こんにゃく



 「こんにゃく」が、こんにゃく芋からできるとは知っているが、今はほかの作り方もあるらしい。味もそっけもない、という言い回しがあるが、無味ぷにぷにのこんにゃくの、ああいう外観と食感を再現するというだけなら比較的容易に思う。西洋人にはああした食物、ぐにゃぐにゃしたこんにゃくやタコは不気味に思われるらしくて、こんにゃくは「デビルズタン(悪魔の舌)」、タコも「悪魔の魚」と呼ばれているそうだ。昨今は日本食ブームらしいのでこういう風潮にも変化があるや知れんと思う。食物繊維の塊のこんにゃくには他にも「睾丸の砂落とし」という異名がある。「病気にならない生き方」というベストセラーの主張の嚆矢は野草で作った酵素で宿便を出すのが非常に健康にいい、というところだが、同じようにこんにゃくも人体にとっての解毒的な効果が長年の経験則で認められ、言い伝えられているのかもしれないと思う。

 「こんにゃく問答」というのは元はそういう落語があって、ぐにゃぐにゃととりとめのない、要領を得ないおかしな会話の形容だが、そういう問答、カロリーのない問答にも、頭や心をほぐして脳みそのストレスやゴミを「落とす」、そういう効果があるのかとも思う。そう思うと落語や漫才の会話の大半はこんにゃく問答めいたナンセンスの極致である。現代のギスギスしたストレス社会では余計に潤滑油としてヌメヌメしたこんにゃくのような柔軟なユーモアの需要が高まるかと思う。

 ダイエットの救世主としてもこんにゃくは持て囃されたりしている。マンナンなんたらというノンカロリーの代替食品の原料はもちろんこんにゃくである。食べたこんにゃくの繊維が胃の中で膨張して満腹感を与える…ずいぶんあざといような方法だが痩せたい、という強烈な願望を持つ女性たちには「いくら食べても太らない」は強い安心感をもたらす魅力のある観念、惹句になるのだろう。

 食感と薬効だけで古来から愛好されてきた食品が、時代の移り変わりとともに思わぬ脚光を浴びる…生活全般のあらゆるフェイズを貪欲に探索して、鵜の目鷹の目にビジネスに応用するというインテリジェントな現代社会にはこんにゃくの飄々とした持ち味、味もカロリーもないという個性、ふにゃふにゃしてかわいいだけの子猫のようなおかしみ、そういうものが「無」を標榜する般若心経のように絶妙にアップツウデートな「癒し」アイテムになりうるのかと思う。


(2020.5.29)

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