第587話「海底の端末」
簡易的とは言え〈花猿の大島〉に拠点が完成した。
今後、しばらくはこのテント村を足がかりに、新天地の探索を進めていくこととなる。
「森の方の調査はもう始まってるのか?」
「はい。初上陸時にレティさんたちが討伐した原生生物の情報を元に班を組み、出動させています。
気軽に現状について尋ねてみると、予想していたよりも遙かに詳細な返答が返ってきた。
さすがは騎士団副団長と言うべきか、取り仕切っている作戦については隅々まで把握している。
「騎士団以外のプレイヤーも積極的にフィールド探索を行っていますし、恐らくこの島自体がさほど大きなものではないと思われますので、詳細な地図も数日以内に完成するでしょう」
「そりゃいい。地図があるだけで色々とやりやすくなる」
通信監視衛星群ツクヨミによる観測によって、表面的で大雑把な地形データは獲得できるが、より詳細な情報を得ようとするなら地道に歩くしかない。
それを専門とする
「海中の方も、潜水士が中心となって調査を進めています。シード02-ワダツミもすでに発見されてはいるのですが……」
歯切れ悪く言い淀むアイに、首を傾げる。
シード02-ワダツミは、〈花猿の大島〉に安定した土地がないという理由で海に落とされた。
T-1たちの計算によれば問題はないと結論が出ていたはずだが、何かマズいことでも起きたのだろうか。
「一度見てもらった方が早いですね。潜水装備を着て、海に潜りましょう」
「分かった。準備しよう」
よく分からないが、何か問題が起きているのは確からしい。
俺は洋館の食堂で腹ごしらえしていたレティたちを呼び、潜水装備を着込んで砂浜に向かう。
「では行きましょうか」
シュノーケルとゴーグル、強化ゴム製ドライスーツ、フィンを揃えたアイと、以前も世話になった騎士団の潜水士4人が待っていた。
俺たちが用意していた潜水装備も、アイと似たようなものだ。
これだけ揃えれば〈水泳〉スキルなしでもそれなりに海水浴が楽しめる。
「任せて下さい。どんなサメが出てきても、レッジさんはしっかり守りますので!」
「こんな浅瀬にサメは出ないと思うけどな……」
張り切るレティたちと共に、早速波を立てながら入水する。
島の周囲は砂が堆積し、なだらかな傾斜のついた地形になっている。
下が柔らかいおかげで、“水鏡”で強引に乗り上げることができたわけだが、確かにこれでは大規模な建物は立てられないだろう。
『こちらです』
TELを介してアイが俺たちを案内してくれる。
海の中の透明度は高く、かなり先まで見通せる。
沖に向かうにつれて水深も増し、やがてゴツゴツとした岩も目立つようになってきた。
海藻類も密集しており、小型の魚も多く泳いでいる。
〈花猿の大島〉は陸上も水中も、自然豊かな土地柄らしい。
『あれを見てください』
前を泳いでいたアイが身体を起こす。
ゆらゆらと水の中で揺れる海藻を掻き分けた奥に、それは落ちていた。
「あれは……」
そこにあったものを見て、思わず口を開いてしまう。
白く滑らかな金属筐体。
大型の自動販売機くらいのサイズだ。
惑星イザナミの静止軌道上に停泊する開拓司令船から投下されたシードは、目標地点に到達すると内部機構を展開させる。
そうして現れるのが、都市の起点となる制御端末なのだが――。
『埋まってますねぇ』
『逆さまだね』
シード02-ワダツミの始まりとなるべき制御端末は、海底の砂に体の半分ほどが埋まった状態でしかも逆さまに立っていた。
「これって、使えるのか?」
『無理ですね。ディスプレイ部分が完全に埋まっています』
俺の問いに対して、アイは簡素な返答を素早く投げてくる。
彼女たちも一通り試してはいるのだろう。
『つまりこれ、シード02-ワダツミの建造が……』
エイミーがまさかと言う顔をして呟く。
アイは暗い面持ちで頷いた。
『一切、できません。資源の納品どころか、建造計画任務の受注ができないので』
きっぱりと断言され、俺たちは暗澹とした空気に包まれる。
いやまあ、今いるのは空気のない水中だが。
