第25話 運命の再会は、とある取引所にて
南の町カーレン、海に面したこの町は貿易によって栄えた町で、港にはいくつもの船が停泊しているのが町の入り口からも見えた。
クエストが追加された町ということもあって、他のプレイヤー達も結構な人数が集まっている。
これなら広場とかにいけば、情報が簡単に集められそうだ。
ただ、その前にまずは武器を売りたい。
このゲームでは2種類のクラスに就ける性質上、武器もそれぞれのクラスに合わせたものが装備出来るようになっている。なので、今までならファイター用の近接武器や盾と、マジシャン用の杖が装備出来ていた。
だが、死神の装備出来る武器は鎌のみらしく、キラーアクスだけでなく、初期から持っている鉄の剣すら持てなくなっていた。
鉄の剣はプレイヤーで買う人はいないと思うので、キラーアクスを取引所に登録してお金に変えたいところだ。
町の中の建物は白いコンクリートの建物が多く、澄み渡る青い空と混ざり合い、まるでリゾート地のような情景を作り出していた。
もしかしたら、実際そんな気分で遊びに来てるプレイヤーもいるかもしれない。
しばらく町の中ほどに進むと、急に視界が開けた。
白い石レンガ造りの噴水が中央にあり、その周りで多数のプレイヤーがくつろいでいる。
その噴水のある広場を挟んだ向こう側に、目的の建物はあった。
亜空間物品取引所、という正式名称があるのだが、長いのでほとんどの人は取引所、または市場と呼んでいる。
多数の人が使用するためか建物の中にNPCはおらず、代わりにいくつものディスプレイが並んでいた。この備え付けられた端末を使用して、アイテムを登録、売買出来るようになっている。
操作は至ってシンプルで、登録したい装備やアイテムを選んで選択し、あとは金額を決めるだけ。といっても、金額は決められた範囲でしか設定出来ないため、とりあえず設定出来る上限で登録しておけば問題ない。
私はキラーアクスを登録して広場の方に目をやる。
そんなすぐには売れないだろうし、とりあえず情報収集でもしようか。
そんなことを考えた矢先だった。
ピロンと、メールの届いた音が耳に入った。
登録した装備が売れると自動で売却金額がメールで届くのだが、もう売れたのだろうか?
―――――――――――――――――――――――――――――――――
差出人:亜空間物品取引所
件名:交渉
本文:交渉希望者が1名います。部屋番号は11です。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
どうやらキラーアクスの取引に関して交渉したい人がいるようだ。
購入金額が足りない、もしくは単純に値引きをしたいという時には、このように値引き交渉を依頼することが出来る。ただ、それを受けるかどうかは出品者次第なので、普通に無視される場合がほとんどらしい。
私の登録したキラーアクスは350万Gとかなり高額だったので、おそらく普通に待ってても長期間売れることはないかもしれない。それだったら交渉内容はわからないが、話しくらいは聞いてみてもいいだろう。多少の値下げなら受けてもいいし、レアアイテムとの物々交換という可能性もある。
取引所の屋内にはさらにもう一枚扉があり、その奥にはさらに小部屋がいくつも並んでいた。その一つ一つには番号が振られており、交渉者がメールで届いた番号の部屋で待っているはずだ。
私は目的の部屋のドアを軽くノックしてからドアノブを回す。
「お待たせしまし――」
ドアを開けて中にいる人物がチラリと見え――反射的にドアを閉める。
「お、おいっ! なんで閉めるんだ!?」
中から上がる驚きの声。
ごもっともだが、驚いたのは私も同じ。
部屋の中にいたのはいつかの大柄な戦士風の男。恰好は相変わらず黒いパンツ一丁とあまり直視したくない姿だが、今回は取引相手なのでそうもいかない。
「ごめんなさい、つい……」
謝りつつドアを開けて部屋の中に入る。
特に飾り気のない、中央に大きなテーブルが置かれただけの殺風景な部屋だった。
「あんたは――――マイブラザー!」
誰がブラザーよ!
またしても大声を上げる彼に、思わず心の中でツッコむ。
「これが運命の出会いか……」
そんな運命捨ててしまえ!
「えっと、値下げ交渉でいいのかしら?」
「おっと、そうだったな。俺の名前はマッチョ晴夫だ。マッチョと呼んでくれて構わない」
「あ、えっと……夜桜アンリです」
名前のインパクトにやられ、名乗るのを一瞬ためらってしまった……。
それにしても、昔からこういう人いるけど、なんでオンラインゲームでおかしな名前を付けられるのか。関わった色んな人に名乗ることになるんだし、私には絶対無理だ。
そんなことを考えていると、彼はふとパンツの中からとある画面を出現させる。
どっから出してんの!? 空間にタッチすれば普通に出るでしょ!
