第302話「職人たちの声」

 ワダツミの別荘地区は中心街から海沿いに向けて整備された広大な土地だ。

 すでに幾つかの別荘が建てられているものの、元々の面積が十分に確保されているためまだまだ風通しの良いすっきりとした地区になっている。

 海岸線に沿うように緩くカーブを描く通りが何本か走り、その間に別荘の建築用地が並ぶ。

 黒墨やレティたちと歩きながら見たところ、すでに契約済みの土地もありそこには看板が立てられていた。


「随分広い面積を取ってるところもありますね」

「流石に1級は少ないけど、3,4級くらいなら割とあるもんだね」


 白い石畳の敷かれた道を歩き、左右に忙しなく首を振りながらレティたちが言う。

 用地は四角いグリッドで区切られていて、その一つ一つが10級の土地として数えられる。

 級が上がるごとに隣接した土地へ広げられるため、大体の等級は一目見るだけで分かるようになっていた。


「大規模バンドなんかだとそれくらいの広さは必要だからな。そんでもって、今の時期にもう土地を確保できてるようなのは力のあるバンドだけだ。

 時期が経てばデカい土地の隙間に小さいバンドが入ってくるだろうさ」


 そのあたりの事は詳しいようで、黒墨が解説してくれる。

 ちなみにゲーム内最大規模の攻略バンドである〈大鷲の騎士団〉はすでに1級の土地を幾つか押さえているらしい。


「騎士団は別荘システムが実装されたその日のうちに、ワダツミに一番近い場所を3つくらい確保してたらしいな」

「流石はアストラってところか。やっぱりそれくらい無いとバンドメンバー分には足りないって所も」


 新規実装コンテンツに対する行動力とその規模が、流石は騎士団といったレベルだ。

 しばらく会っていないが、今も忙しくしているのだろう。


「この人数で土地権利書持ってるあんたらも十分凄いと思うけどよ」

「別荘に関しては実質レッジとレティが頑張ってくれたからねぇ。私たちも知らない間に話が進んでたし」


 エイミーの言葉にトーカたちが揃って頷く。

 そもそも事の発端は、珍しく俺とレティ以外がログインしていなかったが為の行動だったのだ。


「それは余計に凄いな……。なんか抜け道でも見付けたか?」

「もうブログで公開してるんだが、毒団子をちょっとな」

「毒団子?」


 首を傾げる黒墨に、俺は特製毒団子を使ったワダツミ地下トンネルの鼠駆除について説明する。

 それを聞いた彼は瞠目し後頭部に手を当てた。


「なるほど、そんな手が……。そしたら近いうちに仕事も増えそうだな」

「かもしれんな。今はアマツマラやらキヨウに集中してるが、そっちが一段落着いたら」


 嬉し恐ろし、といった顔をする黒墨。

 ランキングに載っている〈鎹組〉にも山ほど依頼が殺到することだろう。


「レッジ、もしかしたら素材を買い付ける事になるかも知れねぇが……」

「是非お願いします。共有ストレージがパンパンでレティたちも困ってるんです」


 俺が答えるよりも早く、食い気味にレティが答える。

 俺の個人ストレージはおろか〈白鹿庵〉の共有ストレージのほぼ全てを占有してしまっている現状に、何も言い返すことができない。

 そもそもNPCショップに売却するよりも良い使い道ができるかもしれない、という根拠無き予想によって退けるに退けられなかったのだ。


「……レッジ、あそこ」


 少し先を歩いていたミカゲが振り返り、指を突き出す。

 その先に指し示された場所が俺たちの押さえた土地だった。


「今更だが、ほんとに此処で良かったのか? ワダツミの中心街からもかなり離れてるが……」


 後方に小さく見えるワダツミの防御壁と現在地を見比べ、黒墨が眉を寄せる。

 確かに町から離れているというのは中央制御区域や商業地区へのアクセスも悪く、一般的にはあまり好まれない。

 そのため周囲の土地も確保されているものは疎らで、広い空き地が広がっている。


「いいんだ。ここは眺めがいいからな」


 土地の前には白い砂浜が広がり、青い波が穏やかに打ち寄せる。

 日差しも申し分無く俺たちからすれば絶好の土地だった。


「それにここからなら“水鏡”も直接出せますからね」


 レティの言葉もまた正しい。

 なだらかな傾斜の付いた広い砂浜は“水鏡”を作って進水させるのにも都合が良かった。

 別荘が建てば、ここが〈白鹿庵〉の母港になるはずだ。


「そういえばそんな妙ちきりんなモンもあったな……。ま、あんたらがそう言うなら俺は仕事をするだけだ」


 カリカリと頭を掻き、納得する黒墨。


「他の〈鎹組〉のメンバーはどうしたんだ?」

「もうすぐ来るはずだと思うが……」


 そう言って彼が周囲を見渡した時、町の方から小さな人影が幾つか猛然と走り寄ってきているのを見付けた。

 段々と近付き鮮明になる姿を見てみれば、黒墨と同じ青い法被を着ているようだ。


「お前らァ! 遅ぇぞ、何やってんだ!」


 黒墨が大きく口を開けて空を震わせる。

 ゴーレムだからか、彼自身の素質かは知らないが真横に立つと鼓膜が破れそうな鋭さと声量だ。


「す、すいやせん親方ぁ」

「ちょっと時間があったんで〈海鳴り〉って店に行ってたんでサァ」

「そんで、ポコ助がシュガークリーム云々って奴頼みやがって……」

「めちゃくちゃデカくて食べるのに苦労してたんです」


