第110話 君を取り戻す

「これって……」


 エレナとベルフェゴールが和解した直後。どういうわけかノームが向かった方向にて大爆発が起こった。嫌な予感がしたエレナはすぐさまそちらへ走り出す。そして、その先で──トカゲの化け物が、サラマンダーが、ピクリとも動かずに倒れているではないか。


「エレナ! 無事だったか!」

「ノーム、」


 シュトラールの兵士達が慌ただしく右往左往している中、エレナに気づいたノームがこちらへ駆け寄ってくる。ノームはエレナの背後にいるベルフェゴールに眉を顰めた。が、エレナが何も言わないので、すぐにそういうことだと理解してくれたようだ。それよりも、とエレナは不安げな瞳でノームとサラマンダーを交互に見る。サラマンダーの安否がとにかく気になったのだ。


「ノーム、サラマンダーは!」

「ひとまずまだ生きている。先ほど、突然サラマンダーの体が大爆発を起こしたのだ。原因は分からない。レブンとトゥエルに話を聞きたいのだが、今の彼らはとても話せる状態ではない」


 ノームが指した方を見ると、確かにぐったりと地面に横たわっているレブンとトゥエルがいた。彼らは二人とも苦しそうに息を弾ませ、時折吐血している。危険な状態なのはどう見ても明らかだった。エレナが傍にいたベルフェゴールを見る。双子が今どういう状態なのか、彼はきっと知っているだろうから。


「今のレブンとトゥエルは吾輩の呪いによって無理矢理この世に繋ぎ止めている死者に過ぎません。吾輩が彼らをウロボロスの研究施設にて発見した時には既に虫の息でしたからね。……今の彼らは吾輩の呪いに耐えうる気力すらも尽きつつあると見えます。尤も、むしろよくここまで踏ん張ったと言っていいほどですが」

「っ、なら! 私の治癒魔法で二人を治癒する! サラマンダーはそれで楽になったって言っていたし!」

「残念ながらこればかりはエレナ様でも無理です。治癒してもウロボロスに犯されている限りは治癒魔法の魔力はウロボロスにほとんど吸われてしまいます。サラマンダー様は勇者の加護があったからこそ、ウロボロスの動きが抑制されていたにすぎません」

「っ、そんな……! じゃあ一体どうすればいいの! サラマンダーだって、救わないといけないのに!」


 するとベルフェゴールが屈み、レブンとトゥエルの額に優しく触れた。二人の顔がさらに苦痛に歪む。


「その場しのぎに過ぎませんが……吾輩がレブンとトゥエルに再度呪いを掛け、もう少し繋ぎ止めておきます。その内にエレナ様はひとまずサラマンダー様をザグレスの心臓から引き剥がすべきです。はっきり言って、こちらの二人よりもサラマンダー様の方が


 ベルフェゴールの言葉に石になるエレナ。その隣でノームも息を呑んだ。レブンとトゥエルは半ば死者だと言ったベルフェゴールが「サラマンダーの方がさらに危険な状態だ」と今はっきり言い放ったのだから、戸惑いもするだろう。


「──今のサラマンダー様はザグレスの心臓という聖遺物に飲み込まれています」


 ベルフェゴールが言うにはこうだ。ザグレスの心臓とはその名の通りザグレスという神の心臓である。ザグレスは巨人に十二回も殺されていながらも復活を遂げたという伝説から蘇生の象徴として神話に残されていた。そんなザグレスの心臓を移植させればどんな状態の者でも健康体として復活──それが例え死者であっても息を吹き返させることができるのだという。


「そうか、レブンとトゥエルはそのザグレスの心臓を使って生き延びようとしていたのね」

「しかしそれだと変だ。何故わざわざ二人はサラマンダーを攫う必要があったのだ」

「……。……心臓の起動には、生贄が必要でした。そこでレブンとトゥエルはサラマンダー様にシュトラールの民を捧げさせることを考えたのです。それが一番、サラマンダー様への報復になると」


 そこまで二人はサラマンダーを恨んでいたのか。ノームがそう悲しげに目を伏せた。

 ザグレスの心臓に飲み込まれたサラマンダーはそんな二人の報復に従い、シュトラール王都を襲ったのだろう。己の罪を償うために。エレナはその話を聞いて、拳を握り締める。


(優しい貴方がシュトラールの民を犠牲にするという選択肢を選ぶくらいには自分を追い詰めていたんだね、サラマンダー)


 心の中でそんなことを呟きながら、何も気づいてあげられなかった自分を殴りたくなる衝動に襲われるエレナ。そうして動かなくなったサラマンダーを見上げた。


 またベルフェゴールによると、先ほどの大爆発は恐らく心臓の魔力が彼の中で暴走していることが原因のようだ。それならばそれに覆われているサラマンダーの体も莫大な負担がかかっているだろう。心臓の起動が見込めない今は一刻も早く彼を暴走した心臓から救い出す必要があるというわけだ。


 するとエレナの首飾りからルーが再度顔を出した。そのままエレナの肩に乗っかった彼女はエレナを見つめる。何か言いたげな円らな瞳にエレナは頷いた。


「うん、わかってるよ。あの中にサラマンダーがいるんだよね。私が彼を取り戻してくる」

「──待つんだエレナ。余も行く。あいつは、余の大切な弟だ」


 ノームの強い言葉にエレナは微笑む。

 ……と、そこでノームの名前を呼ぶ声が。見れば大火傷を負ったヘリオスがこちらへフラフラと歩いてきているではないか。彼はあと少しのところで倒れそうになったが、魔王がすかさずそれを支えた。そんな魔王に礼をいい、ノームを見上げるヘリオスは今にも泣きそうな顔である。

 

「ノーム。すまん……」


 絞りだされた謝罪の言葉に驚くエレナ。本当に彼はあの強気なヘリオスなのかと疑う。対してノームはそんな彼に驚くこともしなかった。黙ってエレナの手を握り、彼に背を向ける。


「謝罪すべき相手が違いますよ、父上。その言葉は──あいつに贈るべきだ」

「……あぁ、分かっている。サラマンダーを、我が子を、頼んだ……」


 行こう、エレナ。ノームはそういって、エレナの手を引いた。

 ちなみに魔王はサラマンダーが再び爆発を起こした場合に備えて外で待機してくれるとのこと。父親達に見守られながらノームとエレナは進む。魔王の魔法によって開かれた怪物の口内へ入っていったのだ。怪物の体内は外から見ればそれほど広くないはずなのだが、どういうわけか先が暗闇に包まれて見えなかった。もしかしたら空間魔法の作用があり、洞窟のようになっているのかもしれない。するとエレナの肩に乗っかっているルーが額の宝石から一筋の光を宿す。そうしてルーの光に導かれるように、エレナとノームはその暗闇に飲み込まれたのだった……。

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