第43話 遂にヤツが来た


 柳生寿光に完全敗北を喫した日よりはや一週間。

 先の敗北が余程心にきているのか、この一週間はいつも以上に修行に打ち込んでいた。

 とはいえ、八神がいる以上身体が壊れない範囲に留まっている。

 そうしていつものシミュレーターではなく、紋章高専敷地内のグラウンドでより先の速度域をものにする為、光弾の嵐を掻い潜り続けるという訓練をしていたところ、とある人物達が訪れた。


「やっと来れたぞぉぉぉおおおおおお!!!」

「うるさい」


 訪問者はルミと静の二人であった。

 流麗な紺碧のポニーテールに、目元に臉譜れんぷと呼ばれる魔除けの意味を持つ紅いアイラインが引かれた切れ長の瞳。

 その耳には金の耳飾りが煌めいている。

 ズボンの裾にスリットを設けて、チャイナドレス風にアレンジしたスーツに身を包む、見た目はクールビューティーに見える女性。

 そんな美辞麗句を並べられる外見に反して、実際はかなり残念な面が目立つ静は、人目も憚らず歓喜の咆哮を挙げる。


 そんな彼女と連れ立つルミは、夏も近いからかいつものカッターシャツの上から白いファー付きコートという暑苦しい格好ではない。

 ミニスカートに半袖カッターシャツ。

 インナーに着用した薄手のフードの隙間から艶やかな銀髪を覗かせる彼女は、静に苦言を呈しながら脇腹を殴りつけた。


 割と強めに殴ったのだがそこは武術の達人。

 上手く衝撃が逃されたようで全くダメージは無さそうだ。

 懲りないバカは苦言もなんのその。

 気分そのままに光弾の暴威を操る八神に飛びつく。


「うぇーい! 元気にしてぶへらッ!?」

「うるさい、暑苦しい、邪魔」

「酷い!」


 抱きつかれた所で光弾の操作を誤るほど未熟ではない。

 とはいえ、普通に暑苦しくて邪魔だったので、静を地に叩きつけて冷たく見下す。


「仕事はどうしたの?」


 今はまだ夕刻に入ったばかりの時間帯。

 残業がなかったとしてもまだ就業時間内のはずだ。


「班長が気を利かせてパトロールっていうていでここに来る時間をくれたの。ついでに書類仕事もマシュが代わってくれたから今日は彼の修行を見たらお仕事お終い」

「なるほど。静のポンコツ具合を見かねた班長のお陰か。今まで来なかったところを見るに察して余りあるけど、ルミに手伝って貰っても残業だったの?」

「だって、紫姫がこの高専に何か良くないものが潜んでるって言ったでしょ。調査自体は私たちの仕事じゃなかったけど、調査に回った人達の分の仕事がこっちに回ってきたから大変だったのよ」


 特務課は少数精鋭が故に常に人手不足だ。

 故に、こうした突発的且つ大きな問題が生じた場合、どうしても空いた人員の作業が回ってくる為、忙殺されてしまうのだ。


「だから、今回は息抜きも兼ねてるの。明日からはまた来れないだろうし」

「そっかぁ。残念。……あ、そういえば特務課課長の紋章術で調べられなかったの?」


 “特務課課長である時透ときとう真司しんじのアガリアレプトの紋章なら、機密の開示能力で何が潜んでいるのか突き止められるのではないか?” と八神は考えた。

 それに対してルミは静かに首を振って否定する。


「やってみたけどジャミングが掛かってるみたいで調べられなかったみたい。相手は相当の術師と見て間違いないと思う」


 時透の紋章術は強力無比なものだ。

 生半可な実力ではジャミングなど到底敵わない。

 それこそ、アトランティスや世界そのものといったとてつもない規模のものぐらいだ。

 

 つまり、彼がジャミングできない。

 ということは高専に潜むよからぬ者の実力は個人でアトランティスや世界の神秘に匹敵する規模の怪物だということだ。

 ルシファーが言っていた“自身に匹敵し得る”という当たってほしくない予想が見事的中してしまった形になる。


「はいはい! 今はそんなこと良いじゃん! そういう難しいことは班長達が考えてくれるから私達は折角の貴重な時間を有意義に使おう!」


 未だに嵐のような光の弾幕を掠りもせず避け続ける将来有望そうな少年を見て、目を輝かせながら言う。

 “お前才能ありそうな風早くんと戦ってみたいだけだろう”と内心呆れてジトッとした視線を向ける八神。

 けれど、確かに彼女の言う通り高専に潜む何者かについては班長達に任せて、自分たちは自分たちの役目を最大限に果たした方が建設的かと思考を切り替える。


「そうだね。じゃぁ一旦終わりにしようか」


 そう言って八神が光弾の嵐に手を向けてギュッと握り締める。

 すると、風早に襲いかかっていた無数の光弾その全てが同時に起爆した。

 

