第472話「暑さを忘れて」

 レティと一緒に溶岩ウナギを釣り上げたところから突発的に始まった、溶岩湖釣り大会。

 トーカだけでなく、ケット・Cやメル、アストラたちまで参加した結果、釣果は十分すぎるほど大量のものになった。


「そろそろ最初のを解体しないと。品質も悪くなっちまうぞ」

「ぐぬぬ。それを言われてしまっては仕方ないですね」


 まだ物足りない様子のレティに竿を預け、今度こそ身削ぎのナイフを装備する。

 結局、一番大きなウナギを釣ったのはアストラだろうか。

 彼は満足そうな顔をして、コンテナに腰掛けてスポーツドリンクを飲んでいた。


「さて、ここからが俺の仕事だな」


 ウナギ釣りに協力してくれたレティたちには、“鉄百足”の周りで休んで貰う。

 その間に俺はウナギを解体していく。

 冷えたウナギは一応触れるくらいにはなっていて、その代わり溶岩が固く身を包んでいた。


「ほっ」


 ナイフの柄を使って、脆いところから叩き壊していく。

 レティのハンマーでもできないことが、小さなナイフのグリップでできるのだから少し不思議だが、これもシステム様の思し召しだ。

 『解体』を使えば、ウナギの魚体をパーツごとに分割する赤い線が現れる。

 それを見てみても、深層洞窟上層の原生生物とは複雑さが雲泥の差だ。

 こういうところでも原生生物のレベルの違いが現れている。


「とはいえ、解体できないほどじゃないな」


 白く輝くナイフの刀身を、ウナギに深く差し込む。

 そのまま全体重を掛けて引き寄せれば、ゴリゴリと音を立てて固い外殻が裂けていく。

 皆のおかげで沢山釣れているし、最初の数匹は練習と割り切ってテンポ良く捌いていくことにする。


「『鑑定』――“溶岩竜の堅鱗”、“溶岩竜の生皮”、“溶岩竜の白肉”。品質はそこそこでも、数はそれなりに取れるな」


 手に入れたアイテムを鑑定した結果、このウナギの名前が分かる。

 溶岩竜ラーヴェイクとは、ビジュアルに似合わず厳めしい。

 分類的には霧森のヴァーリテイン族と近しいようで、体の構造も割合似ている。

 そのため、コツを掴めばすぐにサクサクとスムーズに捌けるようになった。


「レッジ、調子はどう?」

「図体が図体だから、結構沢山取れるな。しもふりの防具にできそうなのもあるから、一通り渡して良いか?」


 様子を見に来たネヴァに手に入れたアイテムを渡す。

 それを受け取った彼女も満足そうに頷いて、口元を緩めた。


「とりあえず、これで試作品を作ってみるわ。できるだけ品質向上に務めてくれると嬉しいわね」

「当然。任せとけ」


 白肉はともかく、堅鱗と生皮はネヴァのお眼鏡に適ったらしい。

 それらを持って、彼女は“鉄百足”の近くに簡易作業場を展開し、早速作業に入る。


『暇だし、手伝って上げても良いわよ』


 作業に没頭していると、声が掛けられる。

 頭を上げれば、腕を組んだカミルがコンテナの上からこちらを見下ろしていた。

 釣り大会の最中はその写真を撮り、さっきまでも溶岩湖の風景を記録していたようだが、それも一段落ついたらしい。


「休んでても良いんだぞ?」

『暇だって言ったでしょ』


 どうやら、彼女は少しワーカホリックなところがあるらしい。

 手を動かしていないと落ち着かない様子だ。

 それならどうしようかとしばらく考え、一つ思い至る。


「ネヴァ、簡易調理台ポータブルキッチンは持ってないか?」

「突然どうしたの? 私は〈料理〉スキルは持ってないんだけど……」


 ダメ元でネヴァの元へ向かうと、皮を叩いていた彼女は眉を寄せ――ニッと笑った。


「こんなこともあろうかと用意してたわよ。コンテナに入ってるから、自由に使ってちょうだい」

「流石ネヴァ! 助かるよ」


 頼れる友人に感謝を伝え、“鉄百足”のコンテナから簡易調理台ポータブルキッチンを取り出す。

