第68話 裁きの極光
状況を動かしたのは
タッチパネルを適当に操作して表示させた数多くの情報。
それら、空想世界の独自言語で記された情報を、ディスプレイに映された映像と照らし合わせる。
そうして得た多くの言語情報を元に、染谷は空想世界の言語をある程度解読することができた。
理解度で言えば義務教育の文法レベルでしかないが、それで十分。
意味が分かるのならば、彼らの情報を入力して位置情報を得ることができる。
染谷は早速、検索スペースに二人の情報を入力する。
観測機器はその要望に応え、彼らの位置情報をディスプレイに表示した。
ディスプレイに光点が表示される。
それによると、彼らはそれぞれアースガルド、アルビオンと呼ばれる浮遊島にいるようだ。
更に詳しい情報を得る為に、それぞれの島をクリックすると、詳細なデータが表示された。
【アースガルド】
恩恵:世界樹ユグドラシル。
通常は身体の調子が良くなる程度の恩恵であるが、世界樹由来のアイテムを所持する者には世界樹の魔力が与えられる。
現在、
【アルビオン】
恩恵:妖精、妖精の湖。
自律思考可能な
直接的な攻撃能力はないが、工作活動の手伝いは可能。
『虫の知らせ』という危険察知能力を持つ。
現在、
また、湖の妖精から加護を授けられた。
加護の内容は無尽蔵の血液。
常に血液量が一定量に保たれる。
ディスプレイには浮遊島の詳細情報だけでなく、その島で行なっているそれぞれの行動まで表示された。
(なるほど、当然だが、私以外にも恩恵は与えられていたのだな)
恩恵が与えられたのは自分だけでないことは分かっていた。
浮遊島の恩恵は探し当てたものではなく、初期配置によって与えられたものだ。
幾ら解読しなければ使えないという制約があるとはいえ、一人だけに与えるなどという不公平な真似をするわけがない。
(だが、想定以上に驚異的だな。アースガルドは無限の魔力。アルビオンは妖精と無限の血液か)
彼ら二人には戦闘力に直結する恩恵が与えられているのに対して、染谷に与えられたものは情報だけだ。
故に、彼はこの程度の情報では満足しない。
戦闘に有用な情報を得る為に、次々と情報を集めていく。
そして、彼はある情報を見つけた。
【授ける者が消失すれば、恩恵もまた消失する】
(つまり、俺のような非生物由来であろうと、彼らのような生物由来であろうと、恩恵を与えている物を破壊すれば、既に
方針が定まった染谷はタッチパネルを操作する。
空想世界全体をデジタル的に映していたディスプレイが、今度はそに全体図に重なるように二つのウィンドウを表示する。
ウィンドウにはそれぞれ、アースガルドで世界樹の支配に力を注ぐ風早と、アルビオンを自身の血で染めていく吉良が映し出される。
その映像を前に、染谷は手を
「
別に、ディスプレイが故障した訳ではない。
アルビオン。
アースガルド。
それぞれの浮遊島に差す陽の光。
その一切が途絶えただけのことだ。
「なに!? 攻撃? でも、一体誰がどうやって」
「不味いな。何が起こってんのかは分からねぇが嫌な予感しかしねぇぞ!!」
それぞれ異なる地点にて、突然現れた夜に風早と吉良、両名は取り乱す。
けれど、もう遅い。
攻撃は既に放たれた。
「
黒く塗りつぶされたウィンドウ。
次の瞬間には眩い光に包まれる。
行った事は至極単純。
それぞれの浮遊島に降り注ぐ日光を収束。
その後、収束した日光を対象へ収束——つまり、射出——しただけだ。
その威力は絶大。
日光を収束することで、辺りは暗闇に包まれ、攻撃の瞬間に生じる極光によって眼が眩む。
おまけに技の速度は
二段構えの視界封じに加え、回避不可能な速度によって一切の抵抗を封じる完全無欠の技だ。
そして、太陽光という莫大なエネルギーは天から降り注ぐ光の柱となって対象を撃ち抜く。