 へこへこと謝りながらやって来たのは四人の男女。

 生産系だからかゴーレムが多く男女2人、あとはフェアリーの男性が1人、ヒューマノイドの女性が1人。

 揃いの法被に黒い作業ズボン、鉢巻きは頭に巻いている人と首に掛けている人が居るが、全員とも一目で〈鎹組〉のメンバーであることが分かる。


「時間厳守っつったろうが、全く。こちらさんが今回のお客だ。挨拶しろ」


 リーダーらしい表情に変わった黒墨が腕を組み、顎で促す。

 それでようやく俺たちの存在に気付いた様子で彼らはぴしりと背中を伸ばした。


「は、初めまして! 〈鎹組〉の超電磁ヤローっす。仲間からはデンジローって言われてるんで、ぜひそう呼んでくだせぇ」


 始めに口を開いたのは、ゴーレムの男性だった。

 デンジローは〈木工〉の他に〈機械製作〉にも精通していて、機械類も彼が担当するようだ。


「あたしはランプと言います。図体は大きいけど、建築の他にインテリアコーディネートもしてますよ」

「建築と鍛冶を担当する火鍋ってンだ。よろしく頼むぜ!」


 ゴーレムとヒューマノイドの女性二人。

 ランプがきっちりと服を正しく着ているのに対し、火鍋は腰で法被の袖を結び、上半身は黒いインナーを着崩している。


「ランプさんはインテリアコーディネーターなんですか! 良ければこの別荘に置く家具の相談がしたいんですが」

「もちろん。ご要望に添えるよう尽力させていただきます」


 レティが耳をピンと立てて言うと、ランプは薄く目を細めて頷く。

 そんな彼女の隣から前に出て、最後の一人――フェアリーの男性が手を挙げる。


「オレはポコ助! 黒墨さんと同じで建築専門の大工だ。よろしくな!」


 フェアリーだから外見から推測するのも少し危ういが、恐らくはこの中で最年少なのだろう。

 エネルギッシュに声を張り、やる気を漲らせている。

「そいじゃ、早速作業始めて良いか?」

「ああ。よろしく頼む」


 〈鎹組〉が集まったことで作業の準備が整った。

 俺たちが少し後方へ下がると、黒墨の前にポコ助たちが並んだ。


「よぅし、今日もガッチリ組み上げていくぞ!」

「応ッ!」


 太い腕を突き上げる黒墨に、彼らも続く。

 それを合図に建築作業が始まる。

 ランプたちはインベントリから建材を取り出して並べ、簡易作業台を使って加工する。


「建築作業って初めて見ますけど、皆さん手慣れてますねぇ」

「いろんな建材を加工して突っ込んでいく感じなのかな。それにしても作業が早いけど」


 建築といっても現実のように基礎を打ったりするわけではない。

 建物の設計図を使うことで次々と建材が指定されるようで、黒墨たちはそれを即座に組み上げて使用していく。

 そうすることで建物自体の建築進捗度が進み、それが100%になった所で完成するというシステムになっているようだ。


「金属部品なんかは火鍋さんが担当してて、木材部品を他の人が手分けしてるみたいね」

「機械を内蔵する建物だとデンジローさんが活躍されるんでしょうね」


 今回注文した別荘は殆ど木造で、蝶番などの僅かなパーツに金属が使われている。

 そのためか黒墨たちは殆ど木工作業台にかかりきりになっていた。


「レティは戦闘しかやってませんが、生産の世界も広そうですねぇ」

「まあそうだな。結構何でもやってるネヴァでも建築はやってないだろうし」


 生産系スキルはさほど数がない。

 しかしその一つ一つの奥が深く、また系統も複雑に枝分かれしている。

 戦闘職は合計スキル値の限界で悩むことが多いが、生産職は1つのスキルをどこまで深めるかで頭を捻らせていると聞いたことがある。

 実際、全員が建築系である〈鎹組〉の面々を見ても若干その作業内容に違いがあるのが分かる。


「黒墨は柱や床材が多いな」

「逆にランプさんなんかは細かい建材の加工が得意みたいね」


 互いに得意としている分野が違い、それぞれ補完し合いながら彼らは作業を進める。

 〈ミリオントラスト〉の評価も正しいようで、彼らが作業を始めて30分ほどで大方完成形が見えてきた。


「早いなぁ」

「まあ、モノ自体がこの大きさだからな。騎士団の〈翼の砦〉なんかは二週間くらい掛かったらしい」


 作業の傍ら黒墨が言う。

 俺たちの別荘は騎士団は抜きにしてもやはり小さい方らしい。


「そら、もう完成だぞ」


 黒墨が満足げに言ったのは工事開始から1時間ほどのことだった。


「じゃ、最後の仕上げをしますね」


 ランプがそう言って小さなパーツを消費する。

 別荘のステータスウィンドウに表示されたプログレスバーが青に染まりきり、玄関のドア横に〈白鹿庵〉の表札が掛かった。


「完成だ!」

「お疲れ様でした!」


 黒墨が宣言し、デンジローたちが声を揃えて互いを労う。

 彼らの背後にはできたばかりの別荘が胸を張って立っていた。


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Tips

◇木綿の鉢巻き

 柔らかな素材で作られた白い鉢巻き。頭に巻いたり、首に掛けたりできる。〈木工〉スキルに若干の品質補正を掛ける。


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