第455話「夜を照らす」

 華々しいオープニングライブが喝采の中で幕を下ろし、〈万夜の宴〉が本格的に始動した。

 プレイヤーたちは各々の“推し”を応援するため、各地のフィールドへと散っていく。

 つい十分前まで茹だるような熱気に包まれていた仮設ステージは早くも閑散とし、〈菜の花会〉の黄シャツを着たプレイヤーが撤収作業を始めていた。


「じゃあ、クロウリ。そっちは任せる」

「おうよ。タンガンのジジイをこき使えるんなら、役得だわな」


 ニィと歯を剥き出しにして笑うクロウリと分かれる。

 彼には、今回のイベントで色々と動いて貰うことになっていた。


「レッジさーん、この後レティたちはどうするんですか?」


 〈菜の花会〉の作業を手伝っていたレティたちが、舞台に上がってくる。

 彼女たちも早くどこかへ出掛けたいと、うずうずしているようだった。


「今回は俺が主催してるわけだし、サボってるワケにはいかないからな。出し惜しみなし、できることは全部やる。開拓の壁を打ち壊す破城鎚として、最大限の働きをする」


 集まってきたレティたち〈白鹿庵〉の仲間に向けて、俺は断言する。

 今回のイベントは、ウェイドたち管理者の存続を賭けた、絶対に失敗できない作戦だ。

 何重にも考え得る限りの準備と対策は整えてきたが、結局は開拓進捗を進めること、つまりは領域拡張プロトコルを前進させること以上のものはない。


「かなり忙しく、それ以上にキツくなる。ついてきてくれるか?」


 何せ開拓の最前線を飛び回るのだ。

 前人未踏の地へ趣き、版図の境界を押し広げるということは、それ相応の負荷を伴う。

 今まで経験したことのないほどの、艱難辛苦が待ち受けていることだろう。

 それでも、彼女たちは逡巡することなく即答した。


「当然です。レッジさんの隣が、レティの居場所ですからね。どこまでもお供しますよ」

「だね。わたしだって、自分のアーツがどこまで通用するか確認したかったし」

「全部は予習できてないけど、ぶっつけ本番っていうのも、たまには良いと思うのよ」

「私は、とりあえず頑張って斬りますので!」

「……頑張る」


 ステージの裏で寝ていた白月が、いつの間にか足下にやってくる。

 彼もまた、付き合ってやるとでも言うように、黒く湿った鼻先を押しつけてきた。


「ありがとう。今回もよろしくたのむ」


 本当に、頼れる仲間だ。


「で、レッジ。感慨深くなってるとこ悪いけど、直近の行動方針を示して欲しいな」

「あっはい」


 ラクトに急かされ、冷静になる。

 俺は仲間をぐるりと見渡し、今後の計画を伝えた。


「さっきも言ったように、俺たちは壁を破る破城鎚だ。基本的には、開拓作戦指揮をしている管理者の要請を受けたらそこへ急行することになる」


 ライブが終わった直後、管理者たちは各地へと散開した。

 そこで開拓活動を行うプレイヤーたちに、指揮官として行動の指針を示すのだ。

 今回の作戦は、管理者の存在意義を問うものである以上、彼女たちの指示を迅速にこなすことが肝要になってくる。

 しかし、当然攻略最前線を押し上げるのは相応の苦難があり、突破が難しく開拓の手が止まる場合がおおいに予想される。

 そう言った時に、俺たちが出動して、その戦力でもって突破口を開くのだ。


「西にボスがいればそれをぶっ叩き、東に障害物があればそれをぶち壊す。そんな集団に俺たちはなる」

「物騒な集団だなぁ」


 ラクトが微妙な表情になる。

 しかし、彼女のアーツも〈白鹿庵〉に欠かすことのない武器だし、今回も手伝って貰うことになるはずだ。


「でも、沢山のプレイヤーが束になっても突破できない壁を、レティたちだけで崩せますか?」

「たしかに、私も自分の刀には多少の自信がありますが、個人や少数の力では限界がありますよ」


 レティとトーカの指摘ももっともだ。

 俺もそれは当然考慮している。


「そのために、今回はドリームチームを結成した」

「ドリームチーム?」


 舞台の操作盤の前に立っていたクロウリに目配せする。

 それを合図に、先ほどまで〈ノーツフォレスト〉の楽団が控えていた、舞台奥の幕が上がる。


「ええっ!?」

「これは……」


 その奥で待ってくれていたメンバーに、レティたちが絶句する。

 その反応も責めることはできない。

 誰だって、そうなる。


「どうも、レッジさん。今回はよろしくお願いします」

「……騎士団の中枢を使うんですから、しっかりとした指揮を頼みますよ」


 ニコニコといつもより三割増しの笑顔を浮かべるアストラと、彼の隣で不機嫌そうに腕を組むアイ。


「にゃぁ。BBCがこれだけ集まるのも、ちょっとした奇跡だよね」


 ピンと張ったヒゲを揺らすケット・Cと、その背後に並ぶMk.3、子子子。


「ちょっと前に坑道で群がってたじゃないか。なに、ワシらがいるから大船に乗ったつもりでいればいい」


 ケット・Cに向かって言うのは、緋色のローブを纏ったメル。

 当然、〈七人の賢者セブンスセージ〉は勢揃いだ。


「現地での武器防具のメンテは任せてちょうだい。費用は全部レッジ持ちだからね」


 満面の笑みで胃の痛くなるようなことを言うのは、大きなツールボックスを持ったネヴァだ。

 その背後には、剣山か弁慶のように無数の刀剣を担いだムラサメも立っている。


「〈大鷲の騎士団〉から、アストラとアイ。〈黒長靴猫BBC〉から、ケット・CとMk3と子子子。〈七人の賢者セブンスセージ〉全員。そして、現地支援要員として、ネヴァとムラサメ。総勢14名。そこに〈白鹿庵〉の6人と、カミル。21人と2頭の大規模複合パーティで行動する」


