帰還


「ふふっ」


もう辺りはすっかり暗い。

そんな帰り道に、ぼくは思わず独りで笑ってしまった。


「水澄さんか……楽しみだなぁ」


最初に見たときは『笑みを捻り出そうとする口元』にひどくムカッときてしまった。


が、よくよく見ると『沸々と煮えたぎる目』をしていた子だった。こっちはぼくに似ていた。


それで、色々教えてあげたけど。


「いい殺し合いになるといいな!」


暗くなった空に浮かぶ三日月の様に、

鋭利で綺麗な笑顔で彼女に殺害宣言された。


ぼくの心は、月の周りを囲う雲一つ無い夜空の様に澄みきっている。


「あぁ、楽しみだ」



夜だ、ログインの時間だ。

水澄さんには悪いがゲームでの先輩としても

、強くなっておかなきゃね。


何となく左腕を月にかざし、握る。


左腕エルではない。


左腕は夜の影をまとって月を握り潰した。


「さぁ、今日は何をしようかな?どう強くなろうかな?」


ワクワクしながら家路についた。


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帰りついたら、もうご飯のいい匂いがしてる。

これは……肉だな。たぶん野菜炒め的なものっぽい。回鍋肉ホイコーローかも?


「ただーいま」


靴を雑に揃えながら脱いで、自分の部屋へ向かう。


お腹はリビングに行け、と腹の虫を鳴かしてるけど。

一度リビングに学校のカバンを置くと、2階の自室まで運ぶ気力がなくなる。



『阿修羅』との戦いで疲れきってると思ってたけど思いの外、普通に階段を登り下り出来た。


リビングに下りると、食卓の準備が出来てて、愚弟は先に食っていた。


「ただいまー」


「お!お兄ちゃんおかえり。『VRオンライン』のニュースしてるよ」


「へー」


テレビを見ながら席についた。


『繰り返しお伝えいたします。昨日発売されましたゲーム。 Variable Real On-line 通称VRオンラインを求めて閉店間際の今もなお、ゲーム売り場には長蛇の列が出来ています。』


ほへー


『現場の沢田アナ?』


『はい!ご覧のように午後8時を回ってる現在も先が見えなくなるような、大!行列が続いております!人混みがすごいです!』


若い女性のアナウンサーがレポートしてる。


『すみません、インタビューしてもよろしいでしょうか? VRオンラインをお求めですか?』


ちょっと目がヤバいオタクっぽい人にインタビューを仕掛けてる。


人選ミスってない??


ちょっとお茶飲もっと


『はいそうです。とりあえず言えることは』


オタクさんは区切って息を吸うと周りに聞こえる声で叫んだ。


『物売るっていうレベルじゃねぇぞ!!』


ぶふぉっ


「もう!汚いからちゃんと拭きなさいよ!早く食べちゃいなさい」


「ゴホッ ごめん」


母上から叱責が飛んでくる、ぼく悪くなくね?


あのセリフは昔のネットスラングだ。

ちょっと古いゲームを以前調べてたから、ぼくはこのネタを知ってる。

まぁ10年以上は前のネタだから知ってる人なんて……



『ぶふぉっ!?』


アナウンサーのお姉さん?!


この放送が原因で、ベルジャネーゾ卿二世と

隠れオタアナウンサー沢田ちゃんが爆誕したのは古参を中心にネット掲示板を賑わせたのは別のお話。


どうやら、VRオンラインはクチコミを中心に爆発的に宣伝されて品薄状態らしい。


ご飯を食べながら、そんなニュースを聞き流した。


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愚弟が貸してと騒ぐ声を華麗にスルーして

自室に戻った僕は早速……



学生として勉学に励む。



早くゲームをしたい気持ちもある。


しかし、現実がっこうでの闘いのおかげか、インしたい欲求はそこまで高くない。


むしろ、我慢出来るなら後顧こうこうれいを絶つべきだと考えたのだ。


「ぼくってインテリジェンス高いわー」


数学の課題の空欄は明日、藤田さんに頭を下げることで解答を得よう。


頭って使い道が多いね!


そんな事を考えながら課題を片付けていく。



次の科目に移るためにカバンを取ろうとした時、視界にVRマシンが入ってきた。



結局、このゲームはなんなんだろう?


クチコミで広まってるニュースを見た限り、ぼく以外のプレイヤーもあの世界を楽しむことが出来たのは間違いがないみたい。


過去に流行ったSFじゃ『デスゲーム』が開催されたりしたが……


「アンドレイはそんな事はしないと言っていた」


と言っていた。


いったい何が『もったいない』んだろう?


ゲームなんだし収入源的な話なのかな??


「まぁ楽しければいっか。早く片付けちゃお」


ぼくはあまり考えられずに課題に戻った。

早くゲームをしたいなと思っていた。



ほどなくして、ぼくは灰の都に帰るのだった。

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