第101話 真実を求めて

 ──その後。ノームとエレナ、そして魔族達が必死にベルフェゴールを追ったものの、結局彼に逃げられてしまった。これでサラマンダーの行方が完全に途切れてしまったというわけだ。

 夜が明ける。エレナは睡眠不足による気怠さを感じながらも、私室のバルコニーから朝日を眺めて放心していた。捜索から戻ったノームがそんな彼女の横に並ぶ。ノームの険しい横顔を見て、エレナは唇を噛み締めた。


「エレナ、魔王殿に休めときつく言われたのだろう。とりあえずお前は睡眠を……」

「こんな状況で眠れるわけないよ。ノーム、ごめん。こんなことになるなんて。私がサプライズパーティをしようなんて言ったから……」

「そんなことを言うな。例えサラマンダーがあのままシュトラールにいても、あの悪魔達はきっと同じようにあいつを攫ったはずだ。エレナが気に病むことではない。……それよりも、だ」


 そこでノームはふるふると体を震わせ、拳をバルコニーの柵にぶつける。


「──気になるのはあのレブンとトゥエルとかいう者達だ。サラマンダーはあいつらを“兄さん”と呼んでいた。しかし余はあの二人のことなど全く分からないんだエレナ。余は、サラマンダーの兄だというのに、あいつのことを何も知らない……っ」


 「その前に余は、、世界一みっともない兄だったな」と彼が自嘲しながら言葉を付け加えたが、それはエレナの耳には届かなかった。エレナは己を責める彼の手にそっと触れ、ふと昨晩のことを思い出す。


「そういえばベルフェゴール、変なことを言っていたよね。今日にはサラマンダーを返すとかなんとか。それが本当だとするなら、サラマンダーは生きている可能性が高いはず……」

「いや。だがヤツはその時のサラマンダーがどんな姿であるかはわからないとも言っていた。もしそれが、亡骸であるあいつを揶揄しているとしたら……」

「!!」


 エレナの全身に寒気が走る。最悪の未来を想像してしまったのだ。思わず涙が溢れる。こうしてはいられないとサラマンダーを捜しに行きたいが、如何せん行方の手がかりが全くないのだから困る。今現在、魔族達が魔法を駆使して彼の行方を必死に捜索してはいるのだが、エレナの所に未だ報告がないということはそういうことなのだろう。エレナとノームの間に沈黙が走る。エレナは頭を掻きむしった。そしてバルコニーを飛び出そうとする。ノームが慌てて彼女を止めた。


「エレナ! どこへ行くんだ!」

「このままじっとしていても何も変わらない! もうこうなったら、とにかくがむしゃらになって探すしか、ぶふっ」

「…………」


 そこでエレナは顔面を壁にぶつけてしまう。……いや、それは壁ではなかった。サアッと血の気が引く。なぜなら今、彼女の目の前には──蠢く黒い闇を体から発生させている魔王が仁王立ちしていたからだ。


「エレナ。寝ていろと、わたしはそうお前に言ったな?」

「ぱ、パパ……!」


 エレナは思わず後ずさった。しかし負けじと踏ん張る。


「だ、だって、大切な友達の命が危ないかもしれないんだよ!? そんな状況で眠れるわけない! お願いパパ、私も一緒にサラマンダーを捜したいの!」

「……はぁ。すまない。我もお前の気持ちを汲み取るべきだった。もう怒らないから安心しなさい。今から我は再びシュトラールへ行く。ヘリオス王への定期報告を果たさねば。せめてその間だけでも休みなさい」


 ヘリオス王。その名前にエレナはピクリと反応する。国の王子であるサラマンダーが連れ去られたとなればこれはもうテネブリスだけの問題ではない。魔王はすぐさまシュトラールに向かい、事情をヘリオス王に話したという。その時のヘリオス王は怒りでそれはもう発狂したらしい。結局、話を聞くなりすぐに出向いてくれた枢機卿を仲介役として魔王はヘリオスにサラマンダー捜索の状況を毎時報告しているようだ。エレナは魔王の服を掴む。


「パパ、ヘリオス王に会わせて。今回の騒動は私が発端なのだから、やっぱり私も謝罪に行くべきだよ」

「駄目だ。今のヘリオス王は……正直話し合えるような状態ではない。お前は大人しく休んでいるんだ」

「そうだエレナ。今の父上の癇癪はお前に見せられるようなものではない」

「でも、今はヘリオス王に頼るしかない。あの人は絶対にサラマンダーの過去を知っているはず。きっとトゥエルとレブンのことも! ひとまず私は彼ら二人のことを知るべきだと思うの。ノームだってサラマンダーのこと、知りたいでしょ?」

「! ……それはっ、そうだが……」


 ノームが動揺したように目を泳がせる。エレナは彼の体が震えていることに気づいた。顔も真っ青だ。何かあったらしい。どうしたのかと尋ねれば、ノームはただ一言、「怖い」と。


「勿論、昨晩サラマンダーのことを報告した時に余だってそのことを尋ねたさ。しかし父上は『二度とその質問をするな』と。……本当に情けない話なのだが、癇癪を起こしている父上と対面することをどうしても余の体が拒否するんだ。故に、聞けなかった。余は、弟の危機だというのに臆したんだ……!!」


 ノームは己の爪が皮膚を突き破り血が出るほど、拳を握り締める。

 ……ノームの記憶の中のヘリオスはいつだって自分に対して怒っていた。


 ──『目の前に現れるな。目障りだ!』

 ──『お前の目なんぞ見たくもない、前髪を伸ばせ』

 ──『お前が余と共に食事をとるだと? 笑わせるな』


 そんな冷たい言葉しか、幼いノームは父から受け取ってこなかった。ノームが自分を「落ちこぼれ」だと思い込み始めたのもそんな父の態度によるものが大きい。ある意味ヘリオスはノームのコンプレックスそのものであったのだ。いくらノームが彼に尽くそうとしてもヘリオスはノームを拒絶する。それどころか癇癪をおこす始末だ。ノームはいつしか、そんな父と向き合うことを何よりも恐れるようになっていた。以前、親交パーティにてエレナが枢機卿を治癒しようとした時、ノームがヘリオスに立ち塞がった時があった。しかしあれは本当にノームにとって咄嗟だったからこそ出来た行動である。対して今は咄嗟でもなんでもない。ノームは歯を食いしばる。エレナに出会って癒えたはずの己のトラウマが、こんなところで再発するとは思ってもみなかった。そんな自分が情けなくて情けなくて、殺したくなる。

 するとそこでエレナが思いきり、ノームの頬を引っ張った。ノームは唖然とする。


「え、えれら……?」

「馬鹿。誰が貴方一人でヘリオス王に立ち向かわせるって言ったの。勿論、私も行くに決まってるでしょ。二人でサラマンダーのことを聞きに行こう。ノーム、誰だって怖いものはある。でもそれは一人だったら、の話だよ。私達二人なら何も怖くない! ヘリオス王だって、原初の悪魔だって!」

「!」


 エレナの笑顔にノームは目を見開いた。そして眉を下げて、微笑む。敵わないな、お前には。潤ったノームの声。ノームは自然にエレナの体を己の胸の中に閉じ込めた。エレナも幸せそうだ。


 ……が。


「ゴホン」


 魔王のわざとらしい咳払いにより二人はすぐに我に返る。エレナとノーム、そして魔王の間になんとも気まずい空気が流れた。

 ──とりあえずそんな三人はサラマンダーの行方の手がかりを求めて、彼の過去を知るためにシュトラールへ向かうことになったのだった……。

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