「それでだ、単純な値下げではなく物々交換による値下げを提案したい。こう見えてもうちのギルドはそこそこ高レベルが多い。転職者も俺を含め5人いる」
なんか急に始まるギルド自慢。
ていうか、もう最近ではそんなに転職者増えてるのか。アレクさん達が転職したのを聞いた時には、まだまだ全然先の話だと思ってた。
まぁ、ほとんど私がレベリングサボってるせい、というのもあるかもしれないが……。
「高難易度インスタンスダンジョンもそれなりに周回し、レアドロップアイテムも手に入れている。――だが、うちのギルドは俺のような肉体派しかいない」
でしょうね! 普通の人は絶対入らないと思う。
「そのため、手に入れたレア装備も売れるまでは倉庫の肥やし。そのレア装備の中で欲しいものがあれば、その分は物々交換としたい。もちろん金額分であれば、複数選んでもらっても構わない」
なるほど、この条件なら断る理由はない。欲しいものがあるかどうかは分からないが、とりあえず彼の所持リストを見せてもらおう。
「わかったわ。とりあえず確認してみるわね」
彼の出した画面をジッと眺める。
品揃えはなかなかに良かった。剣、槍、斧などの近接武器から、弓などの遠距離武器、杖などの魔法武器など、どのクラスの人が見ても喜ぶ豊富さだ。
私は杖の項目を確認し、いくつか良さげな武器をピックアップした。
一つ目は疾風のワンド。アクセルという杖専用の魔法が使えるのだが、効果自体はクイックと一緒なので、あまり需要はない。ただ、武器のパッシブ効果で風魔法ダメージアップがあるため、ソロの風マジシャンならぜひ欲しい代物である。
二つ目は癒しの杖。色んなRPGでおなじみの回復が出来る杖だ。殴って回復するのではなく、普通に回復魔法のヒールが使えるようになる。ただ、このゲームの光・回復系魔法はMND参照であり、普通にINTだけを上げているマジシャンでは使いこなせない。こちらもあまり需要のない武器である。
三つめはスターダスト・ロッド。300万Gはする文句なしのレア武器だ。ただ、武器固有の魔法のせいか攻撃力が低く設定されており、その固有魔法も消費MPが大きい割に、ランダム要素が強くて使い辛いとして人気はない。
「この三本と交換でいいわ」
「ふむ。足りない分はゴールド払いでいいか?」
「お金には困ってないし、他に欲しいのもないし、これでいいわよ」
「そうか。ならば手続きをしよう」
マッチョさんがテーブルの上に、私が指定した三本の杖を置く。
私も道具袋の中からキラーアクスを取り出し、杖と並べるように机の上に置く。
するとお互いの目の前に一つの画面が出現する。
『こちらの内容で取引します。宜しいですか?
売却:キラーアクス
受取:0G
疾風のワンド
癒しの杖
スターダスト・ロッド』
「はい」
「おーけいだ」
お互いに画面の問いに対して返事を返すと、目の前の画面が閉じると同時に、テーブルに置かれた武器が消える。
おそらく、お互いの道具袋の中に自動で収納されたのだろう。
道具袋の中を覗いてみると、しっかりと交換した三本の杖が入っていた。
「よし、これで取引完了だな」
「そうですね。有難うございました」
そう言って部屋を出る私の後を付いて来るマッチョさん。
まだ何かあるのかと思ったのだが、よく考えたらここの入口は一つしかないんだった。
「そういえば、あんたも次のイベントは参加するんだろ? 次は対人もあるから楽しみだな」
うーん、なんかこの間そんな告知を見た気がするが、あんまり覚えてない。
「俺の肉体美を披露できるぜ!」
そんなためのイベントじゃないから!
「それじゃ、また機会があったら宜しくな」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
取引所を出たところで別れを告げ、さっさとこの場を離れようとした背に、「ああ、そうだ」と呼び止める声が掛かり仕方なく振り返る。
「差額分の代わりと言っちゃなんだが、困ったことがあったら俺のギルド『痛みの極致』が全力で手を貸そう。いつでも連絡してくれ!」
爽やかな笑顔でニカッと白い歯を見せ、親指を立てるマッチョさん。
イケメンな青年ならまだしも、ムキムキマッチョにされるとかなり暑苦しい。
「あ、ありだとう……」
私は立ち去る彼の巨大な背中を眺めながら、そんなことは絶対に起こらないようにしようと、心に誓うのだった――。
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