第三試合続 似て異なる者


 その綺麗な笑顔をぶっ飛ばしてやろう、同じく笑みを浮かべながら駆け出した。


「ラァッ!!」


 左腕を日傘たてごとぶっ飛ばすつもりで叩きつけた。


 バサリと目論見通りに彼女の広げた傘にぶつかるが、結果は目論見とは違った。


 傘からガッと硬い音がして、拳が弾かれた。


 彼女はズサッと砂利を滑りながら後退はしたが、それだけだ。


「は?」


 傘の布の部分が意味不明に頑丈なのもそうだが、彼女が事に驚いた。


 今まで会った筋骨隆々のオーガじゃなくて、色白な女の子に初めて力で追いつかれたのは予想外だ……


 どう攻略しようかと思案している最中に声が聞こえた。


「私ね、か弱いいじめられっ子なの。」


 傘の向こうから鈴を転がすような呟きが聞こえる。



「……嘘つけ!」


 一瞬なんて言われたか認識が遅れたが、思わずツッコミを入れる。


 左腕が「ボケがツッコミに回っただと!」と小声でこぼすが普段からボケたりしてないよね?


「あぁ、ごめんなさい。言葉が足りなかったわねぇ。現実の方の私の話よ。」


 なるほど?


「だからね、strに極振りしてみたの」


 どうしてそうなった。


現実あっちだと運動音痴で力も弱い私が、仮想こっちなら何でも捻り潰せるような怪力なんて面白いでしょう?」


「私ね、『理不尽』になりたかったの」


 くるりと傘をかぶりなおした彼女が蕩けた顔で笑う。


「……似た者同士か」


 現実で力があったり喧嘩で強くても、満足に振り回せないのが今の世の中だ。


 イタズラや嫌がらせをしてきた相手に振るっても、やり過ぎるとこっちが糾弾され、最悪親にも迷惑がかかる。


 片や、力が無くて理不尽にさらされた人。

 片や、力があってもルールに縛られた人。


 力を得た彼女と法に縛られない自分にとってここは理想ユメの舞台だった。


___________________


 空に浮かぶ瞳が見つめる闘技場で、2つの影が踊っていた。


 異形の腕が空を掻き、黒衣の令嬢が身を翻す。

 反転して振るわれる傘を地に伏せるように避け、低い姿勢から飛び掛かる。

 少年の槍は令嬢の薄絹のグローブに包まれた細腕に弾かれ、掴まれる。


 一瞬の膠着こうちゃく、突き出される傘と振るわれる異形腕。


 不格好なクロスカウンターが決まり、攻撃の衝撃で距離を取る。


 僅かに傘が少年の脇腹を穿くのが早かったからか、ダメージは少年の方が重いようだ。


「ガハッ……小腸がブラッドソーセージになりそう。」


 対して、令嬢も殴られる際に盾にしたのか、片腕がぶらりと力無く垂れていた。


 が、バキバキと無事な方の腕で強引に引っ張り正すと、何事も無かったように日傘を構え直した。


「……そのタフさや日傘、不死種アンデッドか」


「えぇ、不死種アンデッドらしく、そのはらわたを頂いた方がいいですか?」


 発色の薄い唇を赤い舌がペロリとなめる。

 艶かしさがあるが、怪力無双の彼女がすると腸を引き摺り出されるのを幻視してしまう。



「ディナーの一品に就任するのはちょっと遠慮したいかなぁっ!」


 駆け出した少年は異形の腕を前に構え、させる。


 ぐわりと開く巨大な顎門あぎと


「キミこそ、オレ達のデザートになっちゃいな!」


 巨大な日傘が硬いならそれごと喰らおうというのか。現実に居れば軽トラくらいなら丸呑みに出来そうな口が、彼女を飲み込んだかに見えた。


「……うぅぅんしょっ」


 力を入れているには間の抜けた声が依然として聞こえる。

 歯というよりは牙のようなソレをガッシリと掴み、彼女は抵抗していた。


「えぇっ喰えなかった!?」


「……すまない、ラティ。どうやら口を大きくし過ぎてstrが少し分散されてるみたいだ。それに彼女、力がやはり私とほぼ互角だ。」


「脳筋ってすげー」


 彼女は筋力で、阿修羅すら噛み砕く顎門を止めた。


「よいしょっ!」


 掛け声とともに跳ね上げられ、顎門に僅かな隙間が生まれる。その力んだ反動を利用して彼女は後退し、難を逃れた。


 ガキンと空を噛む間に、取り落した日傘の柄を器用に脚で蹴り上げキャッチする。


 そのままクルリと一回転し、日傘の尖端に回転運動を乗せて突き出してきた。


「「痛っ!」」


 2。少年の異形腕、今は巨大な口に変形し閉ざされているソレの歯茎に鋭利な尖端が突き刺さっていた。


 この武闘大会において始めて異形の腕はダメージを与えられた。


「やってくれたなっ!」


 お返しとばかりに鋭い爪を伸ばそうとするも、猫の様に素早く後退していく彼女を捉えられずにいた。


「str特化なのに速いな?!」


「女の子ですもの、服飾集めが好きなのよ」


 どうやら、装備で足りないステータスを補っているようだ。


 黒いサマードレスはスラリとした彼女の曲線美を際立たせるが、腕などは薄絹のグローブに覆われたりと露出は少なく楚々とした印象で少年も素直に見惚れる似合いの装備だ。なのに、オシャレ装備なだけでなくて効果・性能もいいらしい。


 だから、次の彼の一言は掛け値無しの称賛で下心は無かったといえよう。


「確かに綺麗なキミに似合っているね!」



 その言葉と共に引き裂くように、立ち塞がるモノ全て薙ぎ払わんと異形の腕が振るわれる。


 きっと回避されるだろう。


 コレを躱されたら次はどうするか。

 どう出てくるのか、どう対処して反撃するか。

 攻防は続くだろうと思われた。


 しかし、


「ふぇっ?!」


 やたら可愛いらしい悲鳴が聞こえた。

 遅れて、水気を含んだモノが轢かれてひしゃげる音。繊維質がブツブツと断絶する音。生理的な嫌悪感を催すそれら2つの不協和音が響き渡った。


「え?」


 少年が彼女に驚かされることは三度目だが、今回は意味合いが異なる。前の2度の驚きは攻撃が防がれた事だ。今回は逆に『通じないと思っていた攻撃が通じた』事による困惑だった。


 少し呆気にとられたが、土埃を上げながら盛大に吹っ飛ばされ、転がっていく彼女を慌てて目で追った。


 何かの罠か、演技か?

 ダメージを条件に発動するオリジンスキルを持ってるとか?


 考えられる可能性を思い浮かべながら油断なく見詰めていた。


 くったりと伏した彼女は少しして、ゾンビ映画のようなギクシャクした動作で立ち上がる。


 流石はアンデッド、あれで即死しないのかと気を引き締めた。


 立ち上がった彼女は服の砂を払い、髪を手ぐしで整えた。


 さぁ、どうくるかと身構える少年に


「……えへへ、『似合ってる』か。お洋服を褒められたのって初めて。あと『綺麗』って……」


 照れたように、はにかんだ後に微笑んだ。


 少年は引き締めた気が、ガコンと緩みそうになった。

 彼女が血まみれで臓器なかみが溢れたり腕がひしゃげたりしてさえなければ、相当に可愛い仕草だった。


 ありがとう、グロ表現。





 ちなみに、このシーンによって性癖が歪んだ観戦者が出たり出なかったりするのは、あまりぼくには関係の無い話であると信じたい。

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