第61話 道標
「猊下ぁ──!!」
ノームは反射的にフェンスに身体を預け、枢機卿に手を伸ばしたが──それが届くことはなかった。伸ばした拳を握りしめ、剣を構える。するとレイナは今までの態度と打って変わって涙目でノームを見た。
「酷い。あたしに剣を向けるんですか? ノーム殿下……」
「っ、!!! うっ……」
──向けられる、はずがない。
この状況であるというのに、ノームはレイナが愛しくて堪らなかった。自分が剣を向けるべき相手は間違ってはいない。そう、わかってるはずなのに──。「お前はレイナを愛している」「お前はレイナに剣を向けることはできない」と、数千もの声に同時に囁かれているような感覚に襲われる。今までノームが何かを思い出そうとする度にこの声が阻んできたのだ。
ノームの手の力が抜ける。剣が、カランとバルコニーの床に落ちた。弱弱しくレイナの名前を呼び、膝を崩す。
──しかし、そこで。
「──違う、だろ」
ポツリ、と弱弱しい声が響いた。刹那、ノームの視界いっぱいに炎が暴れる。サラマンダーを掴んでいたオッドアイの悪魔と、炎の巻き添えをくらった獣耳の悪魔がすぐにサラマンダーから離れた。解放されたサラマンダーはフラフラしながらもノームの方へ歩く。そして何を思ったのか、思い切り彼の頬を殴った。軽く吹き飛ばされたノームは頬を抑えて唖然とするしかない。
「っ、サラ、マンダー?」
「違うだろ兄上……っ、いい加減、正気に戻りやがれ! お前が、お前が心を許した相手は……こうやって人を傷つけて笑っていられるような外道女じゃないだろうがっ!!」
「!」
「
「──てめぇえっ! すっげぇ熱かったじゃん!!! 死ね!!!」
……と、ここで獣耳の悪魔がサラマンダーを力任せに殴り飛ばす。元々限界を越えていたサラマンダーは呆気なく壁にめり込み、ズルズルと床に落ちて動かなくなった。そんなサラマンダーを見て──
「──っ!!」
ノームはぷつん、と何かが切れる。やけに周囲の動きが遅く感じた。頭痛と鼓動が激しくなる。脳内に響く数多の声によって爆発しそうな頭を抱え──ノームは歯を食いしばり──
「──うるさいっっ!! 黙れぇえええええええっっ!!!!」
「!?」
──自ら、
「な、なな、なにしてんのよ……!」
「……、よかった。これで……静かに、なったな。もしこれでも効かなかったら……次は手の甲に剣を突き立ててみようかと思ったのだが……」
「は、はぁ?」
ノームは髪に絡まった破片を取る為に首を振ると、目を瞑った。頭を強打し、思考が真っ白になった瞬間に彼がまず思い出したのは、
──『ノーム!』
こちらに手を伸ばすエレナの輝かしい笑顔だ。
──そうだ、思い出せ。
──孤独の闇から「貴方は落ちこぼれじゃない」と言って救ってくれたのは誰だ?
──理不尽を怒っていいと手を差し伸べてくれたのは誰だ?
──傷ついた人間を見るとすぐに飛び出してしまう無類のお人好しかつじゃじゃ馬だが、余がこの世の誰よりも尊く想ってしまう彼女は──レイナ……なんかではない!!!!
ノームの中で一つ一つの記憶が組み立て直されていく。そして全てを思い出した後──ノームは掌に爪をくい込ませた。
「エレナ、すまない。お前にあんな顔をさせてしまうなんて……。もう余は、絶対にお前を見失ったりしない」
そう独り言を呟くノームに、怖いものはなかった。エレナという道標を取り戻した彼はもう見据えるべき敵を迷ったりもしない。剣を拾い、少しの躊躇いもなくレイナにその切先を向けたのだ!
「──レイナ・リュミエミル!! 余は貴様を許さない!」
「ちっ、あたしの能力が解かれるなんて……。でもいいわ。落ちこぼれのアンタに出来ることなんて何もないもの!!」
「余はもう落ちこぼれなどではない! この国も、この国の民も、余が守る! 余は、余は──この国の第一王太子ノーム・ブルー・バレンティアであり──貴様ら悪魔に打ち勝つ為の、人間の
ノームがそう叫んだ時、レイナは彼の背後に唖然とした。
何故なら彼の背後では──二階の高さにまで到達した巨大な
「な、なななな!?」と言葉が上手く出てこないレイナをノームは真っ直ぐ射抜いた。
「──希望がある限り、余ら人間は決して貴様らに屈しない! 歯を食いしばれよ、悪魔ども!!」
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