第113話 大洋を駆ける天然野郎



 バトルドーム各地から集まった避難民は、一度方舟はこぶね内部に五カ所ある巨大ホールへと集められ、その後ゲートを通してバトルドーム敷地外の安全な場所へと避難させられる。

 というのも、同時に展開できるゲートの数は限られており、その大きさも一度に五、六人通るのが精々なものが限界だからだ。

 故に、一度ゲートをフル稼働させて方舟内部へ避難させ、その後怪我人の治療などを並行しながら随時外部へ避難させる形を取ったのだ。

 

 しかし、そんな方舟内部の避難所は現在、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図をていしていた。

 それも、五箇所ある巨大ホール全てが同じ状況であった。


「クソッ! どうなってやがんだ一体!?」


 瞳にスペードマークの紋章を浮かべた民間人から、未だ感染していない民間人たちを背に庇うように護りながら宍戸ししどは悪態を吐いた。


 始まりは、民間人の一人が挙げた奇声だった。

 恐怖に負けて気でも触れたのかと考え、一度取り押さえて医務室に運ぼうと考えた捜査班アンダーグラウンドの構成員はその人物を取り押さえた。

 その際、抵抗にあって噛まれたのか、“痛っ”という声が聞こえた。

 そして、次の瞬間には取り押さえた彼もまた、奇声を発して周囲の人物を襲い始めたのだ。

 

 そこからはあっという間だった。

 感染者は鼠算ねずみざん方式で数を増やしていき、今や避難民の八割が感染済みだ。


「つぅかよォ。……高専生徒のクセに無様に感染してんじゃねぇよドカス共が!!」


 真横から巨木の幹を想わせる触手が迫り来る。

 宍戸は背後に庇う民間人へ被害を出さぬよう、その一撃を真っ向から打ち払う。


 方舟内部に存在する人員のおよそ八割に及ぶ感染者。

 その中には紋章高専トーナメントの参加者さえ含まれていたのだ。

 動物格:タコの紋章者、やわら重悟じゅうご

 動物格:シャコの紋章者、内田蓮うちだれん

 

 彼らは感染者を取り押さえようとした。

 最初の感染者を見ていた彼らはゾンビ映画のように噛まれれば感染すると考え、今度は細心の注意を払って取り押さえた。


 けれど、それでも彼らは感染したのだ。

 はたから見ていても噛まれた様子はなかった。

 ただ、感染者と接触していただけで彼らは感染してしまったのだ。

 つまり……、


(感染条件は一定時間の接触、または感染者の体液が体内に入り込むこと)


 そのどちらかが満たされれば感染する、と宍戸はあたりをつけていた。

 

(接触による感染はおよそ二秒。それ以上触れてると感染する……か。ッチ、めんどくせぇ)


「狂乱のクラウン★ 好きな食べ物はタコ焼きでっす♠︎」


 やわらの身体を乗っ取ったクラウンが戯言ざれごとを吐きながら、八本の触手を鞭のようにしならせて襲いかかる。

 この程度、彼一人ならばかわすのは雑作でもない。

 しかし、今は背後に民間人を庇っている以上、避ける訳にはいかなかった。


「うざってぇんだよッ!!」

「おや? こんな所に隙が★」


 八本の触手を打ち払うと、触手の影に潜んでいた内田がシャコの甲殻に覆われた拳を構えて現れた。


「——ッ!?」


 避ける間などなかった。

 シュボッ! という空気の壁を突き破る音が遅れて届いた頃にはシャコの甲殻に覆われた拳が宍戸の腹部にめり込んでいた。


「ゴプッ!?」


 口腔から鮮血が溢れ出し、その身は拳の勢いによって背後へ吹き飛ばされる。

 だがその時、彼の脳裏には最も敬愛する存在からの言葉が過ぎった。


——翔駒しょうま。君の友達は俺が助ける。だから、俺の大切な仲間たちは任せたよ。


 誰よりも尊敬し、己が目指す目標でもある篠咲しのさきから託された想い。

 その信頼に応える為に。

 その期待に報いる為に。

 宍戸翔駒ししどしょうまという男は地を強く、強く踏み締めて堪えた。


(俺の背後には護るべき者たちがいる。民間人はもちろん、あの人が愛する高専生徒仲間たちがいる!!)


