エピローグ 勝利の報酬

 時間は少しさかのぼる。


 花吹雪のように欠片が舞う中、倒れ伏す勇者。


 最後に立っていたのは異形に体を乗っ取られた成れ果て。


 全ての決着はついた。ここで終わり。

 瞳が砕けた事で立ち会う人は既におらず、最後の瞬間が人知れず訪れようとした。


 一人しか居ない、異を唱える声が上がるはずもない。


 ないはずだった。


 トドメをさそうと歩んでいた少女が、突如として足を止め苦悶の表情を浮かべる。


「な、なぜ?まだ私がこの身体の支配権限を握れるハズなのに……」


 後ずさり、苦痛に表情を歪めながら頭を手で抑える。


 弾かれたように頭を抑えていた手が勝手に動き出す。

 その掌に真っ赤な瞳と口が浮かび上がった。


「返せ エル」


 端的ながらも背筋が凍るほどの怒りを滲ませる一言が発せられる。低くドスの効いた少年の声。


「ラティ……こういうスキルなんだから無理に決まってるだろ。いわゆる仕様ってやつだ。私が終わらせるから大人しくしていろ!!」


「いいから、返せ!!!」


 その声の主は身体の主導権を奪われたはずの少年だった。その残滓のこりかすがまさかの内輪もめを始めたのだった。


「ラティこそ静かにしてくれっ!さっきの一閃で死んでたのを私のスキルで蘇生してるんだ!もう、キミの出番は終わったんだ!

 あと数十秒で変異させた細胞が耐えきれずに崩壊する、今度こそ死んでしまうぞ!」


「だったらそれでいいだろ!勝手に生き返ってんじゃねぇ!!」


 とんでもない暴論、崖っぷちからの逆転を果たそうとした相棒に向ける言葉ではない。


 だが、そこには強い信念があった。


「エル!思い出せ!オレ達の目的はお前の父親に会うこと、そしてオレが楽しむことの2つだ!準優勝でも上位入賞でお前の目的は達成できる!」


「それは……そうだな。だが、ここで勝っておかない理由は無い。」


 語気に圧されながらも反論する。


「いいや、あるっ!楽しんできたもんが濁っちまう!」


 力強い言葉が勝利を拒絶した。


「死ぬまで戦って、勝利した瞬間に価値があるっ!!死ぬまで戦って負けたらそれまでっ!


 さっきの一閃でオレは死んだ!

 オレはオレの敗北に、ケチをつけるような勝利なんて認めないっ!!


 オレの敗北をっ!!!」


 一通り怒鳴って頭が冷えたのだろう、後に続く言葉は懇願だった。


「ワガママなのは分かってる、すまない。でも、納得がいかないんだ……」


 その言葉の後に帰ってきた静寂に、少女のため息がやけに響いた。


「はぁぁ、試合に勝てるのに勝負で負けてるから勝たない、と……まったく、度し難いバカだなぁ。」


 呆れたような顔でヤレヤレとお手上げのポーズ。そして、倒れ伏す『勇者』に指を突きつけて言い放った。


「よかったな、バカに救われて!」


 少し悔し気で、愉快げなそれは敗北宣言だった。


 構図は『魔王』の勝利であり、『勇者』はダウンしていて話を殆ど理解できていないのではあるが。



「ふん!まぁ、勝てたけどな!勝たなかっただけだからな!」

 

 少女バケモノの声が楽しげに負け惜しみを口にして笑う。


「次は完全勝利でエルと一緒にコテンパンにしてやろう。ま、楽しかったから次の殺し合いに期待だね!」


 少年は笑いながら『次』を楽しそうに語る。


 ひとしきり笑い、ふと我に返った少女の声。


「あ、もうすぐ身体崩壊するぞ。たぶん滅茶苦茶痛いけれど、ラティ頑張って耐えてね。」


「え、もうアドレナリン抜けてるから耐えれな「あ、崩壊するね」ちょ!」


 パシャっと水風船が弾けるように少女の身体は唐突に消滅した。



……くして、静寂が満ちるこの闘技場の最後の一人は瀕死の『勇者』だけとなった。


______________________


「……さん、…ティさーん?」


遠くから、声がする。


 顔にかかる柔らかい繊維の感触。嗅いだ覚えが無い優しい良い匂いがする。柔軟剤変えた?


「ラティさん?」


 メイカさんの声だ、頭上からきこえる?

 寝そべるここはどこだろう。


 枕とは違う、柔らかいけれど弾力を両立した感触が後頭部を包んでいる。



 ……ぼくは朴念仁ではなく勘が鋭いほうだ。これは、あれではないか?


 というやつでは?


 さっきの死ぬ瞬間、激痛でキャパを超えるほどの痛みを叩きつけられて、気絶したような記憶はある。しかし、デスポーンしたばかりなので無傷ノーダメージ!!ぼくの灰色の脳細胞も復活済み!

 シナプスを駆け巡る思考が弾き出した最適解。このまま適度に感触を楽しんでから、何食わぬ顔で起き上がる流れがベストだ。

 ゲームの中とはいえ、女性に、しかも美人なお姉さんに膝枕されるというのはとても貴重な体験ではないか。

 リアルで体験することがもちろん一番健全ではある。けれど、いつかくる本番にきちんと楽しむ為に予習をするのはとても重要なことだ。

 しゃあ!自己弁護理論武装おっけぃ!