 それを抱えてカミルの元に戻り、そこに展開した。


「鱗と皮はネヴァに渡すんだが、白肉は余るんだ。せっかくだから、これを使って料理してくれないか?」

『いいけど、何を作るのよ?』


 簡易調理台ポータブルキッチンの隣に、簡易保管庫ポータブルストレージも置き、そこに“溶岩竜の白肉”を流し込んでいく。

 どんどん貯まっていくそれを見ながら、カミルは首を傾げた。


「そりゃあ、ウナギと言ったらアレだよ」

『あれ?』


 更に俺は、コンテナに用意していた米と各種調味料を取り出して、保管庫に投げ込む。

 ちゃんと山椒も用意していた過去の自分を褒めたいくらいだ。


「これででっかい蒲焼き作ってくれ」


 全ての材料を揃えた上で、カミルに依頼する。

 彼女はそれを聞いて漸く理解したようで、ずらりと並ぶ溶岩ウナギと小さなキッチンを交互に見る。


『……できるの?』

「サイズはあんまり関係ないだろ。いけるいける」


 システム的に言えば、小さいキッチンで一度に1,000人前のカツ丼だって作れるのだ。

 どれだけデカい肉でも、焼く時は一緒だろう。

 NPCのカミルはそのあたり少し感覚が違うのか、訝しげな目を向けられる。


「それにほら、ずっと暑い中で立ち往生してるからな。暑気払いとしてみんなに振る舞ってやりたいじゃないか」

『そういう暑さとはまた別な気がするけど……。まあ、いいわ。やってあげるわ』

「助かるよ」


 カミルはメイド服を戦闘用から料理用のフリルエプロンのついたものに着替えて気合いを入れる。

 いくつかメイド服を買い与えたおかげで、彼女は状況に応じてそれらを使い分けるようになっていた。

 早速キッチンに火を入れる彼女を尻目に、俺も再び果てしない解体作業へと戻るのだった。



「うー、暑いですね」

「暑いって言うか、熱いだよね。まあ、こんな至近距離に溶岩湖があったら当然だけど」


 レッジとのウナギ釣りを存分に楽しんだレティが、長い耳を折って口をへの字に曲げる。

 彼女の隣では、同じく溶けかかっているラクトたちが並んでいた。

 釣り大会を終え、やることの無くなった彼女たちは、“鉄百足”のコンテナに腰掛けて、ぐつぐつと煮えたぎる溶岩湖を眺めている。

 幸か不幸か、この周囲にはウナギ以外の原生生物はおらず、ウナギも釣り糸を垂らさなければ姿すら見せない。

 無防備に立ち止まっている“鉄百足”を守る必要も無く、彼女たち戦闘職は閉店休業状態にあった。


「ラクトの氷で冷やして下さいよぉ」

「無理だよ。何回も言ってるでしょ」


 退屈になれば、環境を嫌でも意識する。

 うだるような暑さは、冷却バフを受けていても耐えがたく、彼女たちは半分止まった思考で他愛もない言葉を交わしていた。


「366! 367! 368!」

「トーカはさっきから何してるんですか。見てるだけで暑いんですが」


 元気よく数字を重ねていくトーカを見て、レティが憮然とした顔になる。

 トーカは袴の上の着物をはだけ、さらしを胸に巻いただけの姿に姿になって大太刀を振っていた。

 ほんのりと赤く火照った肌には玉のような汗が浮かび、黒髪はしっとりと額に張り付いている。


「暑すぎて、座ってると溶けてしまうので。素振りしてるんですよ。多少ですが、〈剣術〉スキルにも経験値が入りますし、何より心頭滅却すれば火もまた熱しですよ!」

「滅却できてないじゃないですか。ていうか貴女、〈剣術〉スキルカンストしてますよね」


 一軒元気そうに見えるトーカもまた、暑さで思考が鈍っているらしい。

 再び勢いよく太刀を振り下ろし始める友人を見て、レティは哀れに思った。


「『燃え盛る炎槍バーストファイアランス』ッ!」

「どぅわっ!?」


 突如、熱気を裂いて炎の槍が現れる。

 それは溶岩湖の湖面すれすれを飛び、遠く地下洞窟の壁に当たる。