 凄まじい轟音を響かせた爆心地を見て、ルミと静の二人は目を見開いて驚愕する。


『何してんの!?』


 声を揃えて総ツッコミを受けた八神は“大丈夫、大丈夫”と何でもないかのように手を振って答える。


「風早くんはこの程度もう当たらないから」

「ちょっと掠りましたけどね!! 心臓に悪いですよもう!!」


 爆心地から少し離れた地点から声がする。

 そちらを見てみると、若干焦げてしまった風早がいた。


「あはは、ごめんごめん。まぁ実践ならこういうこともままあるから慣れなさい」

「いや、スパルタ過ぎない?」


 “鬼かこいつ?”と八神の教育方針に内心でやや引くルミ。

 静もスパルタの部類ではあるが、シュミレーター内の安全が確保された環境でもないのにいきなり爆破はやり過ぎでは? と顔が引き攣る。


「問題ないよ。“超克”は使ってないから彼の紋章の加護で威力が千分の一以下に減衰するし」


 “そんなことより”と八神は先の爆破事件をサラッと流して風早に二人を紹介する。


「こっちのクール系美人が蕭静シャオ・ジン。こう見えて脳筋のポンコツだから戦闘面では頼りになるけど、知能面では期待しないで」


 “何気に酷い紹介だな”とルミは思う。

 当の本人は“まぁ、あながち間違いではないな”と訂正せず“よろしく”と返した。


「それで、こっちの妖精みたいな子がルミ・ラウタヴァーラ。ロリだけど22歳の大人らしいよ」

「らしいじゃなくてそうなの! よろしく、風早くん」

「は、はい! お会いできて光栄です! お二人ともよろしくお願いします!」


 憧れの特務課メンバー。

 それも静とルミは七夜覇闘祭で見かけてその戦う姿に憧れを抱くと同時、遠過ぎるその背中に挫折を味わされた二人だ。

 そんな彼女達に会えて感極まった風早は二人に握手してもらった手を見て嬉しそうにしてる。


「それで、どうする? 模擬戦でもする? それか八極拳でも教えようか?」


 修行内容はどうするのか尋ねる静に、八神は兼ねてより考えていた修行内容を話す。


「元々今日は模擬戦をしようと思ってたから、その相手をルミと静の二人にお願いするよ」

「ハンデはどうするの?」

「ルミは援護射撃のみで静はとくになしで」

「でも彼って“超克”がまだできないんでしょ? 紋章術も禁止にした方がいいんじゃないの?」


 静は自然格:大空の紋章者だ。

 故に“超克”を用いない攻撃ではあらゆる攻撃が通じない。

 また、火には水といったような弱点も、大空故に存在しない。

 なので、対抗策など“超克”以外に存在しないのだ。


 それでは修行にもならないので、“紋章術を封じた方が良いのでは”と提案したのだ。

 紋章術事態は特務課第四班班長のパトリックが、デリットのAMFアンチ・マジック・フィールドを応用した腕輪で封じることができる。

 なので、それを使用しようかと考えたのだが、


「いや、紋章術は封じなくても大丈夫。今回は私が風早くんに憑依して戦うから」

「憑依?」


 そういうと八神は静かに話を聞いていた風早に近づいて手を取り、爪先で少しだけ指を斬りつける。


「ッ!——って何してるんですか!?」


 斬りつけた指先から滲んだ血を舐めとると、八神は玉座を顕現させてそこに座り、説明を始める。


「私は紋章が覚醒してから全能に近い力を手に入れた。これもそのうちの一つで、血を取り込んだ者の身体に憑依できるっていうもの。これで風早くんに憑依して“超克”の使い方、超速領域下における戦闘経験を実感させる」

「なるほど。でも、それって危険性はないの?」


 “一つの身体に二つの魂が同居しても問題ないのか”、そう疑問に思ったルミは問い掛ける。

 デリット強襲作戦の資料で見た、エンドレスという生物兵器。

 かの怪物は、二つの魂を一つの身体に同居させることで、二種類の紋章を行使する二重紋章者であった。

 しかし、その強力な力の代償として、エンドレスは精神に異常をきたし、言語機能にも異常が見られた。

 彼のように、風早にも言語機能や精神状態に異常が現れるのではないかと懸念したのだ。


「その点は問題ないよ。ルミが懸念してる通り、エンドレスみたいに魂が混在すればその魂の強度にもよるけど、脆弱ならば心身に異常が出る。だけど、憑依は魂の混在ではなく、余剰領域に魂の欠片を潜ませて操作するといった感じだから短時間なら危険性は皆無だよ。長時間やると憑依側の魂が憑依先の魂に影響されちゃうけどね」


 二つの魂が一つの肉体に同居すれば、肉体そのものを改造しない限り心身に異常が生じる。

 だが、肉体には余剰領域と呼べるものがある。

 そのため、小さく分割した魂を短時間潜ませる程度ならば心身への負担はなく、双方に害はないのだ。


「だから安心して身を任せて欲しい。そうすれば君がこれから辿る可能性の一つを見せてあげるよ」

「はい! よろしくお願いします!」


 風早に不安や恐怖といった感情は一切なかった。

 八神との関わりはまだ三週間程度と短いものではあるが、その時間は濃密なものだ。

 彼女は少しスパルタなところはあるが、自身のことを大切に想ってくれている優しい女性であることを知っている。

 だから彼に八神を疑う気持ちなどあるはずがない。


 玉座に腰掛けたまま、風早と視線を交わす。

 覚悟を決めたその瞳を見て、準備はできていると察した彼女は、術を発動して風早に憑依する。


 八神は意識を失い、身体が弛緩して玉座にもたれかかる。

 同時に風早の身体が一瞬ビクッと震えたかと思うと、掌を見ながら握っては開いてを繰り返して身体の調子を確かめる。


「あ、あー。へぇ、普段と違う声が出て新鮮だね。うん、身体は問題なく動かせそうだ」

(わぁ、凄い。身体は動かせないけど意識はそのままなんですね)

「身体の支配権を簒奪してるけど、魂は支配せず同居してるだけだからね。この方が修行にもいいでしょ」

(はい! これなら身体で感じるだけじゃなくて見て学べそうです!)

「へぇ、中で風早くんと会話できるんだ」


 側から見れば風早が独り言を言ってるようにしか見えないが、その内情を知る二人は中で風早と喋っているのだと察する。


「さ、時間もないし早速始めようか」

「OK!」

「私も久しぶりだし、張り切っていこうかな」


 そうして、風早in八神vs静&ルミという二対一の模擬戦が幕を開けた。

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