第590話「食事に注意を」
〈花猿の大島〉は、沿岸部の砂浜を除くと陸地のほぼ全てが深い密林になっている。
大柄な機械獣であるしもふりは細い木々を薙ぎ倒して歩いているが、長柄の武器を使うレティたちは戦いにも一手間講じる必要があるだろう。
「え、密林での戦い方ですか? レティの場合は星球鎚をモーニングスターのように使えるので、あんまり気になりませんね」
好奇心のまま長柄武器の扱い方を尋ねてみると、なんとも参考にならなさそうな答えが返ってきた。
たしかに、彼女のもつ星球鎚は手元のボタンを操作することで長い柄がいくつかに分割される。
多節棍や蛇腹剣のように扱えるわけだが、それを彼女はわざと木の枝に引っかけるようにして、相手の意表を付いた打撃を繰り出すようだ。
「ちなみにトーカはどうやってるんだ?」
「このあたりの木々は細いですし、構わずまとめて斬ってますね」
何も難しいことはないとでも言うように、トーカは真顔で答える。
たしかにこのあたりの木々なら幹も細くて比較的柔らかいかも知れないが、それでも戦闘中に敵諸共切り捨てられるほどではないはずだ。
「戦闘職って凄いんだな……」
「世の前衛がみんなそうだと思ったら大間違いだからね」
驚嘆する俺に、隣に伏せていたラクトが釘を刺す。
ちなみに彼女はアーツの弾道を一つ一つ個別に管理して、手動操作で木々を避けて当てると言う。
DAFシステムを使っている俺が言うのもなんだが、彼女も大概だろう。
「ともかく、このフィールドでもレティたちが問題なく戦えるなら心強いさ」
「任せて下さい。レッジさんの事は完璧に守り通してみせますよ」
耳をピンと天に向けて、レティは宣言する。
頼もしいことこの上ないが、俺も一応槍は持ってきているのだ。
「俺も少しは戦ってみたいんだけどな。一応、植物戎衣も一通り持ってきてるし」
機体を直接いじる“針蜘蛛”は、ネヴァがいないため今回は使えない。
代わりに罠やら種瓶やら植物戎衣やらを揃えてきていた。
レティたちと比べれば戦闘力は遙かに劣るが、それでもどれだけ通用するかは見ておきたい。
【新規開拓地前哨調査】の特性上、様々な武器、道具を用いた色々な戦闘を行うこと自体も報酬の量に影響してくるしな。
「っと、何か来たぞ」
そんな話をしていると、密林の中で僅かに開けた空間に大きな獣が現れた。
黄土色の毛並みに黒い縞模様をつけた、虎に似た原生生物だ。
太い足からは鋭利な爪が伸び、口からも長い牙が飛び出している。
「“
隣で伏せるレティが素早く鑑定を行う。
しかし、俺たちは動かずじっと息を潜め、鉤爪虎の方を注視する。
虎の足下には美味しそうな骨付き肉が落ちており、彼はそれが気になっているらしい。
鼻先を近づけ、注意深く匂いを嗅ぐ。
「美味しいぞ。食べろ、食べろ……」
草の葉の隙間からそれを覗き、小さく声を漏らす。
そんな俺の願いが届き、鉤爪虎は大きく口を開けて生肉に噛み付いた。
前脚を器用に使って骨を抑え、牙で肉をそぎ落としながら咀嚼する。
そうして、丸々一つの生肉を食べ終えた時のことだった。
「きた!」
突如、鉤爪虎が苦しみだす。
身を捩り、バタバタと尻尾で地面を叩く。
爪で地面を掻き、呻き声をあげながら藻掻くが、やがて細かく痙攣しながら倒れた。
「よっしゃ! ちゃんと麻痺毒も通用するな」
しっかりと毒が回っているのを確認して、俺は茂みに潜ませていた迷彩テントの下から飛び出す。
震える鉤爪虎が食べていた生肉は、俺が農園で栽培した植物から抽出した強力な麻痺毒を馴染ませている。
味や匂いに変化がないように色々と試行錯誤をしていたが、それが功を奏してくれたようだ。
「ありがとうよ。せめて、苦しまずに送ってやろう」
ブルブルと震えながら倒れる鉤爪虎の首元に、三叉矛の切っ先を向ける。
この位置からならば、必ずクリティカルポイントを貫ける。
俺でもさほど時間を掛けずに倒しきれるだろう。
「『御魂突き』」
クリティカルヒットを示す赤黒いエフェクト。
虎のHPが大きく削れるが、まだ倒せない。
俺は何度か技を繰り返し、痺れる鉤爪虎の命を狩り獲った。
毒を仕込んだ生肉を罠として仕掛け、カモフラージュを施したテントの中に潜んで獲物が掛かるのを待つ。
今回俺が行ったのは、そんな狩りだった。
「どうだ。鮮やかな狩りだろう」