「うふふ、すっかり疲れて寝ちゃってますね」


 いたずらめいたメイカさんの声が耳にくすぐったい。

 試合には負けてしまったがこういうイベントで、癒やされるなら何度か負けていい気がしないこともない。


「……ちょっと笑ってませんか?」


 ついニマニマしてしまったのか、疑わしげな声と共にほっぺたをツンツンとイジられる。


 起きたほうがいい気もするが、もう少し粘ろう。


「んう」寝返りを打つ。


 ツンツンから逃れたように見せつつ、寝返りと共に別の面で堪能たんのうするのだ。


 よし、いいぞ。いい流れだ。


「んっ、くすぐったいぞラティ。」


 ぼくの髪の毛が擦れてくすぐったがるのもいい展開……あれ?


 聞こえてきたのは相棒エルの声。


……ん?枕のある位置からエルの声は聞こえている。


もしかして。


「……自分の左腕エルうで枕してる?」


「おう、目が覚めたか??そうだぞ、なるべく柔らかくしてやったし、寝心地はよかっただろう?」


 ちょっと自慢気な声に、一気に目が覚める。


「……まぁ、すごく寝やすかったよ。」


 死んで状態がリセットされてる。エルはもちろん異形の腕でしかないのだが、ほんとにちょっと寝心地がいいのがかえって悔しい。



 パッと目を開けた先にはで、寝転ぶぼくを覗き込みながらタオルを持っているメイカさん。


 彼女が膝立ちしてるということは、もちろんそこにはぼくの頭が乗っていたなんて事はない。膝枕なんてなかったんや。

 がっくりしてるぼくの顔を、さっきも感じた柔らかい布地が撫でる。


「おはようございます、汗がすごかったのでうなされているのかと心配しておりました。」


「汗は、細胞一つ残さず死ぬような死に方をしたせいかと。今は大丈夫です、ご心配おかけしました。」


 冷静に考えると細胞残らず死ぬってなんだ?ぼくは緑色の人造人間かよ。

 他愛もない事を考えながら、わしわしとタオルで撫でてもらっている……膝枕には劣るけどコレも普通に嬉しい。一通り拭き終わると離れてしまったけれど、気分はさっぱりとしたものだった。


 戦った甲斐があったと思った。満足いく大会で終われて文句無しだ。


「さてと、あとはオリジナルのアンドレイに会えば今回の大会の目標は達成だ」


「そう、だな。」


「緊張してるのか?まぁ、会って話せばなんとかなるさ。」


「あぁ、言葉を伝えてみるよ」


 カチカチになってる様子だが、覚悟自体は出来ているようだ。



「それでは、神の御座にアクセスする為の扉を開きます。準備はよろしいでしょうか?」


「お願いします。」 


 少しぼく達から距離を取って、メイカさんがヒールをカンと打ち鳴らす。


 何時ものようにドアが出るのかと思いきや、金の光りが豪奢な、輝く魔法陣が地面に現れた。


「ドアじゃないんですね?」


「せっかくの上位入賞者を招くのであれば、ファンタジックにしたいと創造主の意向でして……」


 いつもの謎のこだわりか。

 少しだけメイカさんも呆れているが、気持ちが分かるのか微笑ましそうにしてる。


「本当にここまでお疲れ様でした、そしておめでとうございます!」


「ありがとうございます!じゃ、いってきます!」


 なるべく気負わないように、ぴょんと魔法陣に飛び乗った。

 眩い光の後、ぼく達は転移した。




_______________________


 病院。ここに来て最初に浮かんだ言葉だ。


 現代的な電灯で照らされた白い一本道の廊下の先にドアが開いてる部屋がある。


「あそこ、だな。」


「あぁ、あそこにだけ誰かいる気配がある。」


 カツカツと足音を立て部屋へと入る。


 特撮で出てくる少し暗めの管制室のような部屋に出た。

 巨大なモニターに何かの数字がフラッシュのように入れ代わり立ち代わり表示されている。

 チカチカするような光景をバックに、学校の先生でも使ってそうなキャスター付の椅子に掛ける男がいた。

 脚を組み、頬杖をつきながらコチラを眺めていた。


強者つわものよ、よくぞ激戦を超え私の元に辿り着いた!!」


 高笑いを上げ、演じるように歓迎する白衣の男。

、アンドレイのオリジナル。


 エルのお父さん。


 普段通りの白衣の科学者然とした格好だが、金色に輝く瞳が普段のコピーとは違う圧を放っていた。


「褒美をあげよう、望むものを。質問にもなんでも答えてあげるさ。」


 いつものガイドをしてくれるアンドレイと比べて、更にカミサマらしい傲慢さを見せてくる。


 頭では分かっているけれど。見知った顔の初対面のようなリアクションに目眩がする。

 その感覚の動揺を飲み込んで、伝えるべきことを言う為に口を動かす。


「ありがとうございます、じゃ早速。」


「うむ、遠慮なく願いを言いたまえ。これは報酬、勝者の権利なのだから。」



 そこの言葉に、堪りかねたのか左腕エルが弾かれたように動き出した。


「お父さん!」


 子が親を呼ぶ声。渇望の熱の籠もった声が冷たい部屋に響いた。

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