第82話 夢だったのかな?

 カラカラカラ……


 何だろう? この音……


「瑠璃華!! 瑠璃華!! しっかりしろ」


 リアルの声が聞こえる。


 それにしても、海に落ちたはずなのに寒くない。て、言うか暑い。

 なんで? それになんか草の臭いがする。あたしはゆっくりと目を開いた。


「リアル……あれ?」


 カラカラカラ……


「瑠璃華。よかったあ」


 あたしの顔を覗いていたのは、黒猫ではなかった。日焼けした爽やかな笑顔の男の子。


「真君?」

「大丈夫か? 頭打ってないか?」

「え? 頭?」


 カラカラカラ……


 さっきから聞こえる音の方に目を向けた。

 赤い自転車が倒れて、後輪が空回りしている。

 あたしの自転車? ここは浅川の土手?

 あたしがよく自転車の練習をしていた場所?


「あたし、なんでここに?」

「覚えてないか? 自転車で転んだんだよ」


 え? 転んだ? 


「ごめんな、瑠璃華。もう大丈夫と思って手を離して……」

「あたし、ずっと変な夢を見てたみたい」

「夢? どんな」

「黒猫が喋ったり、スパイとテロリストの戦いに巻き込まれたり、海に落とされたり」

「え? なに……それ……」

「夢だったのかな?」

「夢に決まってるだろ」

「だよね」


 そうか! 今まで、ずっと長い夢を見てたんだ。

 だって、猫が喋るわけないし、テロリストとかスパイとかがあたしの周りにいるわけないし。それに……


「ん。どうした? 俺の顔に何か付いてる?」


 それに、真君が死ぬわけないし……


 あたしは真君のさしのべてくれた手を掴んで起きあがった。


「今日はもうやめて帰ろうか」


 あたしは首を横にふった。


 その日、あたしは夕方まで練習してすっかり自転車に乗れるようになった。

 ただし、身体はあちこち擦り傷だらけ。


 服も洗濯しないと……


「ねえ」


 帰り道、あたしと真君はそれぞれの自転車を押しながら歩いていた。

 背後から差し込む夕日で、長い影があたし達の行く手に伸びている。


「家に帰っても、真君一人なんでしょ?」

「いや、お手伝いさんがいるよ」

「そうじゃなくて、お母さん仕事で帰ってこれないんでしょ?」

「ああ、そうだけど……」

「寂しくないの?」

「そりゃあ、寂しいけど……」

「だったら、小学生の時みたいにあたしの家で暮らしていたらいいのに」

「無理言うなよ。俺たち、もう子供じゃないんだぜ」

「そうね。今そんな事したらみんなから『リア充爆発しろ』って罵られちゃうわね」

「そういう問題じゃなくて……てか、俺達ってリア充だったのか?」

「さあ」


 リア充……なのかな? あたし達って……


 その後、しばらく無言で歩き、分かれ道で別れた。

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