イクスとセッション
自分の用事が済んだので、イクスの元へ向かう。
先日の戦闘で、イクスは自身がエスパーダであると発覚してしまった。どうなるのか。もし復帰が困難ならば、手助けせねば。
「お待たせいたしました」
会議の席に、コデロは通される。
「ご面倒をおかけしたな、コデロ殿。用事はもうお済みですかな?」
国王の問いに、「はい」と答えた。
用事といっても、ミレーヌのカレーを食べに行っただけである。
朝も味の薄い料理をいただくのは、耐えられなかったからだ。
「いえ。して、イクス様はどうなさいましたか?」
「このとおり、ピンピンしておりますわ。心配をかけましたね、コデロ」
腰に手を当てながら、モデル歩きでイクスはこちらまで歩み寄った。
「てっきり、オリにでも入れられているのかと」
「御冗談を!」
オホホと、イクスは高笑いする。
「たとえ拘束されたとしても、鎖を引きちぎって逃げてみせますわ!」
彼女のことだ。やりかねない。
「ところで、ディアナ様。楽団で演奏を習ってらっしゃるとか。楽曲は何を?」
「エルフ族伝統の曲であると」
美しいメロディだそうだ。だが、その分だけ演奏は難しいという。
「なるほど。由緒正しい音楽を」
「詳しい伝説は存じ上げないのですが」
格式張った曲であると。
なら、わずかなミスさえ許されない。
たとえ王族の娘といえど、レッスンは厳しくなる。
そんなところか?
だとしても、だ。メンタルに異常は見られない。
やつれているようには見えるが。
ちょうど、この部屋にもピアノはある。
型は古いが、支障はなかろう。
「ありがとうございます。少々、よろしいでしょうか?」
コデロは思うところがあって、ピアノを借りた。
軽く引いてみる。
ゆったりした曲から、練習曲と呼ばれる速さのメロディを奏でた。
ピアノ、異常なし。
見渡すと、周囲から拍手が。
コデロを身体を共有しているリュートでさえ、コデロの演奏に酔いしれていた。
「なにか?」
思わぬ事態に、コデロも手を止める。
「いえ、聞き惚れてしまいました」
「それは、どうも」
やや照れ気味に、コデロは会釈した。
「ディアナ様、楽譜はありますか?」
「はい。こちらに」
ディアナから、曲目の楽譜をもらう。
ふむふむと、コデロは譜面を目で追った。
「どうも。ではイスク、セッションを」
「はあ?」
何を言われたかわからないといった風に、イクスはとぼけた声をもらう。
「これは、何らかの力が働いているかも知れないのですよ。我々で演奏してみて、何もなければ問題なし。我々でさえ体に異常をきたしたら、この楽曲が原因と」
「なるほど。グッドアイデアですわ」
コデロの意図を汲んだイクスは、自前のヴァイオリンを用意する。
「実に、三年ぶりですか?」
そっと、コデロがイクスにささやく。
「三年と二ヶ月ぶりですわ、コーデリア」
イクスも、聞かれないように返してきた。
「ならば、問題ないですね」
再び、コデロが鍵盤に手を置く。
「合図はそちらから」
「よろしくて」
ヴァイオリンのチューニングもそこそこに、お互いアイコンタクトを送った。
爪で、イクスがヴァイオリンをノックする。
瞬間、二人は音と一体になった。
曲目は伝統的な音楽だという。
しかし、二人はアレンジを加えていた。
デュエットでも雰囲気が出るように。どちらが打ち合わせをしたでもなく。
気持ちのいい曲である。少しも、禍々しさは感じない。
やはり、音楽には問題がないように思えた。
妖精が手掛けた曲ならではの、不思議さも感じられる。
「終わります」
演奏を終えて、コデロとイクスは呼吸を整えた。
急にディアナが立ち上がり、大きく手を叩く。
ジョージ王子も、同じようにした。
「素晴らしい演奏であった。二人には、ぜひとも音楽祭に参加していただきたい!」
「いえ、私はただ、ピアノや曲目の調子をチェックして、ディアナ様の体調を考慮しただけで」
「構わん。余が許す。お二方の演奏を、ぜひとも庶民にも聴かせたい!」
それは、まずい。
身動きが取れなくなる。しまった。調査のつもりが裏目に。
「すいません。ベルト様」
『気にするな。それより今後を考えよう』
心の中で会話する。
『本当に、楽器が弾けたんだな。尊敬する』
「からかわないでください、ベルト様」
コデロが、しおらしくなった。
「それより、楽器にも曲目にも異常がありません。もし、可能性があるとするなら、指導者でしょうか?」
「いえ。それは絶対にありえませんわ」
イクスが、コデロの意見を完全否定する。
「なぜ、そういい切れるのです?」
「ディアナの指導者が、レンゲだからですわ」
レンゲが?
『いや、ありえなくはない』
たしかレンゲは、楽団大国アファガインの出身だ。演奏ができてもおかしくない。
「あなたから聞いたんでしたね、レンゲのふるさとのことは」
「ええ。ディアナとレンゲは、リハーサルを入念になさっていますから」
レンゲなら、安心して任せられるだろう。
「ところで最近、クリスとレンゲを見かけませんが?」
ここ数日、特にレンゲの姿を見ていない。
「あの子なら、アファガイン楽団のガードとして、こちらに向かっていますわ」
到着は、一日後だという。
「同郷でしたね。勝手を知っていれば、護衛も問題ないでしょう」
「そこから最終レッスンですから、お祭りはその二日後ですわね」
祭りのスタートは、三日後か。
「ジョージ王子。私はしばらくの間、私用で外出します。よろしいでしょうか? 演奏会には、必ず間に合わせます」
ただし、数日を要すると告げておく。
「よかろう。リハーサルまでには戻ってくるのだぞ」
「感謝いたします。それでは」
コデロはイクスを連れて、歩きながら話す。
「イクス、あなたは引き続きディアナを見てあげてください。私は、個人的に調べたいことが」
「何を調査しますの?」
「お話を聞くのですよ。エルフ王に」
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