『ということは、まずこの鉄塊をなんとか持ち上げてあげなきゃ、お話にならないってこと?』
『そういうことです。ただ、それもなかなか難しくて』
シフォンの言葉を受けて、アイは潜水士4人に指示を出す。
水中行動に慣れた彼らは素早く筐体に取り付き、精一杯力を込めて持ち上げようとする。
しばらく砂が舞い、視界が悪くなる。
しかしそれが落ち着いた後で見てみれば、変わらず上下逆さまで埋まる白い筐体があった。
『筐体自体が非常に重量があるのか、うんともすんとも』
潜水士たちは水中で汗を拭うようなジェスチャーをしているが、筐体は微動だにしていない。
俺たちにもその絶望感が理解できた頃、突然レティが前に出る。
『なるほど。ならばレティの出番ですね』
「れ、レティ? 何を――」
『レティさん!? 無駄ですよ!』
俺とアイの制止を振り切って、彼女は自慢の巨鎚を掲げる。
そのまま勢いをつけて水中を進み、筐体に向かって打撃を叩き込む。
『ふぎゃああああっ!?』
直後響くレティの悲鳴。
一ミリも動かず揺れもしない筐体の前で、彼女は全身をビリビリと震わせていた。
『シードの制御端末は非破壊属性付きです。攻撃はおろか、採掘や伐採といった特殊行動でも傷一つつきません』
『そ、それを早く……。いえ、レティが早計でしたね』
ぺちゃりとウサ耳を垂らして、レティはすごすごと戻ってくる。
腕力極振りの彼女がこの有様なのだから、殴ってどうこうしようとは考えない方がいいだろう。
「となると……」
制御端末自体を動かして、どうにかしようするのは難しいことがよく分かった。
となれば、俺にできるのはただ一つだ。
「よし、掘るか」
俺はスコップを取り出し、筐体の足下にある砂地に突き刺す。
使うのは基本的な〈野営〉スキルのテクニックだ。
「『地形整備』」
本来は不整地を均して、テントを建てる準備を行うための技だが、フィールドの環境を直接いじることのできる特殊な性格を持っている。
幸い、制御端末の埋まっているのは柔らかい砂地だ。
これならサクサクと砂も取り除けるだろう。
と、思っていたのだが。
「うわぁ……」
『まさかの二段構えですか』
スコップで取り除いた砂の下にあったのは、歪な巨岩。
白い制御端末の細い先端部分が、二つの岩の間にがっちりと挟まっている。
『そういうことです。砂を取り除いても、結局岩に挟まっていて。ついでにこの岩も採掘では破壊できませんでした』
「なるほどなぁ」
騎士団が困るのも分かる厄介さだ。
空の向こうから種を投げて、こんな場所に引っかかるなんて、一周回って奇跡のようだ。
『ちなみに、砂は時間経過で戻りますので』
「だよなぁ。厄介にも程があるだろ」
スコップを止めた途端、再び筐体は砂に隠れ始める。
再び足だけ飛び出して、上半身が砂に埋まった制御端末を見て、目を覆う。
これは早速、困難に直面してしまったようだ。
白い制御端末を囲み、どんよりと重い空気の中、俺たちは対処法を考える。
しかし、向こうはシステム的に守られた最強の物体だ。
表面もつるつるしていて、取っかかりも見つからない。
「破壊不可、破壊不可か……」
どうしたものかと頭を悩ませる。
その時、ふと妙案が頭に浮かんだ。
「よし、俺たちにどうにもならないことは、上に投げよう」
『はい?』
アイが首を傾げてこちらを見るなか、俺はひとまず海面に向かって浮上した。
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Tips
◇シード展開制御端末
シード投下後に展開される、都市建造の中核を担う装置。超硬度金属によって非常に堅牢に作られており、通常の手段では破壊ができず、また重量も見掛け以上に重たい。
都市建造プランをはじめ、非常に多くのデータが内蔵されており、その中には中枢演算装置〈クサナギ〉の中核プログラムも格納されている。
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