第456話「輝月発進」

 巨大な鹿型機械獣、輝月に乗り込むには二種類の方法がある。


「さ、こっちだ」

「これを登り切るのは結構大変ねぇ」


 一つは、四本の脚に取り付けられた梯子を伝っていく道。

 こちらはネヴァやカミルたちのような、身体能力も比較的低いメンバーが使う。

 手間と時間が掛かるのがネックだが、こればかりは仕方がない。

 そしてもう一つ。

 身体能力が十分に高いメンバーはと言えば――


「ほっ!」


 レティが地面を蹴り、一気に直上へと跳び上がる。

 それに続いて、アストラも輝月の白い金属装甲を走るように駆け上っていく。

 トーカは以前キヨウ祭で見た、高速移動系の剣技を駆使して落ちるように登る。


「改めて見ても、やっぱり規格外ね」

「あんなことできるの、一部の変態だけだからね」


 梯子に手を掛けて、ラクトが嘆息する。

 特に近接戦闘職のプレイヤーは腕部や脚部にBBを多く振り分けているため、あのように軽快に登っていくことができるのだ。


「レッジも脚部極振りでしょ? さっさと登ってもいいんだよ?」

「いやでも、カミルがいるからな……」


 俺の隣にいるカミルを見る。

 いくら身体能力が高いとはいえ、彼女はメイドロイドだ。

 脚部極振りの俺の動きにはついていけないだろうし、俺から離れればその時点で彼女が動けなくなる。


「でも、この輝月ってテントの効果もあるんでしょ?」


 不思議そうに指摘するラクト。

 たしかに、輝月の頭部には菅笠のようにテントが乗っている。

 かなり広範囲に効果を及ぼす、本当にテントと言っていいか疑わしい規模のものだが、カテゴリ的にはテントなので、テントだ。


「あれはまだ起動させてないからな。起動させれば、テントの範囲内ならカミルも自由に動ける」


 テントを起動させることさえできれば、カミルの行動範囲も大幅に緩和されるだろう。

 ただ、今だけは俺が操縦席に収まるまで、少し我慢を強いなければならない。


「メイドロイドも色々制約が多いのね」

「ま、元々がフィールドに出ることを想定されてないからな」


 カミルを見下ろして言うネヴァに言葉を返す。

 それを聞いて、ラクトが首を傾げた。


「あれ、レッジ」

「どうした?」

「ここ、〈スサノオ〉だよね。フィールドじゃなくない?」

「……あー」


 そういえばそうだ。

 ここは〈スサノオ〉のイベントスペースに設けられたステージである。

 ならば、俺とカミルが離れていても支障はない。


「ちょっと行ってくる」

「はいはい。電源入れれば昇降機も動かせるんでしょ? 下で待ってるわ」


 輝月が起動できれば、腹のコンテナ近くから昇降機を動かせる。

 それを使えば、ラクトたちも纏めて素早く上に移動させることができた。

 そのあたりの設備も、設計から手伝ってくれたネヴァは心得ているようだった。

 俺は梯子を蹴り、一気に跳び上がる。

 レティほどではないが、数段飛ばしで駆け上がる程度なら、俺でもできるのだ。


「うーん、階段ならともかく、梯子を駆け上るっていうのもなかなか凄いことだよね」

「そうね。レティとかアストラとか見てると感覚が麻痺しちゃうけど」


 下の方で何やら言い合っているラクトたちを置いて、背中に辿り着く。

 そこにはすでに、レティたちが到着していた。

 俺は彼女たちに手を振って、更に輝月の首を登る。

 鹿の頭部には、体を操作するための操縦室がある。


「さて、起動するか」


 操縦席は、色々な機械がぎゅうぎゅうに詰め込まれた狭い空間だ。

 元々俺一人で操縦することを想定した広さ、というのもあるが、DAFシステムを流用しているため十二機の〈カグツチ〉を繋げる〈統率者リーダー〉やら、機体各所のカメラやセンサー類と接続する無数のモニター、計器類が所狭しと並んでいるのだ。