 彼が吹き飛んでいれば、それに巻き込まれた非力な民間人は大怪我をしていただろう。

 背後にいる高専生だって戦闘を苦手とする後方支援職だ。

 吹き飛ばされた彼を受け止めることはできず、怪我を負わせてしまうことになるだろう。

 それは、彼が尊敬するあの人の信頼を裏切ることとなる。

 それだけは断じて許容できない。

 だから、彼は己が身が傷つく事もいとわず、その身で全てを受け止め、その背には一切の災厄をもたらさない。


「誰一人……、取りこぼさねぇ。全部、……護りきってみせる!!」

「ああ、その粋だ」


——大洋を駆ける賢者D・ドライブ!!


 ニタニタと粘着質な笑みを浮かべていた内田が視界から一瞬で掻き消えた。

 内田が何かをした訳ではない。

 突如真横から突っ込んできた超音速の物体にき潰されたのだ。

 

 凄まじい勢いで壁に激突した内田は瓦礫に身体を埋めて気を失っていた。

 その傍らに立つ下手人は一言で言えば直立二足歩行するイルカの化物だった。


 いや、まぁ彼も紋章高専トーナメントの一人であり、動物格:イルカの紋章者であるが故の変身形態であるのだが。

 その人物、細美勇輔ほそみゆうすけは爽やかな笑みを浮かべてこちらへサムズアップを見せていた。


「この脳筋野郎が!! 仲間の身体を傷つけてんじゃねぇ!!」

「ええええッッ!!? 俺怒られるの!?」


 良かれと思って取った行動だったのだが、仲間の身を任されている宍戸としては許容の範囲外だったようで、普通にブチギレられた。


「力づくならどうとでもなんだよ!! できる限り身体を傷つけずに無力化しやがれ!!」

「なるほど、それでてこずっていたのか」


 何故ブチギレられたのか謎を極めて疑問符を大量生産していた細美だったが、その言葉を受けてようやく合点がいった。

 そして、そこからの彼の行動は迅速であった。


「そういうことなら話は早い。口を開けて耳を塞いでてくれ!」


 宍戸には彼が何をするつもりなのかは分からなかったが、無意味な指示をするようなバカでないことぐらい分かる。

 宍戸は即座に背後に庇う民間人全員に彼の指示に従うよう伝達する。


 彼らの準備が数瞬後には整うことを直感で読み取った細美は、口を開けて大きく息を吸う。

 そして、口腔から肺へと溜め込んだ莫大な空気を消費して、彼は前方のみ・・・・へ響き渡る音撃を繰り出す。


——大洋を揺るがす覇者D・エコーラウンド!!

 

 それは、音というよりは最早衝撃であった。

 彼が放ったのはイルカがコミュニケーションにも用いる超音波だ。

 それを彼は類稀たぐいまれなる才能と努力によって衝撃さえ伴う爆音へと昇華させた。

 その上で、超克によって物理法則を捻じ曲げることで指向性まで加えた音響兵器へと進化させたのだ。


 未熟故に超克で捻じ曲げきれなかった綻びから僅かに届いた余波だけでも暫く耳が聞こえなくなる程の威力だ。

 そんな爆音をモロに喰らった感染者たちは一様に脳を揺さぶられて失神していた。

 ありとあらゆる物理的衝撃を緩和するタコの紋章者であるやわらでさえ、音による脳への衝撃は防ぎようがなく、一撃で失神していた。


「大会では無様を晒しちまったけど、俺だってちっとはやれるだろ?」


 そう言って再びサムズアップを掲げる彼はどこまでも爽やかな好青年であった。

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