第87話 耐え忍べ
関係者観覧席。
今は避難所開設のために更地とされ、
そんな避難シェルターの手前に盾として立ち塞がる形で作られた、もう一つのシェルターは作戦会議室兼天羽を護る最終防衛ラインであった。
シェルターは天羽の全力全霊によって形成された堅牢なものだ。
全神経を集中させて防衛していることに加えて、衛生軌道上に位置するアトランティスの衛星起動兵器アルテミスの警戒と対処にも力を割く必要がある。
故に、シェルターを築いている間、彼女はその他の一切の動作ができない。
他のことに意識を割くだけの余裕がないので、彼女を護る必要があるのだ。
この場にいる人物は特務課課長である
特務課第五班より
特務課第四班班長、パトリック・フェレル。
第一班よりクリス・ガードナー。
そして、地面に愛用の剣を突き刺した態勢から動けない第二班班長、
以上、八名のみだ。
「静とルミはメインスタジアムを囲う結界を
パイプ椅子に陣取る時透は迅速な判断で各員に指示を下していく。
メインスタジアムの周囲には結界が張られているが、亜空間を移動できる糸魚川の方舟ならばそれを無視して移動できるが故の采配だ。
本当なら日本各地に飛ばされた主力陣を連れ戻したい所ではあるが、そうなるとレート7相当の怪物が野放しとなってしまう。
それ故に、彼らが排除した後に回収する方針にしたのだ。
しかし、その判断に異を唱える者がいた。
特務課第五班所属、
「待ってください課長! 私達がここを離れたら誰が天羽班長を護るのですか!?」
仮に静とルミが離れてしまった場合、残るのはパトリック、クリス、時透、誘波だけとなる。
そのメンバーで今メインスタジアムで暴れ回っている怪物に襲われた時、対処できるとは思えない。
なにより、現在メインスタジアムで暴れている
彼女は強いが、たった一人で対処できる相手じゃない。
「天羽の守護は私一人で問題ありませんよ。技術開発局のインドア派ではありますが、これでも班長ですから。防衛くらいはこなしてみせましょう」
そう応えたのは第四班班長パトリック・フェレル。
かつて、八神の紋章の封印について調査してくれた、金のオールバックと四角い眼鏡が特徴のインテリビジネスマンを
パトリックはそういうが、
幾ら班長といえど、技術開発局の人間だ。
到底戦闘がこなせるようには思えない。
「パトリックの実力が不安か? 問題ない。頭が良いだけで務まるほど班長の座は安くはない」
そんな静に対し、時透は
特務課班長という肩書きは公安組織としてはもちろん、民間にとってもそこに含まれる意義は重い。
班長とは、絶対の安心を保障できる一騎当千の存在でなければならないのだ。
だからこそ、技術開発を担当する第四班といえど、その肩書きを背負うからには一騎当千の猛者でなければならないのだ。
そして、このパトリック・フェレルという人物はその肩書きに見合う実力を持っていることを時透は知っている。
「大丈夫だよ。パトリックなら安心して任せられるから」
そこに、今もなお地面に突き刺した剣を介してシェルターにエネルギーを注ぎ続けている天羽がダメ押しをする。
パトリックの実力を疑っていた静であったが、ここまで言われれば折れるしかない。
しかし、懸念事項はそれだけではない。
「でも、高槻三等陸佐の増援はどうしますか? 流石に彼女一人では荷が重いと思います」
静の抱いた懸念を代弁するようにルミが口を開いた。
アキラは若くしてその地位に就いたのも頷ける強力な紋章者だ。
しかし、レート7相当の怪物を単独で相手できるかと言われれば、不可能としか言いようがない。
万に一つも勝ち目などないのだ。
「それに関しても問題はない。既に手は打った」
だが、それに対して時透は既に対処済みだと言う。
規格外の脅威を前に、人員が足りない現状で一体どのような策を打ったというのか。
「彼女は一人などではない。彼女には頼れる仲間がすぐそばにいるとも」
◇
彼女は現在、メインスタジアム観客席にて、たった一人で自分自身が豆粒に思えるような巨大な八つ首の大蛇——
(紫姫さんの察した通りだった。未来視は妨害されて使えないはずなのに、やっぱり凄い人だ)
アキラは競技脱落後、すぐに天羽に油断しないようにと伝えた。
お陰で、
それだけでない。
彼女の予測通りだったからこそ、アキラ自身も戦いに備えて準備ができた。
昨日の高専トーナメント決勝において、
常人の身体能力を動物格すら凌駕するものへと、一時的に向上させるものだ。