意気揚々と振り返り、テントの下に隠れていたレティたちを呼び寄せる。
〈罠〉スキルと〈栽培〉スキルを活用した、俺なりの戦い方だ。
消費するコストもかなり少ないし、何より一方的にトドメをさせるから安全だ。
これなら俺でも余裕を持って戦闘ができる。
「まあ、鮮やかではありましたけど……」
しかし、胸を張る俺とは対称的にレティたちは困り顔で顔を見合わせる。
何か問題があっただろうかと不安になっていると、彼女は思い切った様子で口を開く。
「流石に時間が掛かりすぎですね。15分もあればレティだけでも鉤爪虎を30匹は倒せてますし」
「〈罠〉スキルの性格上仕方ないんですけど、受動的な狩りは根気が必要ですね」
「ぐぅ……」
普段、自ら武器を構えて敵を探して襲いかかっていくアクティブな彼女たちには、俺の待ちの戦法はあまり評判が良くないようだ。
残念だがこればかりは普段のプレイスタイルから来る違いだし、仕方がないか。
「しかし、罠だって突き詰めれば効率はいいはずなんだぞ」
「ええ~? ほんとですか?」
俺が反論すると、レティは懐疑的な目を向けてくる。
今の10分以上延々と狭いテントの中で身を寄せる待ち時間で、あまり信じていないらしい。
「もちろん。色々環境を整える必要はあるけどな。レティたちの全力の狩りよりも良い結果だってだしてみせるさ」
俺も俺で少しムキになっていた。
もしくは、久しぶりに本格的な戦闘をして気分が高揚していたのかもしれない。
レティに向かってそう豪語すると、彼女はほほうと笑みを浮かべた。
「なるほど。言ってくれますねぇ。それじゃあ、勝負しますか」
「良いだろう。俺とレティで、制限時間内にどっちがより多く獲物をゲットできるか。確かめようじゃないか」
売り言葉に買い言葉とはこういうことを言うのだろうか。
気がつけば、俺とレティは互いに成果を争うことになっていた。
「それじゃあレティ側には、トーカ、エイミー、ラクトの3人。俺の方にはミカゲ、シフォン。あとカミルとT-1と白月だ」
「いいんですか? 人数的にも不利ですけど」
「人数に依らない狩りができるのも、〈罠〉スキルの利点だからな」
素早くその場で班分けをし、俺たちは二手に分かれることになる。
意気軒昂に密林の奥へと消えていくレティたちを見送って、俺はその場に残ったミカゲとシフォンに向き直った。
「いいの。あんなに啖呵切っちゃって。レティ、絶対本気出して来ちゃうよ?」
「臨むところだ。手を抜かれる方が嫌だからな」
呆れた様子で案じるシフォンに、俺は胸を叩いて応える。
俺も無策で勝負を吹っ掛けたわけではない。
「……僕らは、何をすればいい?」
「基本的には、罠に掛かった獲物にトドメを刺すのを手伝ってくれ。俺だと攻撃力が低いからな」
早速忍刀を構えるミカゲに、こちらのチームの引き込んだ理由を伝える。
罠に掛けた原生生物は、大体の場合その段階ではまだ死んでいない。
トドメを刺す時には的確に急所を抜いてクリティカルヒットを決めるのが一番良く、ミカゲとシフォンは高い精度でそれを決めてくれると期待していた。
「あとは、ミカゲもシフォンも周囲に痕跡を残しづらいだろう。それも罠での狩りでは重要だからな」
レティの連れているしもふりのように周囲の木々を薙ぎ倒して歩いたり、トーカのように木々諸共敵を斬ると、フィールドに痕跡が残る。
そうなると原生生物の警戒度が上昇し、罠に掛かりにくくなってしまう。
ミカゲはもちろん、シフォンも小回りの利く戦い方ということで周囲に痕跡をあまり残さないため、罠狩りとの相性は良いはずだ。
「そんなわけで、まずは罠を仕掛けるところからだ。荷物持つの手伝ってくれ」
「はーい」
しもふりから降ろされた罠たちを、シフォンたちに持ってもらう。
カミルたちもいるのを確認して、俺は密林の中を歩き始めた。
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Tips
◇麻痺毒生肉
麻痺毒を染みこませた生肉。匂いや味の変化を抑えるため、様々な処理が施されている。フィールド上に仕掛けることで、肉食原生生物を誘き寄せ、食べた対象を麻痺させることができる。
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