15:カーニバル②

 脇道を進んでとなりの大通りに出ると、そこにも屋台が立ち並び、メインストリートと同じようなバカ騒ぎが繰り広げられていた。


「……ヤツが、おれが六番でを起こした相手です。おれはあいつに――」

「いい。喋るな」


 トキオの言葉を遮るハナコ。


「過去なんてどうでもいい。あんたは、今はのトキオ・ユーノスだ。それに今回のことはあんたのせいじゃないよ、ケンカを売られたのはあたしの方だ」


 言って、もう二度とトキオの過去を訊くような真似はやめようと、ハナコは心に誓った。エレナとかいう女のことはすこし気にはなったが、何があったにしろ、残酷な過去にはちがいないだろう。ハナコは下手くそな作り笑いをトキオに向けながら、右太ももの古傷にかすかな痛痒つうようを感じた。


「……それに、アリスにもなんの危害も及ばなかったからな」


 陰鬱な雰囲気に居心地の悪さを感じ、話題を変えてあたりを見回すと、アリスの姿がどこにも見当たらなかった。


「おい、アリスは?」


 まさかとは思いつつトキオに訊ねるハナコ。


「しまった、さっきの場所に待たせたままです!」


 今さら思い出して素っ頓狂な声を上げる、のトキオ。


「バカヤロウ!」


 トキオの過去に同情して下手な作り笑いを浮かべている場合ではなかった。なによりも今もっとも大事なのはだ。ハナコは舌打ちを二度して、二手に分かれてアリスを捜すことにした。


「アリス!」


 ゲイがいなくなったのを確認してから、メインストリートに出て名前を呼んでみたが、どこからもそれに応える声は聞こえない。必死の形相で辺りを見回すと、さっきのフランクフルト屋のオヤジと目があった。


「あんた、戻って来ちゃいかんよ。ゲイが戻ってくるかもし――」

「綿アメを持った女の子を見なかったか?」


 遮って訊ねるハナコ。


「そんな娘ばかりだよ。こっちの通りも捜してみればいいんじゃないか?」


 オヤジに反対側の道へと抜ける脇道を教えてもらい、行ってみると、メインストリートの半分ほどの幅の道へと出た。屋台も少なくあまり賑わってもいなかったが、それでもアリスを捜すのには骨が折れそうだった。


 一旦、トキオと合流したほうがいいかもしれないと思い踵を返すと、目の端にアリスらしき影が映り込んだ。その場所をもう一度よく見てみると、アリスが射的の屋台の前でぼうっと佇んでいた。


 駆け寄り、「勝手にウロウロするな!」と息を切らせながら叱ると、アリスは一瞬だけハナコに視線を向けたが、無言のまま再び射的の景品がならぶ台に目を戻した。


 視線の先をたどると、最上段のど真ん中の掛け台に、《沈黙の戦乙女 カリーナ・コルツ》の愛用拳銃、《十三番サーティーン》のモデルガンが鎮座していた。


 一瞬、アリスのうなじの《十三》という刺青を思い出しながら息を整えてアリスの手を引くと、それを振り払われた。


「……あれが欲しいのか?」


 訊くと、アリスが小さく頷いた。


「オヤジ、いくらだ?」

「五〇〇サーク」


 時代錯誤の煙管きせるを不味そうにふかす、ぶっきらぼうな店主に代金を支払い、空気銃と五つのコルク弾をもらったハナコは、それをアリスの前に置いた。


「欲しいモノは自分で手に入れろ」


 すげなく言うと、アリスは小さくうなずき、コルク弾を詰めて空気銃をかまえた。


 一発、

 二発、

 三発、

 四発……


 しかし弾はことごとく外れ、アリスは最後のコルク弾を空気銃に詰め、祈るように目を閉じてゆっくりと深呼吸をしてから、口を真一文字に引き結び、真剣な眼差しでモデルガンに狙いをつけた。


 そして五発目のコルク弾が発射され、


 見事に外れて文字どおりの弾切れになった。


「残念だったね。だけどまあ、人生なんてそんなもんだ」


 見ながらイライラしはじめていたハナコはそう励まし、あからさまにうなだれるアリスの手を引くと、さっきとは打って変わって大人しく従われた。


 歩きながら、まだ小さい子どもの手がギュッと握りしめてくるのを感じる。


「……くそっ」


 ハナコは踵を返して屋台に戻り、「もう一回だ」と店主に言って、空気銃を受け取った。


「銃は嫌いなんだけどな…… よく見てろよ」


 横に立つアリスの視線を感じながら言って、ハナコは空気銃をかまえた。


 一発、

 二発、

 三発、

 四発……


 だがまるでデジャビュのように、コルク弾はモデルガンを避けて通っていった。


 大見得を切ったわりに不甲斐ないハナコを、店主が鼻で笑う。


 それを睨みつけながら、


「いいか、『絶望の淵でも希望の唄を歌え』、だよ」


 カリーナ・コルツのセリフを真似ると、それに驚いたのか、アリスが視線をハナコに向けた。


 ひとつ大きな深呼吸をして、最後のコルク弾にありったけの大人のプライドを託して撃つと、モデルガンの右どなりの景品が倒れ、ニヤけたままの店主にそれを手渡された。


 見ると、それは、無駄に写実的なピエロの顔が描かれた巾着袋のような、なんなのかよく分からない代物だった。額を掻きながらぶっきらぼうに手渡すと、アリスはそれを物珍しそうに見つめた。


「笑い袋だよ。真ん中をギュッと押してみな」


 店主に言われてアリスが恐る恐る中央部を押すと、甲高い「ギャーハッハッハ!」という笑い声が通りに響き渡った。


「チッ、笑えねえよ」


 店主に皮肉めいてアリスを見ると、なにを気に入ったのかそれを大事そうに胸に抱え込んで微笑みをハナコに向けていた。


 さっき澄みきった青い瞳でじっと見つめられたときには後ろめたさを覚えたが、それに微笑みが加わると、信じられないくらい胸が苦しくなる。


「それでいいのか?」


 緊張をごまかすために唾をひとつ飲み込んで訊くと、


「はい。『これを手に入れたのは、これを手に入れるべきだったからだ』、です」


 カリーナ・コルツが《十三番》を手にしたときのセリフを吐いて、アリスは愉快そうにふたたび笑い袋を押した。


 機械仕掛けの笑い声と、通りに響き渡る喧噪に入り混じり、遠くから打ち上げ花火の音が聞こえてくる。


 アリスの笑顔を見ていると、人がなぜ花火を打ち上げるのかが分かったような気がした。

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