一般には出回っていない為、染谷は仮想空間におけるアイテムとしか思っていなかったが、それは既にパトリックの手によって発明済みの代物であった。
未だ試験段階で陸上自衛隊でも一部の者しか所持していないが、アキラは優秀であったが故にそれを貰い受けていた。
相手はこれまでにない強敵。
アキラとて、高専に潜む例の人物については上司にして養父でもある
だから、八神の言っていたことはその脅威に備えろと言うことだとアキラは解釈した。
そして、それは正解だった。
(アムブロシアがなかったら今頃死んでた)
八つの首から放たれる暴風、豪雷、火炎、毒霧、土石流、大瀑布、閃光、重力場のブレスを観客席を駆け回ってかわしながら思う。
今、これだけの時間を稼げているのもアムブロシアによる身体強化があってこそ。
普段の実力ならばもって二分程度だっただろう。
それが、今や戦闘を開始してから五分は経過している。
レート7相当の怪物を相手にこの記録は快挙と言っても過言ではあるまい。
それだけ、レート7の壁とは分厚いのだ。
そんな、余計なことを考えていたのがいけなかったのだろうか。
ブレスを回避して空中に飛び上がった所を、死角から迫っていた尻尾が貫かんとする。
「——あ」
死んだ。
そう、思った。
「ちくわ大明神!!」
馬鹿げた叫びに呼応して、一瞬八岐大蛇の動きが停止する。
その隙を突いて、尻尾はその人物の居合い斬りによって両断される。
彼は空中にいたアキラを抱き抱えて、観客席通路に着地する。
「無事でござるか? 待たせてしまってすまんでござるなアキラ殿」
己を抱き抱える人物をアキラは見上げる。
その人物こそは彼女のコミュニケーションにおける師匠。
艶のある金髪で目元が隠れた快活に笑う青年の名は
頼れる彼女の仲間だ。
——
静かなる声と共に、一筋の流星が一直線に八岐大蛇へ飛来し、大爆発を引き起こした。
否、それは流星ではない。
摩擦熱で空気が焼け焦げる程の速度で投げられた一本の槍であった。
投げ槍は八岐大蛇の身体の凡そ七割を消し飛ばして、主人の元へと自動で戻っていった。
「悪い。ちょっとばかり遅れちまった」
空中からアキラ達の元へ着地をしたのは、茶色に染めた髪をアップバングにした青年、
厳と同じ一等陸佐にして、偉人格:ヘクトールの紋章を宿した紋章武具と自身の概念格:摩擦の紋章による防衛戦を得意とする戦士だ。
「いえ、助かりました。避難誘導は完了しましたか?」
二人がいなかったのは、民間人の避難誘導を行なっていたためだ。
当初、最も地位の高い
けれど、無愛想で安心感を与えられない自身よりも、愛想の良い普羅が避難誘導をした方が迅速に避難させられると判断したからこそ、彼女はたった一人で戦っていたのだ。
だけど、それももう終わった。
避難誘導は完了し、後は
「おおむね完了でござる。後は糸魚川殿の方舟に避難させるだけでござるが、
メインスタジアムの観客収容数は十万人。
加えて、メインスタジアムの外にいる者も避難させなければいけないため、時間はそれなりにかかるのだ。
「でも、心配することはないよ。バトルドームの外には第五班の静とルミが向かった。……それにウォルターさんもいる」
ウォルター・ホーリーウッド。
第二班最後の一人であり、特務課でも上位の実力を持つ強者だ。
そんな彼がいるのなら、メインスタジアムの外はもう大丈夫だろう。
「仮想空間にしても、今第五班のマシュが制御システムに干渉して解除してる所だ」
マシュは技術開発局の人員を引き連れて、メインスタジアム地下に位置する仮想空間制御室に向かい、彼らと共にハッキングを試みていた。
システムはピエロによってジャックされてしまっているが、マシュは世界的に見てもハイレベルなハッカーだ。
解除できるのも時間の問題だろう。
「というわけで、拙者達のお仕事は時間稼ぎでござる」
「主戦力が戻ってくるまで、粘るぞ」
彼らの眼前では、ドゥリンダナによって消し飛んだ身体を完全に再生させた八岐大蛇が咆哮を挙げていた。
眼前の怪物は正真正銘、神代の時代を荒らした天災が如き怪物。
日本神話にも名高い不死性は真実だったようで、その再生力は凄まじい。
まず間違いなく、この場にいる戦力では勝ち目はないだろう。
「はい、
だからこそ、時間を稼ぐ。
仲間が、この窮地を脱する戦力を解放してくれるまで何としても耐え凌ぐのだ。
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