 突然のアーツにレティが驚いて振り返れば、〈七人の賢者セブンス・セージ〉のメルが満足げに仁王立ちしていた。


「突然なにするんですか! ていうか、ただでさえ暑いのに火なんて出さないで下さいよ」


 レティが耳を立てて憤るも、メルは涼しい顔だ。

 いや、実際には頬を汗が伝っており、暑いものは暑いようだが。


「熱気に熱気をぶつければ、暑さが相殺されるんだよ」

「何を馬鹿なことを……」


 うわごとのように呟くメルに、レティが呆れる。

 よくよく見てみれば、メルやその周囲に並ぶ〈七人の賢者セブンス・セージ〉の面々は、目の焦点が合っていなかった。


「あ、あれっ?」


 何かがおかしい、とレティは周囲を見渡す。

 隣のコンテナの上ではケット・Cたちがうつ伏せになり、両手足を投げ出して寝転んでいる。


「ケットさん!?」

「うにゃああ。毛玉族にこの暑さは殺猫的なのにゃぁ」


 ヒゲを曲げ、耳を伏せたままケット・Cが呻く。

 レティは改めて自身に冷却バフが掛かっていることを確認する。


「これは……冷却バフだけでは防げない何かが……」


 はっとして、彼女はアストラを探す。

 ケット・Cやメルがおかしくなっているのなら、彼もまたおかしくなっていても不思議ではない。


「アストラさ――」

「何ですか?」

「うわわっ」


 名前を呼んだ瞬間、背後から声が返ってきて、レティは跳び上がる。

 そこには、平然とした様子のアストラとアイが立っていた。


「あれ、お二人は平気そうですね?」


 レティがメルたちの異変を伝えると、アストラはなるほどと頷く。

 彼は何か知っているようで、インベントリからボトルを取り出した。


「熱中症でしょうね。これを飲ませてやれば、落ち着くはずです」

「機械人形でも熱中症になるんですか……」

「厳密には原理が違うと思いますが、似たようなものです。レティさんもたぶん、感覚が鈍っていると思いますよ」


 とりあえず飲んで下さい、とアストラがレティにボトルを渡す。

 彼女が半信半疑でそれを飲むと、清涼感が体を駆け抜けた。

 全身を包んでいた熱気が払われ、鈍っていることにも気付かなかった思考が冴え渡る。

 その段階になって初めて、レティは近くに流れる食欲をそそる香りに気がついた。


「くんくん。この良い匂いは……」

「レッジさんのところですよ。そのスポドリを差し入れに持っていったんですが、逆に貰ってしまって。レティさんたちを呼びに行こうとしていたところなんですよ」


 ニコニコと笑みを浮かべて、アストラが手に持っていた四角いお重をレティに見せる。

 蓋を開けたそこには、香ばしいタレと共にふんわりと焼き上げられた、大きくて肉厚な蒲焼きが乗っている。

 下には白米が詰め込まれているだろうに、それすら見えないほどぎっちりと、ウナギが占領している。


「“暑気払い”というバフが付くみたいです。倒れてる皆さんも呼んで、ウナギを食べましょう」


 自身もお重を抱え、嬉しそうに言葉を踊らせるアイ。

 彼女に言われて、レティはすっかり元気を取り戻した。

 彼女は耳をピンと立て、ピョンピョンと跳ねるように煙の下へと飛んでいく。


「レッジさん! レティにもうな重くださいっ!」


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Tips

◇特大うな重

 巨大なウナギを使った巨大なうな重。ぴかぴかに炊かれた白米を覆い隠す肉厚な蒲焼きは、秘伝のタレが香ばしい。ちょこんと乗った山椒はピリリと辛い。熱々をそのまま掻き込めば、茹だるような暑さも忘れて元気が漲る。

 食後、長時間“暑気払い”が付与される。


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