 ずらりと並んだ面々を背に、レティたちに宣言する。

 彼女らは揃ってぽかんと口を開き、信じられないものを見るような目で、アストラたちを眺めていた。


「あの、〈大鷲の騎士団〉の団長と副団長がここにいるように見えるのですが」

「ここにいますからね」


 わなわなと震えながらレティが指摘すると、アストラが気楽そうな声で答える。


「各隊の指揮は、〈銀翼の団〉の皆に任せています。どうせ、騎士団も多方面に向けて並列的に攻略を進めているので、俺やアイだけでは管理しきれないんですよ」

「それにしても、よく協力してくれたねぇ」

「そりゃあ、レッジさんの頼みですから」


 ちなみに、アストラには手を貸して貰う対価として、イベント終了後の地下闘技場での百勝先取試合という地獄のようなユーザーイベントへの参加を約束している。

 いつもなら速攻逃げているところだが、間接的にウェイドたちの命が掛かっているため、そうもいかない。


BBCウチはどうせ、今回もみんな自由行動だからにゃー。面白い方に付いていくのが信条ってことで」

「あたしのハクオウがいれば、どこへだって一瞬で移動できるからね。任せてよ」


 ケット・Cたちとの交渉は、比較的簡単だった。

 というより、とりあえず頼んでみたら特に何か条件を持ち出されることなく了承された。


「ワシらも、機術師だけだと長期戦ができないからね。レッジのテントの恩恵に与れるのなら、思う存分アーツが撃てて、お互いwin-winってわけだ」


 〈七人の賢者〉も、概ねそんな理由で協力を取り付けることができた。

 と、メルの言葉を受けて、俺は用意していたものを思い出す。


「そうだそうだ。今回は特に迅速な移動が重要だし、俺たちはそれが頻繁にあるからな。ネヴァと〈鉄神兵団〉と〈ビキニアーマー愛好会〉と〈ダマスカス組合〉と〈プロメテウス工業〉に協力を要請して、いいものを造って貰った」

「なんかもう、そこに並んでる名前だけで嫌な予感しかしませんね……」


 レティの言葉を聞き流しながら、クロウリに合図を出す。

 彼が操作盤上で手を動かすと、広いステージの真ん中が、パカリと大きく開いた。

 中に仕込まれていた昇降機が作動し、そこに収められていたものが現れる。


「随分凝ったものを造りましたね」

「俺は設計依頼を出しただけだ。職人陣がいろいろとアイディアを出し合って、こんなのができた」


 現れたのは、首の後ろが痛くなるほど巨大な影。

 ベースとなっているのは、特大機装〈カグツチ〉――およそ12機。

 純白の金属装甲を備えた、すらりとしたシルエットの四足獣。

 頭に菅笠のようにテントを載せて、その下から細長い枝角が突き出している。

 腹には大型のコンテナが八つ積み込まれ、背中に居住区も完備されている。


「高速移動可能、居住可能。超大型のテントを備え、周囲の安全も確保している。各駆動部が〈統率者リーダー〉によって仲介された、遠隔操作可能な〈カグツチ〉をコアにしてる」


 現れた、白い牡鹿の姿を模した機械獣。

 それを見上げ、高鳴る鼓動を抑えながら、レティたちに向かって説明する。


「でっかい白月みたいね」

「白月が微妙な顔してるよ……」

「レッジさん、これどうやって動かすんです?」


 やりすぎでは、とレティが胡乱な顔でこちらを見る。

 俺はぴんと人差し指を立て、胸を張って答えた。


「要はDAFシステム――複数のドローンを同時並列機動して個別に操作するのと基本は同じだ。操縦席に座った俺が十二機の〈カグツチ〉を同時に操作する」


 〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉の後に実施されたアップデートは、俺にクリティカルヒットした。

 良い面も悪い面もあったが、〈機械操作〉スキルが三つに細分化され、専門性を増したのは喜ぶべき要素だ。


「もしかして、この短期間で〈制御〉スキルもレベル80にしたの!?」


 驚きを持ってラクトが言う。

 その言葉に、俺はゆったりと頷いた。


「どうせこれを組み立てる時に必要だったから、簡単なプログラムから組んでいけば、そこまで難しくはなかったぞ」

「そんなすんなり言えるレベルじゃないと思うけど」


 エイミーが呆れ顔になる。

 そうは言っても、できたのだからしかたない。


「そういうわけで、俺たちはこれから、この超大型機械獣に乗って移動する。っと、超大型機械獣ってのは親しみがでないよな」


 俺は足下に立つ相棒の顔を見る。


「メガ白月――ごふっ」


 水晶の枝角が腹部に突き刺さる。

 どうやらこれはお気に召さなかったらしい。


「天照らす世を奔走し、天突く槍角で訴える。白銀の体躯は紫紺の夜に輝き、厚く降りる帳を払う。星なき夜を照らす神鹿――“輝月てるつき”だ」


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Tips

◇輝月

 超大型機械獣。特大機装〈カグツチ〉十二機を駆動部品として組み込んだ、巨大な鹿型の機械獣。腹部に大型コンテナ八つを収納し、背部に最大30人が滞在可能な大型居住区を有する。頭部には大型のテントが組み込まれており、自身を中心とした広範囲にその効果を発揮させる。使用するエネルギーは高純度BB。サブエネルギー系統として通常電力バッテリーも使用可能。

 DAFシステムによって十二機の〈カグツチ〉が接続されており、高い技量を要するが、単独の調査開拓員で操作が可能。

 その白い輝きが闇を払い、民草の願いが天に届くように。


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