第58話 どこまで逃げればいいの?

「急いで」


 糸魚川君に促され、あたしはリアルを抱いて走り続けた。

 後ろからエンジン音が迫ってくる。


「こっちへ」


 あたし達は河川敷に逃げ込んだところで、三台のバイクに追いつかれた。


「大人しく猫を渡せ」


 ライダーの一人がそう言うと、三台のバイクはあたし達の周りをグルグルと回り始める。


「美樹本さん。ちょっと力を抜いて」

「え? なになに?」


 糸魚川君はしゃがみこむとあたしをお姫様だっこの状態で抱き上げた。

 ちょっ……ちょっとドキドキするんですけど……


「しっかり捕まってて」


 糸魚川君の首にしっかり捕まったけど、どうするの?


 これから……


 その答えはすぐに出た。

 糸魚川君は、あたしとリアルを抱いたままジャンプしてライダー達の頭上を飛び越えたのだ。


 うそ!!


 人間業じゃない!!


「ここで待ってて」


 草むらにあたしを降ろすと、糸魚川君は抜刀して三台のバイクに向かっていく。


「でええい!!」


 糸魚川君はジャンプすると先頭のバイクのライダーを蹴落とした。

 乗り手を失ったバイクは惰性で滑っていき川に落ちる。

 盛大な水しぶきが上がった。

 その時には糸魚川君は二台目のバイクに向かっていた。

 今度はジャンプせず、姿勢を低くしてバイクに切りつける。

 前輪を切り落とされたバイクは転倒してライダーは投げ出された。

 だけど最後の一台が糸魚川君の背後から猛スピードで迫る。

 後ろからとは卑怯なりぃ!!

 でも糸魚川に通じなかった。

 糸魚川君はまるで背後が見えていたのようにバイクがぶつかる寸前にジャンプ。

 空中で一回転するとバイクの後ろに飛び乗っていた。

 いきなり無賃乗車されたライダーは慌てて振り落とそうするが、ヘッドロックをかけられ操縦不能になって転倒。

 バイクが倒れる寸前に糸魚川君は脱出。

 地面で苦痛にうごめいているライダー達を背中に糸魚川君はあたしの方へかけてくる。


「さあ、行こう」


 あたしたちは再び走り出した。

 でも、どこまで逃げればいいの?

 なんて考える余裕もなかった。

 突然あたしたちの行く手をライトバンが塞いだ。

 降りてきた三人の男がピストルを構える。

 真ん中の男が一歩前に出て……


「ホールドア……」


 までしか言えなかった。

 「ホールドアップ」の「プ」を言う前に、抜刀した糸魚川君が瞬時に間合いを詰めて男を峰打ちで倒したのだ。

 左右の男たちが慌ててピストルを向けるが、その前に銃身が切り落とされてしまった。

 男たちはそれに驚く暇もなく打倒される。

 でも、さすがに徒歩で逃げ回っていたせいか、彼の顔にも疲れの色が見えてきた。

 どこかに隠れないと。

 背後から車の音が聞こえてきた時、あたし達は近くの公園に入り遊具の中に隠れた。

 隠れたのはいいんだけど、肝心なことをあたしはまだ聞いてない。


「あのさ、なぜ、あたし達を助けてくれるの?」

「事情は落ちついてから話す。今は僕を信じてくれ」


 信じろと言われて『はい、信じます』というほどあたしもお人好しではないけど、今はそうするしかないわね。


「これから、どうするの?」

「潜入調査のマニュアルに、いざという時に逃げ込める隠れ家を用意する事になってるんだ。今回はそれが役に立つ事になるよ」

「だったら、どうしてまっすぐ行かないの?」


 糸魚川君は、逃げる方向を次々と変えていた。

 当てもなく彷徨っているかのように……


「まっすぐ逃げ込んだら、隠れ家を特定される。だから、ランダムに逃げ回って敵を混乱させてから逃げ込むんだよ」


 車が通り過ぎるのを待ってから、あたし達は再び走り出した。

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