2022年9月8日(木) 曇り

 救急車で搬送された医療センターでの処置が済み、解放されてから精算を済ませて帰ってくれと受付けの方を促されたが、何処がその窓口か分からなかったのも無理もない。窓口が開くには1時間近く早かった。職場に「救急車で搬送されたため今日は稼働出来そうにない」と連絡を入れ、一旦帰宅して区内に掛かりつけの医者を探す時間に充てようと考えたが、ここから精算を済ませて無事に帰宅出来るだろうかと不安に駆られた。精算に幾らかかるだろうか、クレジットカードは利用可能だろうか、現金のみの支払いの場合はセブンイレブンが近くにないと現金の引出しも出来ないのに目の前のコンビニはファミリーマートだ。こういう時はキャッシュレスに慣れ過ぎていると不便だ。キャッシュカードを1枚くらい持ち歩いておくべきだった。

 ファミリーマートのATMは郵貯銀行のものだった。クレジットカードのPLUSの表示もあったため海外で利用するようにキャッシングで一時的に凌げればと、色々なパターンのオペレーションを試したが利用不可でカードだけを返される。幸い支払いはクレジットカードにも対応していた。


 支払いを済ませてタクシーに乗り込もうとすると、今度はクレジットカードは利用不可だと個人タクシーに乗車拒否された。これは困ったと妻に着替えを持って駆け付けてもらおうとしたが、今度は妻が自宅から最寄りの総合病院へと搬送されていたと勘違いしており説明に時間を要した。手持ちの現金で足りなけれ財布を持ってエントランスまで駆け付けて貰うことにし、現金払いでタクシーを利用することにした。

 そのまま帰宅しようかと思ったが、明け方からバタバタしていたこともあってか急な空腹感に見舞われたため、ファミリーマートで帰宅して身支度をしながら食べようとトルティーヤを購入したのだが、袋は要らないと告げてしまいトルティーヤと箸とおしぼりを手持ちでコンビニを後にする羽目になった。

 冷静に考えてみると寝支度のままで私は入院患者のように見えていたのかも知れない。それを片手にタクシーに乗る姿を、制服姿の教育実習生の視線を集めたような気がした。「お前はそれを片手にタクシーに乗るのではなく、向かう先は自分の病室だろうが」と自分でも思うくらい、脱走する入院患者のような出立ちだった。

タクシーの運転手は、「この辺りの個人タクシーはカード利用出来ない車両が多い。私もあと何年出来るか分からない仕事のために機器を20万円も出して買うかというとそうもいかなくてね…」と話していた。各々切ない事情を抱えている。


 夕方職場にアップデートの連絡を入れると思った以上に周囲の皆に心配をかけていたようだ。「明け方に救急車で運ばれてしまったんですが、もう大丈夫です!」などと連絡を入れたところで、全く大丈夫なように聞こえないというリアクションが返ってきた。コメントを返してくれたディレクター陣の中で、私が疑われている症状を親族で経験したという旨の連絡を個別にくれた方がいた。「父が20年前くらいにそのような症状に見舞われて薬を常備していたことがあり、それから父を一人で寝かせないようにいつも母が連れ添っている」といった旨の内容だった。

 そのことも交えて妻や子と夕食を取りながら会話をしていると、一人の寝室をどうにかしてはどうかといった会話に発展しかけた。妻が私に連れ添う場合、上の子が幼い下の子と2人で寝るのかと苦笑いをして返し、そうした対処は本望ではないがもしものことを想うとそうせざるを得ないのではないかといった雰囲気がその場に漂った。

 私はマネジャーに就任して以降、もしものことがあればと保険や投資商品の見直しをし、何かあってもこれで残された家族は十分な保障は得られると自分の中では楽観的に考えていた。実際今回の件で最悪の事態に至ったとしても家族は安泰だと思っていたが、そのような会話を目の前で繰り広げられると悠長に死んでられないのだと思い知らされた。出来れば老後をゆっくりと過ごすよりは、一番動ける時にこの世を去り、出来るだけ多くの資産を残せればとも思うが、残される側の身を考えると余り無責任なことは考えない方が賢明なのかも知れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蕎麦にうるさいヤツはめんどくさいヤツが多い 城西腐 @josephhvision

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