『原初の七魔』は5です!

 邪神の使徒の皆さん、引き続きがんばりましょう!』


……ユニークモンスターこれ、リポップしなさそうな言い方だな。

 

 つー、と冷たい汗が背中を滑るのを感じた。


 おっさんも横で同じように冷や汗をかいている。

 本当に『VRオンライン』はすごいなと、感情表現の多彩さに他人事のように感心した。


「ねぇ、これ逃げた方がいいんじゃないの?」


 相棒エルから言われて、ハッと我に返る。


 周囲の人の目はさっきまでの注目の眼から、『ユニークモンスター』の情報を求める血眼ちまなこに変わっていた。


 となりのおっさん共々、教会の出口へと駆け出した。


「「やっべ、逃げよ!!」」


 決勝戦で殺し合った間柄だけど、思わず口から出た言葉はおなじものだった。

 

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