第300話「和みひととき」

 キヨウの一角にある和風喫茶〈月庭〉は、建設任務の進捗が満たされたことで最近開店した新しい店だった。

 まだキヨウ以外を拠点にしているプレイヤーにはあまり知られておらず、観光系バンドのガイドブックにも載っていない穴場である。


「これが〈月庭〉名物、満月カステラですか」


 抹茶やほうじ茶などを使った創作ドリンクと和菓子が多数取り揃えられ、大正ロマン風の制服を纏ったウェイトレスも可愛らしい、居心地の良い店内。

 俺たちが囲むテーブルの8割を占有しているのは、月のように黄色く輝き、月のように丸く、月のようにでかいカステラだった。


「でかすぎんだろ」

「こっち方面でも〈新天地〉ライクだったかぁ」


 流石はキヨウの〈新天地〉と言われるだけあって、この店も随分攻めたメニューを多数揃えている。

 今回レティが注文した満月カステラもその一つで、現れた実物を見て俺とラクトは頭を抱えた。


「ホイップクリームや餡子、抹茶餡、チョコレートで味変もできますよ」

「単純に量が問題でしょ。いや、レティなら食べきれるんだろうけどさ」

「結構ふわふわしてますし、殆ど空気みたいなもんですから大丈夫ですって」

「絶対違うと思うんだがな……」


 呆れ果てる俺たちを置き去りに、彼女は早速カステラを切り出す。

 レティの一口分を取ったところで月らしいクレーターが一つできる程度というのがその規格外な大きさを如実に表している。


「うん、美味しいです! 上品な甘さで、これなら無限に食べられますね」

「レティが言うと比喩に聞こえないのが恐ろしいですね」


 通常サイズながら炭酸カレーあんみつという字面だけでも強烈なメニューを注文したトーカが、乾いた笑みを浮かべて言う。


「ほら、白月。どうだ?」


 俺は足下で丸まっている白月に、白い鈴カステラを見せる。

 彼は顔を上げるとぱくりと躊躇無く食い付き、もちもちと口を動かしながらもっと寄越せと無言で訴えてきた。


「レッジのそれは?」

「白月だってさ。同じ名前だ」


 ラクトにも一つ渡し、自分も一つ口に放り込む。

 米粉を練ったようなもちもちとした食感が面白い、美味しい鈴カステラである。

 攻めすぎて道を踏み外したようなメニューが多くある一方でこうした普通の品も美味しいあたりも、〈新天地〉と良く似ている。


「レッジ、こっちの小雪大福も美味しいよ」


 そう言ってラクトが差し出してきたのは、ころんとした小柄な大福だった。

 一つ貰って食べてみると、中には冷たいアイスが包まれていて口の中でほろりと溶ける。


「うん、これも美味しいな」

「でしょー」


 変わり種の創作和菓子もあるようで、ミカゲは天球という名前の羊羹をつついている。

 夜空に見立てた羊羹に星のような金平糖がちりばめられていて、見ているだけでも綺麗だ。


「こんなお店があったなんて。ホタルさん、ありがとうございます」

「い、いえ。私も最近見付けて、誰かに紹介したかったんです」


 トーカの言葉にホタルは恐縮しきった様子で首を振る。

 彼女はホイップをたっぷりと乗せチョコソースをこれでもかと掛けたほうじ茶ラテを両手で抱えており、相当な甘党らしかった。


『ふむ。キヨウの甘味もとても素晴らしいです』


 満足げにスプーンを握って言うのは、あんみつパフェを食べ進めるウェイドである。

 トーカのものとは違い基本に忠実なあんみつに各種フルーツやクリームを乗せた、現実的なサイズのもので、これは美味しそうだ。


『なんですか、レッジ。あげませんよ』

「別にいいさ。しっかり食べな」


 器を自分の方に寄せて守るように背中を向けるウェイドを微笑ましく思い、思わず目を細める。


「ウェイドにも和菓子を出すお店はありますけど、やっぱりキヨウの方が美味しかったりするんですか?」


 満月カステラを早くも半分ほど食べ進めたレティがウェイドに尋ねる。


『そうですね。メニューは管理者の好みが多少とはいえ出てしまうので、若干違ってきます。キヨウのものは基本的に甘みが強めのようです』


 小さい口であんみつパフェを食べながら、小さな管理者は説明する。

 意外な事実ではあったが面白い。

 そういったものがあるのなら、各都市の違いを意識しながら食べ歩いてみるのも楽しいだろう。


「サカオだと何が有名なんだろう」

「あの町は激辛系が多い印象がありますね。カレーとか、麻婆豆腐とか」


 今まさに炭酸カレーあんみつを食べているトーカがラクトの言葉に答える。

 ウェイドの〈新天地〉にも激辛系料理はいくつかあるが、それよりも辛いものがあったりするのだろうか。


「そういえばサカオさんはお元気ですか?」

『日々の基本的な業務は恙なく遂行しているようですが、その他のことについては私たちも把握していません。もしかしたら、キヨウのように悩んでいるかもしれませんし、既に何か計画を実行している可能性もあります』