 正直、第四回イベントで使った改造〈カグツチ〉の複座式コックピットよりも更に狭い。


「ほへー。ここが輝月のコックピットですか。うへへ、二人も入ると密着しちゃいますね」

「うわっ! レティ!? なんでここに」


 セットアップ準備をしていると、背後の扉が開いて背中を押される。

 驚いて振り向くと、柔らかい赤髪が鼻先を掠めた。

 至近距離にあったレティのルビー色の瞳が笑う。


「なんでって、さっきレッジさんが呼んだからじゃないですか」

「レティたちが居たから手を振っただけだよ。そもそもここは一人用だし、狭いだろ」

「ぐへへ。レティ的にはこれくらいの距離感でも――」


 何故かさらに密着してくるレティ。

 押し返そうにも、腕力は彼女の方が遙かに強く、抵抗できない。


「うぐ――」

「レティ、何やってるんですか!」


 その時、扉が開き激しい声が響く。


「げえっ、トーカ!」

「全く、ちょっと目を離した隙に……。油断も隙もありませんね。ほら、レッジさんの邪魔になりますから、帰りますよ」

「そ、そんなぁー」


 襟首をトーカに掴まれ、ズルズルと引きずられて去って行くレティ。

 哀れな顔をしているが、哀れむこともできない。


「助かったよ、トーカ」

「貸しひとつですからね」


 遠ざかるトーカに向かって拝むと、彼女は口元を緩めて言った。


「なっ!? トーカあなた、謀りましたね?」

「さて、なんのことやら」


 何やら楽しそうな声が聞こえてくるが、こっちは準備を進めねばならない。

 地上で待っているラクトたちのために昇降機を降ろし、乗り込んで貰う。

 それと同時にテントも起動させ、輝月のメインエネルギー源であるブルーブラストエンジンも全機動かし始める。

 輝月の全身に隈無く張り巡らされたエネルギー循環ケーブルにBBが満ちていき、強い光を放ち始める。

 外から見れば、白い金属塊だった輝月が、その名の通り青白く神秘的に光っているのが見えるだろう。


「発進準備完了。さて、あとは誰かから連絡があればそっちに向かうだけだが――」


 俺たちは各管理者からの要請を受けて出動する機動部隊だ。

 別に空いている時間があれば好きなところに行っても良いのだが、どうせなら初陣は緊急出動したいと俺の中の少年が叫んでいる。

 だから、何か通報が入ってこないかと思っていると、まるで見計らったかのように連絡が飛んできた。


「はいこちら緊急特務隊!」

『なんですか、それ?』


 開口一番に少しかっこつけて言うと、スピーカーからは怪訝な声が返ってきた。


「なんでもない。雰囲気だよ、雰囲気。それで、ご用件は? ウェイドさん」


 最初に連絡をくれたのは、〈スサノオ〉から見て西側の地域を管轄しているウェイドだった。

 彼女は気を取り直して、通報の内容を話し始めた。


『〈剣魚の碧海〉西部で、ネームドエネミーが船団の進行を阻害しています。〈ワダツミ〉が南部に位置していることもあって、西部、東部、北部の海は戦力層が薄いので、協力を要請します』

「了解。じゃあ――」


 頷き、操縦桿に手を掛けた丁度その時、別の報告が入ってくる。


『こちらサカオ。〈鳴竜の断崖〉でネームドエネミーの“塵嵐のアルドベスト”が暴れてて、実力不足の調査開拓員の集団が立ち往生してる。助けて貰いたいんだが、大丈夫か?』


 割り込んできたのはサカオだった。

 イベント中という事もあって、少し背伸びしてくれたプレイヤーが、断崖の砂漠に生息しているアルドベストに絡まれているらしい。


「分かった。じゃあ、そっちから対処する」

『いいのか? ウェイドの要請の方が先だったろ』

「ちょっと遠回りするだけだし、輝月の走行能力ならそんなに遅くもならんはずだ。ちょっとアルドベストを轢いて、そのまま崖を飛び下りて向かうよ」


 西に向けていた進行ルートのプランを、東に修正する。

 わざわざ海に出てから崖を登って戻る方が手間だし、そちらの方が結果的には遅くなる。

 合理的に行こうじゃないか。


『私たちが言うのもなんですが、本当に大丈夫ですか?』

「まかせとけって。輝月の初陣は華々しく決めてやるよ」


 居住区に集まっているドリームチームの仲間たちに、機内放送で行き先を伝える。

 そうして、俺は今度こそしっかりと操縦桿を握りしめた。


「それじゃあ――輝月、発進ッ!」


 神鹿が嘶く。

 巨大な機体が震え、内部に組み込まれた十二機の〈カグツチ〉が同時に動き始める。

 四本の脚に力を込めて、深く身を沈めた白い牡鹿は、一息に力を解放し、〈スサノオ〉の町を文字通り飛び出した。


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Tips

◇緊急特務隊

 正式名称“緊急時特別特殊任務遂行部隊”、通称“EmergencySpecialTaskForce”。

 〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉に際して一時的に設立された、高機動高火力制圧部隊。隊単一で完結した、戦闘、生産を初めとした多岐に渡る開拓能力を保持しており、管理者からの要請によって行動を行う。作戦上で困難と思われる問題を打破することを第一の使命としており、協力要請を受けてから最短5分での問題解決が可能。

 という設定だが、実際にこのような名称の組織が設立されたという事実は確認されていない。


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