アースガルドを貫いた光の柱は
「風早君の方は一足早く手を打たれてしまったか」
風早の恩恵の根源である世界樹は確かに焼き焦がしたものの、それは既に役目を終えた抜け殻でしかなかった。
暗闇が訪れた時点で彼は無限の恩恵を捨てて、トネリコの槍に世界樹が持つ莫大な魔力を全て取り込んでいたのだ。
当然、急激に莫大な量の魔力を取り込んで無事なわけもなく、血反吐を吐いているようだが、戦闘に支障をきたす程度ではないようだ。
魔力の大半をトネリコの槍に保存したお陰だろう。
そうでなければ今頃彼の魔力回路は焼き切れているところだ。
けれど、アルビオンの方は問題なく撃ち抜けたようだ。
湖の妖精諸共、光の柱によって貫かれたアルビオンは浮遊する力すら失って雲海へと沈んでゆく。
そして、沈みゆくアルビオンから飛び立つ一羽の赤き竜を観測する。
【観測結果】
吉良赫司の紋章術によって創られた血液の竜。
アルビオンに仕掛けていた血瓶の全てを流用して造られたもの。
血液を流動的に動かす制御技術の応用で飛行機能を再現している。
予測攻撃能力:血液の弾丸。
観測最高速度:250km/h
予測到達時間:45秒
ディスプレイに観測結果が表示される。
どういう訳か、既に拠点はバレているようで、吉良は真っ直ぐ染谷のいる浮遊島:オリュンポスへ向かって飛翔している。
通常の術者から放たれる紋章術とは違い、足が付くような技ではない。
(だと言うのに、彼は一体どうやって私の居場所を特定した?)
その謎を解き明かすべくタッチパネルを操作するも、答えは出ない。
ただの勘によるものなのか。
はたまた、観測機器すら誤魔化す何かがあるのか。
その理由は分からないが、すべき事は明白だ。
吉良が真っ直ぐ染谷の居城であるオリュンポスを目指していることによって、アルビオン同様雲海に沈みゆくアースガルドから戦車によって天を疾走する風早もこちらへ向けて進軍を開始していた。
「そう簡単に辿り着けると思うな」
本来ならばそうそう連発できるものではない。
しかし、染谷がオリュンポスで得た恩恵はこの観測施設だけではない。
宝物庫で得た魔力回復薬。
それを服用する事で失った魔力を補充した染谷は、もう一度彼らに天罰を与える。
——黒斂
再び、彼らに夜が訪れる。
そして、一切の視覚情報が遮断された彼らに極光の裁きが降される。
——天墜
再びディスプレイは白光に飲まれて、視覚情報が閉ざされる。
遠隔射撃故に手応えは感じられない。
モニターも極光により映像を映さない。
けれど、天墜は必中と言っても過言ではない、文字通りの必殺技だ。
暗黒と極光による二重の視覚妨害を乗り越えたとしても、光速で照射される光の鉄槌を避ける事など出来るはずがない。
それこそ、最速の英雄であるアキレウスの紋章者である風早ですら速さが足りない。
故に、決着は着いた。
最終試合の勝者は染谷一輝だ。
試合を見守る誰もがそう確信した。
ただ、二人を除いて。
「見てなよ。こっからが本番だから」
「さぁ、越えてみろ。お前の前に立ちはだかるは紋章高専最大の壁だ」
彼を鍛えた師は腕を組み、
彼を見守っていた学生会長は、今度こそその道を阻み、その存在を示す壁となり立ちはだかる。
染谷は腰掛けていた椅子から立ち上がり、最後の魔力回復薬を飲み干す。
空になった瓶を放り捨て、腰に履いた刀に手を添えて構える。
次の瞬間。
観測室の壁が吹き飛ばされる。
舞い散る粉塵をその身に纏う烈風で払い、現れたのはトネリコの槍を構える最速の紋章者。
その身に傷一つ見当たらない風早は
「貴方を、越えに来ました」
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