第259話「黒衣の呪術師」
ラクトの放った矢が空中で分裂を繰り返しながらレヴァーレンの首下に飛び掛かる。
しかし、それは硬い黒毛に阻まれ軽く身を揺らすだけでパラパラと落ちてしまった。
「ダメだね。距離が遠すぎて短弓の威力じゃ貫けない」
「もっと近づくしかないか……ッ!」
レヴァーレンが首を回す。
飛蜘蛛を動かしてそれを避け、できる限り接近する。
「この距離なら! ――『
極限まで弦を引き絞り、アーツの青い輝きを纏った矢を放つ。
短弓とは思えない速度をもって弾き出された矢は一直線にレヴァーレンの喉元を狙う。
「行きますっ!」
「私もっ!」
レティとトーカが甲板から飛び出す。
二人がレヴァーレンの黒毛に到達する直前、大気を揺るがす咆哮と共に巨体が揺れた。
ラクトの放った一矢が、怪物の喉元を貫いた。
「咬砕流、三の技――『轢キ裂ク腕』」
黒鉄が大蛇の胴を歪ませる。
質量の暴力が分厚い毛皮を貫通して肉を潰した。
「『刀装・青』、彩花流、壱之型――『桜吹雪』」
銀閃が花弁のように舞い広がる。
無数の剣戟がトーカの周囲に発生し、蛇の硬い毛を切り刻む。
「レッジさん、今のでどれくらい減りましたか!?」
レティの問いに、レヴァーレンの頭上へ視線を向ける。
そこに表示されていたのは――
「1ミリくらいだな」
「流石にタフですね……」
驚きはない。
これほどの図体なのだ、三人の攻撃が上手く決まっても彼にとってはかすり傷だろう。
「レッジ、来るわよ」
エイミーの声。
視線を前に戻すと、レヴァーレンの黒い首が飛蜘蛛へ迫っていた。
その巨体で俺たちをまるごと押しつぶそうとしているらしい。
「『
飛蜘蛛とレヴァーレンの間に、大きな盾が現れる。
天使の羽根のような紋様が刻まれた鉄壁がレヴァーレンのボディプレスから俺たちを守る。
さらに柔軟な動きで衝撃を受け止めた盾は、その勢いをレヴァーレンへと返した。
「『
大きく仰け反るレヴァーレンの下へエイミーが駆けていく。
空中に浮かべた小盾を踏み割りながら、機敏な動きで肉薄する。
「――『自壊し飛散し反射し増幅し続ける十二の鋭利な貫く針の飛散する三枚の小盾』」
三枚の盾が彼女の黒拳の前に現れる。
それを打ち砕き、強引にジャストガードを発動させると、破片が十二の針となってレヴァーレンの身体を貫く。
「流石にかなり削れるのう」
「あれはもう、結構な壊れ技よね」
暢気に観戦している職人たちのコメント通り、エイミーのアーツはレヴァーレンのHPを大きく削る。
「むぅ、エイミーばかり活躍してますね。レティだって!」
彼女の鮮やかな働きを目にして対抗心を燃やしたのはレティだった。
彼女は機械脚のサポートによる機敏な動きでレヴァーレンの首を駆け上り、頭頂へと移動する。
「くふふ、頭は大抵の生物の弱点ですからね。『猛攻の姿勢』『決死のいちげ」
「レティ!」
事前のバフを施し、大きく鎚を振り上げたレティ。
そんな彼女のもとへエイミーの鋭い声が届いたのと同時だった。
「きゃあっ!?」
黒い腕がレティの脇腹を殴り吹き飛ばす。
「レティ!」
慌てて飛蜘蛛を操作し、落下する彼女を甲板で受け止める。
「なん、ですか、あれ……」
気絶一歩手前までダメージを受けたレティが、息を掠れさせて言う。
「蛇かと思ったら毛虫だったみたいねぇ」
ネヴァが言う。
レヴァーレンは全身を覆う黒い毛をゆらゆらと自在に動かし、背に乗るトーカを落とそうと身をくねらせていた。
ただの体毛だと思っていたあれは、どうやら一本一本が蠢く触手だったらしい。
「うげぇ、気持ちわる……」
「ラクトはまだいいでしょう。レティたちはあれに近付かないと攻撃できないんですよ」
顔を真っ青にするラクトに、レティが反論する。
その間にもトーカは刀を振り回し、迫り来る無数の触手を切り刻んでいた。
「うちの斬撃属性はトーカだけなのが厄介ね。私たちは基本打撃だし……」
いつの間にか飛蜘蛛へ戻っていたエイミーも言う。
触手のそれ自体は簡単に切れる程度の強度しかないようだが、如何せん量が多く厄介だ。
しかしそれに対処できるのは刀を持ったトーカしか……。
「いや、俺もいけるな」
はたと気付いた俺はすぐさま空中に待機させていた〈狂戦士〉たちを出動させる。
かれらの回転翼は特別製のブレード付きだ。
「はっはっは! 草刈りだあ!」
三機の〈狂戦士〉を操作して、レヴァーレンの体毛を剃り取っていく。
バリカンでも使っているかのような、ちょっとした快感も覚える作業だ。
「触手が無いなら行けますよ!」
レヴァーレンの体毛の下は、蛇らしい青黒い鱗に覆われていた。
むしろ足場がしっかりしていて走りやすいと再度飛び移ったレティが背中を駆ける。
「『猛攻の姿勢』『修羅の構え』『決死の一撃』――」
