「ど、どうするんですか恭子さん!? このままだと、みんな死んじゃいますよぉ!?」


 氷見さんの涙声が横へ移動する。

 恭子さんはなにも返事をしない。

 その間も、無慈悲に秒読みは続けられていた。


「慌てんなって。簡単な話だろ? 誰か一人をひっぱたけばいいんだから……な!」

「ふぇっ? わ、わたし!? ちょっと……なんでわたしなのよぉ!?」


 七海と黒神イソラ、二人の声と足音が重なって聞こえたかと思うと、さらに激しく抵抗する黒神イソラに七海が口汚く罵り、「きゃっ!」わたしの真横に黒神イソラが倒れ込んできた。


『4……3……』

「時間はもう無いんだよ! 別に殺しゃしないんだから、おとなしくあたしに──」


 パァン!


「──ブッ?!」


 強烈な破裂音の後に誰かが倒れた。

 もしかすると、七海かもしれない。


『2…………ペナルティが実行されたので、ゲームを再開する。さあ、隣人を愛すのだ』


 カウントダウンが止まり、密室に静寂が訪れる。

 黒神イソラが起き上がる際、わたしと眼が合ったような気がした。


「……っ……いてぇな! てめぇ、よくもあたしをってくれたな!? 口の中が切れたじゃねぇかよ!」

「でも、みんな死なずに済んだでしょ? それに、七海ちゃんが騒いだばっかりにみんなの命が危ない目にあったのよ? ねえ、ちゃんと理解できてるのかしら?」


 七海を張り倒したのは、恭子さんだった。

 もちろん、氷見さんがやったとは思わなかったけれど、それでもやっぱり意外だった。優しくて聖母のようなイメージを勝手に作り上げていただけに、尚更だ。


「……悪かったよ」


 七海も起き上がったようだ。

 そして、全員が沈黙する。

 またなにかが原因で揉めるだろう。それもまたきっと、七海が関係しそうだ。

 床に倒れたままのわたしからは、みんながどの辺りに居るのか大体の勘でしかわからない。それでも、三対一の構図で別れていることに確信が持てた。

 いまわたしがこの輪に加われば、二組のカップルとして脱出できる可能性がかなり高い。


 だけど……


 もう少し待てば、七海とのあいだに決定的な溝が生まれそうだった。助かる可能性が確実なものに変わるんじゃないかなって、このときのわたしに欲が芽生えた。


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