第290話「会議は始まる」

 多少のトラブルに見舞われたものの、俺たちは無事に日暮れ前に規定数の短剣魚を揃えることができた。

 例によって俺だけでは持ちきれないため、レティのインベントリを借りて持って貰っている。


「いやぁ、今日はいいもん見れた。ありがとうな」

「礼を言いたいのはこっちの方だ。良い竿も作って貰ったし」


 満足そうに笑うイソヲとは互いにフレンド登録を済ませて埠頭で別れる。

 彼はこの後ももう少しここに残り、夜釣りを楽しむのだという。


「また見掛けたら声掛けてくれな」

「ああ。じゃあまた」

「お世話になりました!」


 イソヲに見送られながら俺たちは埠頭を発ち、中央制御区域へと戻る。

 制御塔の端末で短剣魚を納品すれば晴れて“都市機能利用許可”を獲得できた。


「よし、これで揃えるべきものは揃ったか」

「丸一日掛かりましたねぇ。早い方だとは思いますが……」

『イエス。統計的記録では、【地下トンネル美化計画】で苦戦している調査開拓員は多いようです』


 ワダツミはそういったデータも参照できるようで、俺たちの進行速度がかなり順調であることを教えてくれる。


「毒団子の件はまさしくブレークスルーなんでしょうね。これが広まったら、ワダツミちゃんのトンネルも綺麗になると思いますよ」

「問題は毒耐性を持った鼠が出る可能性だが。どうなんだろうな?」

「ない、とは言い切れませんねぇ」


 毒物は広く狩りで使用されている手段だが、今のところそれによって毒耐性を持った原生生物の噂は聞いていない。

 ともあれ、今後もその可能性がないとも断言できないのがこのゲームの末恐ろしいところだ。


「ともあれ、次はいよいよ別荘そのものの購入ですね。レッジさんは何か考えてますか?」

「あんまり考えてないぞ」

「でしょうね……」


 レティの問い掛けに胸を張って答えると、彼女も特に驚く様子はなく話を続ける。


「別荘を用意する手段は主に三つ。自分で建てるか、他の人に建てて貰うか、商業地区の不動産店で購入するかです」

「俺が持ってる生産スキルは〈料理〉くらいだし、一つ目は不可能だな」


 建物の建設には〈木工〉や〈鍛冶〉といった生産スキルが必要になる。

 それもただ単に〈木工〉といってもイソヲのように道具を作製するものではなく、『建築』などの特別なテクニックを習得していなければならない。


「建築系で有名な生産者か……。ダマスカス組合の建築課とかか?」

「有名すぎですよ。あそこ、この前ヴァーリテイン討伐に向けて疑似朧雲とか作ってたらしいですし」


 第一回イベントの際もスサノオの周囲にバリケードを作っていたところだ。

 ウェイド迎撃作戦では櫓の建設や瀑布の上下層を繋ぐ階段の設置などで大いに助けられた。

 確かに建築といって間違いは無いが、別荘地を作るのはまた少し方向性が違う気もする。


「不動産で購入っていうのは、つまるところNPCに任せるってことだよな」

「はい。材料などを揃える必要はありませんが、単純に価格が高いのとPC製作に比べて自由度が低いようです」

『イエス。管理者としても基本的には調査開拓員同士での共同的問題解決を推奨しています』


 要はプレイヤー間の交流が盛んになるように調節しているということだろうか。

 他でもないワダツミが言うのならば、やはり選択肢はおのずと定まってくる。


「ふむ。建築系のプレイヤーかバンドを探すか」

「そうですね。ああ、でも別荘の間取りとかはやっぱりラクトたちも一緒に考えた方がいいのでは」

「それもそうだな……」


 順調にステップが進んでいたせいで失念していたが、今回作ろうとしているのは〈白鹿庵〉の別荘だ。

 俺とレティの独断ではなく、ラクトたち他のメンバーも一緒になって意見を摺り合わせなければ。


『フム。間取りを話し合う時は是非同席させていただきたく』

「な、なんでですか! ワダツミちゃんは関係ないでしょう」

『ノー。複数の調査開拓人形による会議はコミュニケーションデータの宝庫であると推測します。その席に加えていただければ、ワタクシも更なる経験の蓄積が期待できるでしょう。これは管理者と調査開拓人形の円滑な交流を行うために必要不可欠であることを主張します』

