23:必然的な偶然

 それから数時間が経ち、夏のせいで遅刻する三日月を空が迎えるまで、暇つぶしでポーカーに興じながらボウッとしていると、診療所から駆けつけてきたハゲアタマの医者にトキオの快復を告げられた。


 その吉報に、ストレートフラッシュの揃いかけた手札をキッチンテーブルに放り投げて飛び上がったハナコは、その向こうに籐製のバスケットを置いて座るアリスに視線を走らせた。


 アリスがうなずき、ハナコもうなずき返した。


「嬉しそうだな、お嬢さんたち」


 マクブライトもまた嬉しそうにして冷やかす。


「まあ、これでやっと旅を続けられるからな」


 鼻を鳴らし、ハナコは皆を連れ立って診療所へと向かった。


「すいませんでした」


 トキオの第一声は、やはり予想したとおりの言葉だった。


 ハナコは、トキオのいるパイプベッド脇の木製の丸イスに座りかけて、アリスにそれを譲り、となりに立って腕を組んだまま、痛々しい姿のトキオと目を合わせた。


懺悔ざんげなら、する相手が間違ってるよ」


 言ってから、その嫌味を後悔する。


 いつもそうだ。


 だが、なぜかトキオはハナコに向けて微笑を浮かべている。


「とにかく、あんたが寝てるあいだに得た情報を教えとく」


 昼間、神父から聞いた話をかいつまんで伝えると、


「やっぱり、は政府がらみの奴だったんですね」


 と、トキオがため息を吐いた。


「もうおれは大丈夫です。今からでも出発しますか?」


 ハナコは首を振り、


「今夜はまだ大人しくしてろ。明日、早くにここを出るぞ」


 と、今度はできるだけ優しくトキオに言った。


「本当にすいませんでした」

「その言葉、本当に好きだな。頭に有り余ってるのか?」


 トキオがふたたび微笑む。


「……とにかく、まだ寝てろ」


 ぶっきらぼうに言って診療所を出ると、


「まったく、お前らはいいコンビだな」


 と、マクブライトが笑う。


「ヘマばっかりだよ、トキオは。ひとりの時ほうが、よっぽど仕事がスムーズにいってた」

「たしかに奴は《運び屋》としては少々マヌケだが、それでもあいつと組んでなきゃ、お前は今ごろ、とっくに死んでただろうよ。はじめて出会った頃のお前は、今じゃあ信じられないくらいに、すさんでいたからな」

「バカ言え。トキオのおかげで変わったって言いたいわけ?」

「さあ、どうだかな」


 マクブライトが煙草に火をつけ、しゃのように薄くかかる雲の向こうに浮かぶ三日月に向かって、ゆっくりと紫煙を吐いた。


 思えば、マクブライトとの付き合いはトキオよりも長く、この稼業をはじめる前からの知り合いだ。しかも初対面のとき、ハナコはマクブライトへ特に理由もなくつっかかっていった。そして見事に返り討ちに遭い、それがハナコにとってのはじめてのになった。


 あの頃は、《血の八月》ののちにしばらく預けられていた師匠の家を出たばかりで、師匠から伝授された《鬼門拳》をさらに磨くために、誰にも彼にもケンカを売っていた。


 自分ではその行為が腕をあげるための大切な鍛錬だと思っていたが、そんなハナコを軽くいなしたあとで、マクブライトに「嬢ちゃん、なにをそんなに生き急いでるんだ?」と、とぼけた調子で言われたことで、その間違いに気づかされた。


 たぶんあの頃は、マクブライトに言われたとおり、生き急いでいたのだと思う。独りで強く生きていかなければいけないという強迫観念の糸によって、マリオネットのように操られ続ける日々だったのだ。


 マクブライトに敗北した翌日から、二人は飲み仲間になり、それから一年後、《運び屋》の仕事をはじめていたハナコは、フラリと九番に現れてドンに雇い入れられたトキオと組むことになった。


 敗北を知った日から、ハナコはもっとまっとうな形での鍛錬を行うようになり、今ではマクブライトにも負けないのじゃないかとも思うくらいにはなっているが、あらためて挑む気も、最早うせてしまっていた。


 ……やっぱり、昔に比べて、まるくなってしまったのだろうか?


 考えるに、人と人との出会いや縁なんてものは、すべてが偶然でありながらすべてが必然なのだろう。マクブライトやトキオとの出会い、ひいてはドンとの出会いもなんらかの理由があって、偶然という形でやってきた必然なのだ。


 そんなバカなことを思い、そしてアリスを横目で見ながら、この娘と出会った理由も少し考えてみる。今は正直、その理由がさっぱり分からないが、この出会いもきっと、このクソッタレな人生における必然的な偶然のひとつなのだろう。


 とにもかくにも、アリスと出会い、ハナコは外の世界へ飛び出した。


 楽しい旅とはさすがに言いがたいが、それでもこの数日のうちで、今まで想像だにしなかった現実に直面してばかりだ。

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