イクスと入浴

「いったいどこへ行っていたんだ、イクス!」

 イクスが戻るなり、レプレスタ王が凄まじい剣幕で怒鳴った。


 無理もない。これから王子と会うのに、泥だらけで帰ってきたのだから。


「地上の魔除けが壊されていたので、調査依頼に行っていました、お父様」


 レプレスタに限らず、街道には魔物を追い払う魔除けが随所に設置されている。

 怪人が空から襲ってきたのは、その魔除けを破壊するためだろう。


「外出する方が、よっぽど危険ではないか! 冒険者に任せておれ!」

「その冒険者に依頼していたのですわ! お父様なんかに頼んだら、会議会議で夜が明けてしまいます! 王子が襲われたというのに、悠長な!」


 空の対策もロクにしていなかった時点で、レプレスタの警戒心がうかがえた。


「しかも、友人まで連れてくるなんて聞いていないぞ。しかも、冒険者とは!」


 コデロの格好や、腕にはめたスマートタグを見て、レプレスタ王はすぐにコデロを冒険者と見抜く。


「冒険者は仮の姿。このコデロは、ドランスフォード王族のご親戚ですわよ」


 イクスから告げられて、王は目の色を変えた。事情を説明すると、同情するかのような眼差しを向けてくる。


「さすがにイクス、これは無理があるのでは?」

「ワタクシにお任せなさい」


 慌てるコデロに、イクスはウインクで返す。


「ほほう、さぞ名高い貴族様とお見受けいたしますが?」


 事実、コデロは元第二王女だから、有名といえばそのとおりなのだが。


「そこまで、身分の高い家柄ではありません。吹けば飛ぶような血筋であります」

「ともかく、イクスと仲良くしてくださいませ」

「いえ。助けていただいているのは、こちらの方です」


 実際、怪人戦では助かった。

 

 イクスの機転がなければ、事態は泥沼化していただろう。

 王子も守れず、最悪の結末を迎えていた。


「お父様、我々はしばし入浴致しますわ。ジョージ殿下もしばしおくつろぎを、とお伝えくださいませ」

「ご挨拶もせずに風呂か!」

「汗臭いまま、ご挨拶せよと?」


 レプレスタ王は、「ぐぬぅ」と顔をしかめる。


「早く出ていってくださいまし。レディが服を脱ぐのですよ!」

 恥じらいもなく、イクスはドレスに手をかけた。肉親とはいえ一国の主の真ん前で、おしげもなく肩を晒す。



「すぐに支度なさい! あ、お客人はごゆるりと」


「ありがたく頂戴致します。陛下」


「では」と言い残し、そそくさと王は出ていった。


「もうしゃべって大丈夫ですわ、ノーマン」

 イクスは、腹に話しかける。


『ふう、話せないって、面倒だね』


「ささ、コーデリア。あなたも」

 服を脱ぐように、イクスが急かす。


「イクス、食客として招くという話は」

「デタラメではありませんわ。あなたとは募る話がございますし」


「そうおっしゃるのでしたら」

 コデロも衣装を脱ぐ。


『ともかく、当分寝食に困らないのであれば、ありがたい。よろしく頼む。ノーマン王子』

『歓迎するよ。あと王子は必要ないから。えっと』

『リュートだ。オレも呼び捨てでいい』


 ノーマンは、比較的話しやすい人物のようだ。


「相変わらず、国王と不仲なのですね」

「ふう。ああでも言わないと、あなたと話す機会がございませんわ」


 豪胆な人払い方法だ。イクスという女性は、相当父親と仲が悪いらしい。


「父である国王ですら人払いですか?」

「あんなのは、父ではありませんわ。母を見捨ててワタクシを助けようなどとした父など」


 イクスは、身についている衣装を脱いだ。彼女の腹部にも、紋章のような蒼い入れ墨が。


「どうやら、ベルトはこの中に収まるようですわね。けれど、腹部に圧迫感などありませんわね」

『紋章という形で、押し込められているみたいなんだ。でも、ちっとも窮屈じゃないよ。あなたもそうですよね、リュート』

『ああ』と、リュートも答える。


 入浴の支度ができたと、メイドが告げに来た。


 レプレスタ城の地下には、市民プールの一角かと思わせる規模の大浴場が広がっている。周囲は岩で覆い尽くされ、隙間から絶え間なく熱い湯が。


『大きな風呂だな!』


 ミレーヌの店にある小さな湯船しか知らないリュートは、大浴場のスケールに圧倒された。


 丸裸の二人は、シャワーで身体を流した後に湯の中へ身体を鎮める。


『この世界は、だいたいが大きな浴場なのだな』


 ミレーヌの店もそうだが、この世界には風呂が常備されているようだ。


「これくらい、普通ですわ。エルフは川や泉で身体を清める、習慣がありますから」


 それよりも、とイクスがコデロを抱きしめる。


「生きていらしたのね、コーデリア」

 コデロほどではないにせよ、豊満な胸が押し付けられた。


「やはり、この姿でも分かりますか、イクス」

「魔力の質で分かりますわ。剣術の腕も、何一つ衰えていない」


 コデロとイクスの間には、言い知れぬ友人関係があるのだろう。


「兄上、話せば長くなりますが」

『いいんだ。手を貸してご覧』


「は、はあ」

 コデロは、イクスに手を差し伸べる。


『イクス、キミも手を出すんだ。妹の手を握って』

 ノーマンに言われたとおり、イクスがコデロ手を繋ぐ。


「コーデリアの記憶が、一瞬で流れ込んできましたわ!」

『ベルトを介して、リュートやコデロの記憶を共有しているんだ』


 同じように、リュートの方にも映像が映し出される。イクスやノーマンが持つ、ココ最近の記憶が。

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