第二部 二号は悪役令嬢! 蒼き戦乙女 エスパーダ!

2-1 『ライバル出現だな!』「お仲間ができてうれしそうですね」

イクス・『エスパーダ』・レプレスタ

 イクス・レプレスタは、パトロール中にドワーフを発見した。

 エルフ特有の視力の良さで、遠くの物体も認識できるのだ。


 イクスは青紫に光るドレス・スーツを身にまとい、ウェーブの掛かった紫色の髪を、ふわふわのツインテールで結んでいる。腰には、レプレスタ王家の鍛冶師に作ってもらったサーベルが。


 ドワーフは血相を変えて、なにかから逃げているらしい。ドランスフォード地方から来たようだ。男は肩に、妙な形をしたベルトを担いでいる。



「あら、こんなところにネズミが」

 一瞬で、イクスは彼を敵だと認識した。


 あのドワーフは、魔物独特の気配を放っている。

 腰のベルトから、異常な数値の魔力が確認できた。


 剣を抜き、ドワーフに斬りかかる。まずは手心を加えて。


「ひっ!」

 ドワーフが怯む。だが、すぐに立ち直った。


「何を恐れる必要がある? ワシには、このベルトがある。このベルトさえ完成すれば、コーデリアも恐るるに足らぬわい! それまでは、生き延びねば!」


 コーデリア? 


「ドランスフォードの第二王女の名を口にしましたわね? 生きてらっしゃるの?」


 今ちょうど、魔物退治のついでに城跡へ花でも添えようと思っていたところだった。


 永遠のライバル、コーデリアめ。

 自分の華々しいデビューに唯一、土をつけた忌々しい女の名だ。


 生きていれば必ず決着をつけに行こうと思っていたが、城を襲撃されて死んだと聞く。

 しかし、生きていたとは。


「このベルト、いただきますわね」


「な、なに、を?」


 考え事をしつつ、イクスは一瞬でドワーフからベルトを奪っていた。


 ドワーフの肩から下が無くなっている。


「おおおお、ワシの腕がぁ!」

 肩から吹き出す血を抑えながら、ドワーフはのたうち回った。 


「いいお年なんだから、若者の気配には気づかないといけませんわ。ノロマさん」


 ベルトをブラブラと揺らしながら、イクスはベルトを装着する。

 というより、ひとりでに繋がった。イクスの意思ではない。


「何やら、怪しげな魔道具マギアを手に入れましたわ」



 魔道具とは、魔法の効果が備わった武器やアイテムのことである。世界に出回っているのは、エルフやドワーフが作ったものが大半らしい。



『おっ? ボクは、意識が戻ってきたのか?』


「その声は、ノーマン王子様?」

 聞き覚えのある声が、イクスの耳に入る。


 ノーマン・ドランスフォード第一王子の声だ。 

 自分の婚約者だった男である。

 コーデリアに勝つまで、交際しないようにしようとしていたが、彼も死んでしまったと。


 ドランスフォードへ偵察に向かおうとした道中に、とんだ拾いものをするとは。


「あなた、どうなさったの?」


『説明は後だ。とにかく【変身】と叫ぶんだ』


 頭の中に、構えのような仕草が映像として映し出された。

【変身】という単語が、なんらかのトリガーになっているらしい。


「それで、わたくしはどうなるといいますの?」


『それも、変身のあとになったら分かるよ』

 ロクに説明せず、強制的にノーマンは話をすすめる。


「言うタイミングはこちらで決めますわ」

『今は説明している場合じゃない! キミに危機が迫っている!』


 ノーマンが感じる恐怖を体感してから、イクスは動こうとしていた。

 攻めるタイミングは自分で見極める。指図しないでほしい。


「おのれ、ベルトの資格者だというのか?」

 年老いたドワーフの姿が、モグラのような化け物に変形した。切り捨てたはずの腕も、再生しているではないか。


 モグラの怪物が、イクスに飛びかかる。立て続けに、爪を二撃を振り下ろした。


 一撃目は不意をつかれて衣服を裂かれる。もう一撃はかろうじてよけたが。


「ザコの割に、なかなかしぶといですわね。でも所詮ザコ。かかってらっしゃいな」

『変身してくれ!』


「ガタガタうるさいですわね」

 頭にあるイメージ通りに、剣を回す。


「変身ですわ」

 斜め下から、上に虚空を切り込む。


 青い粒子が剣から舞い上がり、イクスの肌にまとわりつく。しかし、不快感はない。むしろ、全身を保護してくれていると直感でわかった。


「なんですの、これ?」

『キミの身体が変身しているんだ。最強の騎士に』


 一瞬で、イクスの姿が鋼鉄の騎士へと変わる。イクスは身体隅々を確かめた。

 腕や足に青い装甲が取り付けられ、体全体を青いマントが覆う。

 顔には、カマキリを思わせる仮面が。正面上半分をガードする複眼型のバイザーは、ハート型になっている。


「これは、なんですの?」

『正式名称は分からない。ドワーフたちは、コードネーム「計画を壊すものラーズグリーズ」と呼んでいたけど』


 計画、とは。意味不明な言葉だが、ドワーフはこのベルトを用いて何か企んでいる。それに、ドランスフォード、ひいてはコーデリアに通じるようだ。


「なんと、本当にベルトの適合者だったとは!」


 あの老いぼれがベルトを装着せずに持ち歩いていた様子だと、ベルトは資格者が必要だというわけか。

 それに、このイクスが選ばれたようである。


「女騎士よ、我がデヴィランに加わらんか? さすれば、世界は思いのままだぞ!」


 モグラが、わけのわからないことを言う。


「世界を牛耳って、あなた方は何をなさるの?」

「この世界を、デヴィランの神に捧げるのだ! 知恵も権力もすべてがこの手に!」

「あなたの言葉は、このイクスにまったく刺さりませんわ」


「なんと。ならば死ね!」

 モグラ男が、爪を振り回して切りかかった。


 イクスは、あえて避けずに手甲によって受け止める。これですぐに破損するようなら、このベルトとはおさらばだ。


 多少火花が散る。しかし、こちらは無傷だ。


 攻撃してきた爪のほうが欠けている。


「ほほう、これは頑丈ですわね」

「おのれぇ。物理攻撃は、受け付けぬか!」


 物のせいにしているが、単にこの男の腕が鈍すぎるにすぎない。理屈ばかりで、戦闘経験に乏しいのだろう。



「では、これならどうだ!」


 モグラが、口から火炎を発射した。


 小物にしてはよくやる。避けられそうにない。受け止めるか。


 しかし、マントがひとりでに浮き上がり、炎の塊を散らす。このマントは、魔法防御の効果があるらしかった。


「ほほう、面白い魔道具マギアですわね」

『装甲の薄い部分を補助するための追加装甲らしいよ』


 単なる追加装甲にしては、十分過ぎる威力である。 


「デ、デヴィランの思想を理解できぬ愚か者め!」

「わたくしから見れば、得体のしれない神を崇拝しているあなたの方が、よっぽど滑稽ですわ」


 反撃に、イクスはモグラ男の心臓を一突きした。


「くそ、コウガに続いて、新たなラーズグリーズが……デヴィランに栄光あれぇ!」


 モグラ男は、爆発して絶命する。


「コウガ?」


『最近現れた、ラーズグリーズの一体らしい。たった一人で今のような魔物を相手にしているそうだよ』


「それはそれはご立派ですわね」


 だが、ヒーローは一人でいい。このイクス一人で。


「世界を救うのは、このイクス『エスパーダ』一人で十分ですわ」

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