第41話 形見分け

 チーン。 


 お香の煙が漂う部屋の中をリンの音が鳴り響く。

 あたしは祭壇に向かって手を合わせた。

 祭壇にまつられた額には真君がサッカーボールを持って微笑んでいる写真がある。

 去年、地区大会で優勝したとき、あたしが撮った写真だ。


「瑠璃華ちゃん」


 背後の声に振り返る。

 真君のお母さんが微笑みを浮かべていた。

 でも、微かだけど、おばさんの顔には泣き跡が残っている。

 あたしの前で泣き顔を見せないようにしているのね。


「悪いわね。せっかくのお休みに呼び出して」

「いえ……おばさんこそ大丈夫ですか? 研究所の方は」


 真君のお母さんはいつも研究所の仕事が忙しくて家に帰れない日が多かった。

 だから、真君が小さい頃はあたしの家に預けられることが多く、あたしが幼稚園から小学四年の頃までは真君とは本当の家族のように暮らしていた。

 小学五年の頃、真君はこの家に戻ったけど、それはお母さんの仕事が暇になったからではなく、この家で家政婦を雇うことになったからだ。

 そんなに忙しかったはずの人が、真君の葬式以来ずっとこの家にいる。

 最初は特別に休暇を取ったのかと思っていたけど、もう二週間経つ。

 そろそろ、研究所に戻らなくていいのだろうか?


「実はね、瑠璃華ちゃん」


 おばさんは自嘲気味な笑みを浮かべた。


「私、謹慎処分になってしまったのよ」

「ええ!?」

「皮肉なものね。真がいるときは忙しくて相手をしてあげられなかったのに、死んだとたん、ひまになるなんて」 

「謹慎て……何があったんですか?」

「詳しいことは言えないけど、大事な研究資料を紛失してしまったのよ」

「紛失? そんなことぐらいで?」


 なんか、ひどいな。

 なんの研究所か知らないけど、息子との大事な時間を犠牲にしてまで働いていた人にそれはないと思う。


「仕方ないのよ」


 なんか納得いかないな。ひょっとしておばさんの勤め先ってブラック企業?


「それでね。瑠璃華ちゃんにもらって欲しいのは、この子なの」


 おばさんはケージを差し出した。

 ゲージの中ではハムスターがひまわりのタネをかじっている。


「グッキー」


 真君の飼っていたハムスターだ。

 どうしよう? 家には猫が……

 でもニャン道主義者のリアルならハムスターを襲ったりしないよね。

 グッキーが怖がるかもしれないけど、リアルがケージに近づかなければいいし……

 それならもらっちゃおうかな。


「いいんですか? あたしがもらっちゃって」

「瑠璃華ちゃんなら真も喜ぶわ」

「そうかな」

「あの子ね。瑠璃華ちゃんを『お嫁さんにしたい』って言ってたわよ」

「え!? え!? ええええ!!」


 うわわん!! 真君のバカ!! バカ!! どうしてそういう事を、生きてるうちに言ってくれなかったのよ!!

 それはともかく。


「おばさんは良いんですか? グッキーがいなくなったら淋しくなるんじゃないの」

「仕方ないのよ。もうすぐ、私も職場復帰するし、そうなったらこの子の面倒を見られなくなるわ」

「そうですか。そういう事なら」


 あたしはグッキーのケージを受け取った。


「グッキー。今日からあたしの家で暮らすのよ。猫がいるけど大丈夫。あなたを食べたりしないわ」


 あたしはケージの蓋を開けて手を入れた。

 グッキーはあたしにも良く懐いている。

 こうするといつも腕を駆け登ってあたしの肩に……

 え?

 グッキーは手には乗らないで床に飛び出した。

 ああ!! グッキー待って。そっち行っちゃだめ!!

 グッキーはそのまま廊下へ飛び出していく。


「あら? 大変」


 あたしとおばさんはグッキーを追いかけた。

 ようやく、リビングにいるのを見つけたけど……

 窓が開いてる。たぶんおばさんが空気を入れ替えようとして開けたのだと思うけど……

「グッキー。ダメよ。外へ出ちゃ」

 しかし、グッキーはまっすぐ窓へ向かう。

 しかも、窓の外の芝生の上では猫が寝そべってる。なんか、リアルに似ている黒猫だけどこんなところにいるはずないし……


「グッキー!! 外へ出ちゃだめ!! 猫に食べられちゃう」


 だが、グッキーはおかまいなしに庭に飛び出す。まっすぐ、猫に向かっていく。

 いやあ!! グッキーが食べられちゃう!! 

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