「ぐぬぬ……。ワダツミちゃん、言い訳する時だけなんか早口になってませんか?」

『ノー。そのような事実は記録されておりません』


 唇を尖らせるレティと、ふいっと顔を背けるワダツミ。

 仲の良い姉妹のようで微笑ましい。


「それじゃあラクトたちにも話して、六人が集まれる日を調整するか。決まったら、ワダツミにも連絡すればいいのか?」

『オーケー。楽しみに待っています』


 そう締めくくり、今日の所はお開きの流れになった。

 ラクトたちにはその日のうちに連絡を回して、互いに予定を合わせる。

 とはいえ元々示し合わす事も無く大体のメンバーが揃っていたことの方が多い白鹿庵だ。

 さほど困ることもなく、すぐに日程は決まった。





「というわけで、〈白鹿庵〉別荘会議を始めたいと思う」


 場所はウェイドの〈新天地〉二号店。

 久しぶりに戻ってきて、なんだか懐かしい気持ちになる。

 ワダツミが新たに建設されたとはいえウェイドも変わらず賑やかで、〈新天地〉もその例外ではない。

 今も席の八割がたは埋まっており、店内ではミモレが忙しそうに歩き回っている。


「わーい、ぱちぱち。……いや、その前に色々聞きたいんだけど」


 綺麗なノリツッコミをしてくれたラクトが首を振って俺を見る。


「はいラクト。なんだ?」

「まずこの面々は何?」


 そう言って彼女はテーブルを囲む面々を見渡す。

 〈新天地〉の大部屋に集まったのは九人の姿。


「俺、レティ、ラクト、エイミー、トーカ、ミカゲ」

「うん。白鹿庵のメンバーだね」


 椅子に座ったまま、個室に揃った顔を順に見る。

 ちなみに白月はいつもの如く俺の足下で丸まり、サイズ的に入店できないしもふりは〈新天地〉の裏にある白鹿庵でお留守番だ。


「あとはカミル。結局建物の管理は彼女に任せるだろうし、居てくれた方がいいだろう?」

「アタシは別に、アンタたちが好きにすればいいと思うんだけど」


 呼ばれた本人は少し困惑気味で椅子にちょこんと座っている。

 ここに集まる前、白鹿庵で待っていてくれた彼女に長い間空けていたことを謝ったのだが、きょとんとした顔を返された。

 メイドロイド的にはあまり気にしていないらしい。


「ていうか、今はそれよりも……」


 カミルはちらちらと隣の席を見ながら声を小さくして呟く。


『フン。やはりウェイドがここにいるのは場違いですよ』

『ワダツミこそ。どうして私の管理区域に堂々と入っているのですか』

『ノー。最初にワタクシの管理区域に入ってきたのはウェイドではないですか』


 カミルの視線の先、口を開いた瞬間剣呑な雰囲気になる二人が座っている。

 一人は事前に出席を希望していたワダツミで、もう一人はいつの間にか居たウェイドである。

 ワダツミはともかく、ウェイドに関してはなんで居るのか俺にも分からん。

 それと、誰も突っ込まないがワダツミの首には“私は行き過ぎた行動をしました”と書かれたボードが掛けられている。

 本当になんなんだ……。


「なんでスサノオとワダツミの管理者がここにいるのよ!」


 声を潜め、口論に夢中な二人に気付かれないように俺を睨むカミル。

 よくよく考えれば、彼女からすれば上司もいいところの存在だ。

 これで落ち着けという方が酷だろう。


「あの、ワダツミは俺が呼んだからまだ分かるんだが。……ウェイドはなんでいるんだ?」

『愚妹が近頃、過干渉気味であることを憂いているのです。ただでさえ貴方と接するとコミュニケーションデータに予期せぬ不調が発生する可能性が高まるというのに、看過できません。

 ――先日は私たちに報告もなく、一日つきっきりだったようですしね』


 むぅ、と唇を尖らせ俺を見るウェイド。

 薄々察しては居たが、やはりワダツミが俺たちに関わってくる姿勢は多少行き過ぎな所があったらしい。


『今回はワダツミの監視役として同席します。私たちのことはただの置物と思っていただいて結構です』

「ええ……」


 ちらりとカミルの方を見る。

 そんなことできるか、と言わんばかりの顔に、思わず彼女の胃を案じてしまった。


『……カミルもあまり緊張する必要はありません。貴女の普段の働きは良く見ていますし、今回のことで私が何か干渉することもありません』

「は、はひっ」


 普段はツンツンと人に慣れない猫のようなカミルが、借りてきた猫のようだ。


「……とりあえず始めましょうか」


 いつまでも進展しない空気を、エイミーが声を上げて強引に打破する。

 こういう時彼女はとても頼りになる。


「そうだな。じゃあ、まずは前提になる土地の広さだが――」


 そうして多少の波乱はあったものの、会議はゆっくりと進み出した。


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Tips

◇『建築』

 〈木工〉スキルレベル40のテクニック。建材を組み合わせ、建物を作り上げる。スキルレベル、熟練度に応じて扱える建材の種類や数が増え、より高度な建造物を建築することができるようになる。


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