クイラス要塞のブレス

 穴が空いた音楽堂で、コデロはイクスが戻るのを待っている。


「お姉様は、無事でしょうか?」

 しゃがみ込んでるディアナが心配そうに、空を見上げていた。


 不安がるディアナに、コデロが肩を置く。

「大丈夫です。あなたの姉上が頑丈なのは、あなたもよくご存知のはず」

 自分なりに言葉を紡ぎ、コデロはディアナを励ます。


「戻ってきました!」

 レンゲが、空を指差した。


 青と金の鎧に身を包んだエスパーダが、バイクで降りてくる。バイクの背に、ワイバーンの翼を広げながら。


「あれが戦乙女ラーズグリース女君主ローデスモードか。太古の昔、エルフ初代女王が変身したと言われている」


 優雅に空を舞うクレシェンツィオ王子が、アゴに手を当てて感心していた。


 だが、エスパーダの様子が妙である。敵を壊滅させた雰囲気ではない。


「コデロ! まだ終わっていませんわ! 変身を!」

 エスパーダが、空から叫ぶ。


 クイラス要塞の口が、クジラのように開いた。

 灰色だった目の光に、血の色が混じる。


『こうなったら、空から直接地上を灰にしてやるよ。かつて世界を滅ぼした力を知りな!』


 うめくような声が、空に轟いた。コブラ大怪人の声だ。


 クレシェンツィオ王子が、「まずいぞ」とつぶやく。


『ヤツは何をしようとしているんだ?』


「あの要塞は、地上をまるごと吹っ飛ばすブレスを吐ける。あんな攻撃を浴びたら、レプレスタどころかオンディールにまで届くぞ!」


 エルフの世界すべてを焼き尽くすつもりか。


「そうはさせません。私はもうコレ以上、大切な誰かがいなくなる世界を見たくない」

 コデロが立ち上がった。


「変身!」

 一気に、コウガ・シャイニングフォームへと変身する。


『邪魔をするんじゃないよ! いけ、ゴーレムたち!』


 街を守っていたゴーレムの動きが止まり、逆に街を襲い始めた。


『これは、いったい?』

『ゴーレムに命令していたピアノが壊れたから、怪人の言うことをダイレクトに浴びせられているんだ!』


 ディアナはあくまでも、目覚めさせただけ。

 レンゲがいなくても、動かすことはできる。


 だが、ゴーレムの統率が取れていない。

 味方同士で壊し合っている個体もいた。


『どこまでもうまくいかない。やはり、レネゲイドが裏切ったことが尾を引いているか。でもね、アタシだってエルフ王家の血筋なんだ! 最後まであがいてみせる!』


 恐ろしい執念だ。

 憎悪が、あの要塞を形作っているのではなかろうか。


「ここは私におまかせを!」


 マイクすらない状態で、レンゲが歌い出す。


 レンゲの歌を聞いたゴーレムたちが、おとなしくなる。


『レネゲイド、またしてもアタシの邪魔を!』


「もうあなたは、母ではない! 復讐に囚われた鬼です!」


『脳改造さえできれば、アンタだってデヴィランの理想を理解できたものを!』


 頭をいじくってようやく会得できる理論など、思想とは呼ばない。


『こっちだって、もうアンタを娘とは思っていないさ! やれゴーレム! その女を踏み潰しちまいな!』


 ゴーレムの一体が、レンゲに向けて足を上げた。


 レンゲが、ゴーレムに向けて歌を放つ。しかし、通用しない。


「歌の力が、足りない⁉」

『危ない!』


 間一髪のところで、コウガがキックでゴーレムを破壊した。


 しかし、レンゲたちを大量のゴーレムが取り囲む。


 こんなときに、クレシェンツィオがいない。

 どこへ行ったのか。


 と思っていたら、舞台袖から現れた。アテムを伴って。


「よしアテム、下ろすぞ。せーの!」


 アテムとクレシェンツィオが、予備のピアノを講堂から引っ張ってきた。アテムは包帯まみれだが、まだ目は死んでいない。


「すまんがお嬢ちゃん、もうひと仕事頼むぜ。お姉様のためによ!」


 音楽堂のステージに置いたピアノを、クレシェンツィオがディアナに差し出す。


「はい!」

 意を決意し、ディアナも演奏を始める。


「おいアテム、こっちに来てくれ!」

「あいよ!」


 呼ばれたアテムが、クレシェンツィオと背中合わせになった。


「オレとお前さんで、二人を守るぞ!」

「お安い御用さ。コウガ、エスパーダ。世界は任せたよ!」


 この二人がいるなら、ディアナたちは大丈夫だろう。


「ベルト様、今のうちにバイクを!」

「おう。ペガサスロード!」


 コウガはペガサスロードを召喚し、上空へ飛んだ。要塞の正面に。


『改めて見ると、デカイな』


「まったく攻め込む余地は、なさそうです」


 攻めあぐねているコウガに向けて、クイラス要塞が牙を剥く。


『我がブレス、とくと味わうがいいさ!』


 マグマのような熱量が、口内に充填された。


「ベルト様、上昇を!」


『よし!』

 コウガは、ペガサスの翼をはためかせる。


 同時にイクスも、ワイバーンの羽根を起動させた。




 血の色をしたブレスが放出され、空の青を切り裂く。


「くうう!」

 ペガサスロードが、爆風に飲み込まれた。

 ブレスから強引に距離を取り、どうにかバランスを取り戻す。


「吹き飛ばされそうですわ!」

 ワイバーンの羽根は、今にも溶け落ちそうだ。



 ブレスが収まる。


 その瞬間、稲光のような現象が。


 激しい振動が起き、二台のバイクは強風に煽られた。

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