第469話「灼熱の弊害」
グツグツと沸き立つ溶岩が広がる湖を縦断する、頼りない細道を“鉄百足”が駆けていく。
むせ返るどころか焼けるような熱気をもろに浴びて、俺たちは例外なく“酷暑”の状態異常を押しつけられた。
「『継続する機体冷却』――。これでしばらくは大丈夫だと思います」
「ありがとう。助かった」
状態異常を打ち消す支援アーツを付与してもらい、茹だるような暑さが一気に遠のく。
アーツを施してくれた〈
「しかし、見てるだけでも息が詰まる暑さだな」
「ほんとね。私、暑いのは苦手なんだけど」
赤々とした溶岩流を眺めて、ネヴァが深いため息をつく。
彼女は愛用のツナギの胸元を大きく開き、パタパタと扇いでいた。
「寒いところの動物がでっかくなるのって、何の法則だったか」
「ベルクマンね。タイプ-ゴーレムはそういうのじゃないと思うけど」
コンテナの縁に座り込んで、のんびりと会話に花を咲かせる。
周囲を見れば、メルたちもバフを掛けて回っているエプロン以外の六人は仲良く並んで水分補給をしているし、ケット・CとMk3も退屈そうに欠伸を漏らしている。
「これだけ暑いと、原生生物も出てこないみたいね」
「ちょっと面白みがないですね」
ネヴァ同様、暑そうに首筋をパタパタと手で扇ぎながら言うエイミーに、トーカが唇を尖らせて答える。
この溶岩湖に突入した途端、今まで止めどなく襲いかかってきていた蝙蝠や蜘蛛たちが、ぴたりと動きを止めてついてこなくなった。
彼らもこの暑さには耐えられないようで、俺たちは久しぶりの平和を享受していた。
「〈ネクストワイルドホース〉のみんなは大丈夫なのかな?」
ラクトが、後方をダッシュでついてきていたリポーター陣を案じる。
“鉄百足”もそれほど遅いわけではないのだが、彼らは逞しくも俺たちの移動に喰らい付いていた。
「お気遣いありがとうございます! こちらは大丈夫ですので、居ないものとして扱って下さい!」
そう元気に言って腕を振るのは、汗だくのスタッフだ。
彼の傍らには、防具を脱いで上半身裸でデカいカメラを担ぐ屈強なタイプ-ゴーレムのカメラマンも居て、ニッと白い歯を輝かせている。
あのカメラマンの周囲だけ、更に熱気が上がっている気がするな。
「レッジさーん、ちょっといいですか?」
前方のレティから呼ばれる。
俺はネヴァに一言残し、コンテナを渡って彼女の元へと向かった。
「どうした?」
「ちょっと色々困りごとがありまして。まずは子子子さんなんですけど」
そう言ってレティは俺と自分の間にいる子子子の方を見る。
巨大な白馬、ハクオウの背中に乗った彼女もエプロンのバフは受けているし、特に変わったところはないが……。
「わたしは大丈夫。でも、ハクオウがちょっと辛そうでね」
テンガロンハットを取り、子子子はハクオウの首筋をぽんぽんと優しく叩く。
言われて見てみれば、ハクオウの体にはびっしょりと汗が滴っていた。
「動物にこの暑さはキツいか」
「うん。ここまで走ってきたのもあって、かなり消耗しちゃってる。できれば、コンテナの中で休ませてあげたいんだけど」
いいかな、とこちらを見上げる子子子。
こちらとしても、彼女が手塩に掛けて育てたハクオウを潰すわけにもいかない。
早速、ハクオウに着けていた馬具と接続具を外し、断熱と温度管理機能がしっかりと搭載されたコンテナの中に収容する。
貴重な動力を失うが、ハクオウにはしっかりと休んで貰おう。
「ありがとう、レッジ。助かったよ」
「これくらいなら軽いもんだ。ハクオウが死んだら、代わりは居ないんだろう?」
ペットは機械獣やプレイヤーと違って、死ねばそれまでだ。
だからこそ育てれば育てるほど強くなるし、注いだ愛情に応えてくれる。
こんな所で見殺しにしてはいけない。
「あのー、レッジさん。良いところに割り込んで申し訳ないんですが」
そこへ、レティが申し訳なさそうに入ってくる。
どうしたのかと振り返ると、彼女もまたしもふりの首筋を叩いた。
「この子もちょっと、限界みたいで」
「えっ」
「普通にオーバーヒートですね。外気温100度超え、機関部1,200度超えで、流石にちょっと厳しいです」
見れば、しもふりの三つの頭――カルビ、ハラミ、サーロインもくったりとしている。
俺たちが機械人形だから温度についてあまり気にしていなかったが、ここはすでに普通の生物が生きていける環境でも、普通の機械が駆動できる環境でもなかったらしい。
「しもふりの装甲で焼き肉できそうですよ。します?」
「しないよ。……しかし、動力がゼロになるのは厳しいな」
思わぬ問題に直面し、腕を組んで唸る。
強い原生生物が出てきたのなら、レティたちの破壊力や、団長パワーでなんとかゴリ押しできるだろうが、こちらはどうしようもない。