 中枢演算装置同士は相互監視機能というものがあり、それで互いの都市管理業務に問題が無いかを確認し合っている。

 しかしその範疇にない行動については、彼女たちも知る術がないようだ。


『ああ見えてサカオは良く考える性格です。きっと何かしていると思いますよ』


 クリームをスプーンで掬い取り、ウェイドは確信を持った声色で言う。

 彼女も姉として、妹たちは良く気に掛けているのだろう。


「サカオの複雑な町並みからするとちょっと意外だね。キヨウがあんなに突っ走る性格なのも驚いたけど」

『そうでしょうか。案外表れていると思いますよ。

 サカオの町があれだけ混沌としつつも問題なく管理できているのは、彼女が熟考した上であの配置にしているからですし、キヨウは逆に枠線を描かないとむしろ何もできなくなって混乱してしまうところがありますから』

「なるほど。そう聞くと確かにそうかもしれないなぁ」


 ウェイドの解説に思わず手を打つ。

 町並みに管理者の性格が出ているというのも、面白い話だ。


『誰が何やって?』

「うおわっ」


 その時、突然背後から声がする。

 驚いて振り返ればそこには目を糸のように細めたキヨウが立っていた。


『客観的な事実を言っただけです。別に悪口ではありませんよ』

『せやろか。……まあええけど』


 すんとするウェイドに、キヨウもすぐに肩の力を抜く。

 そうして彼女は俺たちが座るソファの隅に腰を下ろした。


「ヒアリングの成果はでたのか?」

『ええ。それはもう、沢山。なんや途中からいっぱい調査開拓員の皆さんが来てくれはって』


 コーヒーを注文し、山のように砂糖を投入しながらキヨウは頷く。

 確かに彼女のようなNPCが積極的にプレイヤーの方へ話しかけていたら掲示板あたりで話題になっていそうだ。


「それで、考えは纏まりました?」

『せやねぇ。キヨウの町の雰囲気が好きって言ってくれはる人が多かったし、やっぱり闘技場は無しかなって』


 くすくすと笑うキヨウ。

 なんだかんだ言いつつ闘技場を気に入っているのではと訝ってしまう。


『でもなぁ、キヨウの町が好きやからこそ、ここでお祭りしたいってお話も沢山あったんです』

「お祭りですか。確かにキヨウは和風の町ですし、よく合うと思いますね」


 トーカが頷く。

 俺もキヨウの通りを山車が練り歩き、屋台が立ち並ぶ様子を想像して納得する。


『普段の静かさもええけど、お祭りみたいな賑やかさも、あては好きなんです。だから、そのメリハリを付けて楽しめる町にしたらええかもなぁって思ったんです』


 そう語るキヨウの表情は楽しげで、すでに何か案があるのが察せられる。

 それも、闘技場のように突飛なものではなく、具体的でこの町のことをよく考えた妙案であるようだ。


『ホタルさんはどう思います?』

「はひっ!?」


 突然キヨウに話を向けられ、ほうじ茶ラテを飲んでいたホタルが肩を跳ね上げる。

 彼女は少し思案して、こくりと頷いた。


「そう、ですね。私もお祭りは好きです。ずっと騒がしいのは苦手ですけど、こうして沢山の人と楽しむのもたまには良いと思うので」


 ホタルはテーブルを囲む俺たちを見渡してはにかむ。

 それを聞いてキヨウも安心したのだろう、いっそう笑みを深めた。


『それじゃあ、ちょっと期待してて下さいね。あても頑張ってみるから』

「はい。楽しみにしてます」


 管理者の言葉にホタルはしっかりと頷く。

 遠からずこの町にも変化が起こるだろう。

 俺はそんな予感に胸を高鳴らせ、白月を一つ口に放り込んだ。


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Tips

◇和風喫茶〈月庭〉

 地上前衛拠点シード03-スサノオで営業する喫茶店。落ち着いた和楽器の奏でられる中で、様々な和菓子と飲み物を楽しむことができる。


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