“鉄百足”の動力はかなり弱く、また何十分も継続できるものでもない。
「物資を捨てるのは……」
「流石に厳しい。子子子のペットを入れてるコンテナもあるしな」
「ですよねぇ」
どうしたものか、と百足の頭の上で唸る。
「あらあら、お困りのようね」
そうしていると、不意に背後から声が掛かった。
振り返ると、ツナギを腰まで脱いで、白いタンクトップ一枚になったネヴァが目を輝かせて仁王立ちしていた。
「ネヴァさん!? なんでそんな露出してるんですか」
「暑いからよ。男は五人しか居ないし、なんならレッジは見慣れてるでしょうし、問題ないわ」
「い、色々問題ですよ! ていうかレッジさんどういうことですか!?」
俺の首に掴みかかるレティ。
ボキボキと鳴ってはいけないようは音がする。
「ちょ、落ち着け。ネヴァが作業に熱中するとこんくらいにはなる。俺もプログラムコード打ってたりするから、四六時中見てるわけじゃない」
「それでも納得いきませんけど……。とりあえず、ネヴァさんは何しに来たんですか?」
しもふりから飛び上がり、俺とネヴァの間に立つレティ。
彼女に問われ、ネヴァは企みのある笑みを浮かべた。
「こういう時こそ随伴メカニックの出番ってことで。今からしもふりを耐熱改造してあげるわ」
「で、できるんですか?」
ネヴァの突飛な言葉に、レティが目を丸くする。
もともと、ネヴァとムラサメは彼女たちの武器を現地で修理してもらうために呼んだのだが、思わぬ僥倖だ。
しもふりを作った彼女なら、改造も容易だろう。
ネヴァは先ほどとは一変してキラキラと目を輝かせるレティを見下ろして、ニッと笑った。
「たぶんね!」
「た、たぶんって……」
綺麗に言い切ったネヴァ。
レティは思わずずっこける。
「耐熱装甲なんて、そんな都合良く持ってないもの。それに、機関部もかなり過熱状態になってるし、冷却機構も見直す必要があるわ。正直、材料がないと何にもできないわね」
「じゃあなんで出てきたんですか」
またまた一変して唇を尖らせて責めるレティを、ネヴァは落ち着いてと宥める。
「フグが自分の毒では死なないみたいに、特殊な環境に棲む原生生物の素材を使えばその環境に耐えられるのよ。基本的な所で言えば、雪山のコオリザルの毛皮が優秀な防寒具になるとかね」
「つまり?」
「この溶岩湖に棲んでる原生生物の素材を使って、耐熱装備を作るのよ」
胸を張るネヴァの言葉に、俺とネヴァと子子子は互いに目を合わせる。
「そんなこと言っても、このあたりには何にも居ないよ?」
「ちゃんと居るわよ。見えてないだけで」
子子子の言葉に、ネヴァはきっぱりと返す。
そうして、周囲に広がる溶岩湖を見渡した。
「向こうの孤立した小さな島に、足跡があるわね。あそこの壁には何かを打ち付けたような後がある。目を凝らしてみてみれば、色々痕跡が見つかるわ」
「ええ……。ほんとだ、不自然な形跡が見つかりますね」
半信半疑で目を凝らしたレティが驚いたように言う。
生物が生きられないような過酷な環境にも、何かが動いた痕がある。
「そういうわけで、レッジ。はいこれ」
「なん……なんだこれ?」
突然、ネヴァからアイテムを押しつけられる。
インベントリを確認すると、大きな釣り竿が入っていた。
「“極限環境用耐熱耐火強靱糸釣り竿”。マグマでも釣りができる優れものよ!」
「こんなのいつの間に……」
「こんなこともあろうかと! さ、糸を投げて」
背中を押され、溶岩湖に向かわされる。
しかしネヴァの意図が掴めない。
「なあ、なんで釣り竿なんだ? 原生生物を探すなら、別の方法のほうが――」
「溶岩湖よ? でっかい溶岩魚が泳いでるのが鉄板でしょ!」
「ええ……」
ずい、と顔を寄せて力説するネヴァ。
結局俺は彼女に押し切られ、長い釣り竿を受け取った。
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Tips
◇極限環境用耐熱耐火強靱糸釣り竿
あらゆる極限環境を想定して設計された、頑丈な釣り竿。特に超高温と猛火、引っ張りに対応することに重点を置いて開発されている。
特殊なカーボン繊維と特殊な合成金属糸のメッシュコーティングの下に、自己修復ナノマシンジェル、衝撃吸収ナノマシンジェル、信号高速伝達ナノマシンジェル、の多層ナノマシン構造を内蔵し、良くしなるが決して折れない強靱性を獲得した。糸も30ミリ径の極太仕様で、耐荷重は1,000トンを越える。
その豪華すぎる仕様によって、通常の釣り竿と比べて遙かに大型化し、取り回しは劣悪。釣り竿と糸だけで重量は100キログラムに迫り、装備時はまともに動くこともできない。
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