飛蜘蛛に組み込まれた〈狙撃者〉からも援護射撃を行い、レティに攻撃が向かないようにアシストする。
黒鱗の上を跳ねるように駆けながら、彼女は幾つものバフを自分に掛け直す。
超重量の金槌を握りしめ、大きく跳躍する。
「咬砕流、四の技――」
両腕を大きく上げて、黒鉄の巨鎚を振りかぶる。
その影に気付いたレヴァーレンが金の双眸を向けるが、時はすでに遅すぎた。
「――『蹴リ墜トス鉄脚』ッ!」
極大の弾丸が真上から撃ち込まれた。
こちらにまで及ぶ衝撃波を放ち、レティの一撃がレヴァーレンの脳天を貫く。
頭に蹴りを入れられたかのようにその巨体が勢いよく地面へ沈む。
「行ってくるっ」
その瞬間、甲板に立っていたミカゲが走り出す。
糸を繰り出しレヴァーレンの大きく開いた口の中へと入っていく。
「ミカゲ!?」
「大丈夫ですよ」
疲れた顔のトーカが戻ってきて言う。
どうやら、彼がレヴァーレンの体内へ入るのは事前に決められていた作戦だったらしい。
「しかし、体内に入ってどうするつもりなんだ?」
「まあ見ていて下さい。……実は私たちも詳しいことは聞かされていないので」
「ええ……」
茶目っ気のある笑みを浮かべるトーカ。
レヴァーレンはレティの一撃によってダウンしたようで、ぐったりと動かない。
戦場に束の間の静穏が訪れた。
「今気付いたが、ここが崖下か?」
「そういえば。森……ですかね」
今頃になって周囲を見渡す余裕ができ、自分たちが細長く伸びる木々が密集した森の中にいることを認識する。
白い霧が広がり視界は明瞭としないが、随分と広そうな森だ。
この森のどこかに拠点を作製しなければならないのか。
「レッジさん!」
レティの声。
レヴァーレンの方を見ると、その巨体がビクビクと痙攣を始めていた。
「ミカゲは何をやってるんだ?」
「分かんないねぇ。一寸法師みたいに針でチクチクしてるんじゃない?」
「針はラクトの十八番だろうに」
そんなことを言っている間にもレヴァーレンの痙攣は酷くなる。
やがて痙攣ではなくもはや暴走と言った方が正しいほどに暴れだし、俺たちは遠巻きにそれを見つめる。
「でもレヴァーレンのHPは全然減ってねぇな」
クロウリが紫煙を吐き出しながら言う。
確かに大蛇のHPはレティの一撃以降殆ど減っていない。
むしろ強靱な生命力により少しずつ回復を始めている。
「やっぱり私たちも助太刀に行った方が――」
そうトーカが言い掛けた時だった。
突如、レヴァーレンの胴体が風船のように大きく膨れ上がる。
「『
咄嗟にエイミーが盾を展開し、飛蜘蛛と俺たちを守る。
七枚の盾が現れた次の瞬間、限界を迎えたレヴァーレンが破裂し、赤黒い雨が降り注ぐ。
「ミカゲは何をやったんだ!?」
「まだ続くみたいですよ……」
レヴァーレンを中心に、黒い五芒星が展開する。
ゆっくりと速度を上げながら回転するそれは二つに分かれ、大蛇を上下で挟み込む。
「なんじゃあれは」
タンガン=スキーたちもその現象が何を表しているのか分からないようで首を傾げる。
「今度は形代、ですかね?」
回転する二つの五芒星の周囲を、人型の紙札が取り囲む。
それは歩くように五芒星とは逆方向に回転しながら、白い身体を徐々に黒く染めていく。
「レッジ、レヴァーレンの傷口見える?」
「なんだ? ……なんだあれ?」
ラクトに促され、レヴァーレンの破裂した腹を見る。
よくよく目を凝らすと、彼の体内に無数の五寸釘が突き刺さっているのが見えた。
更に紙垂で飾られた縄が張り巡らされ、まるで何かの儀式が行われている場所のように飾られている。
「なにか、黒い靄が……」
のたうち回るレヴァーレンの体表から黒い靄がにじみ出す。
それは黒い五芒星に吸い込まれていき、禍々しい空気が広がっていく。
「『呪杖展開』」
突然、ミカゲの声が響く。
トーカによく似た透き通った声だ。
それと共に紙垂で飾られ無数の呪符で包まれた八本の杖がレヴァーレンを取り囲む。
「『呪杖結界』」
それぞれの杖を赤黒いラインが結ぶ。
形代はもはや黒々と染まりきり、五芒星は目で追えないほどの高速で回り続けている。
「『呪儀発動』――『黒雷衝』」
乾いた音。
それはミカゲが打った柏手だった。
瞬間、五芒星の中心から黒い稲妻が吹き出し、間に挟まれていたレヴァーレンを蹂躙する。
耳を劈く咆哮が響き、レヴァーレンのHPが大きく削れていく。
「『呪穿槍』」
形代が形を変える。
無数の人型がその胸部から細長い槍を突き出し、レヴァーレンを貫く。
「『呪縁伝炎』」
鏡が煌めき、業火が大蛇を包み込む。
以前“老鎧のヘルム”を焼いたものとは規模も色も何もかもが違っていた。
赤黒く禍々しい炎はレヴァーレンの巨体を覆い尽くし、その骨すら焼き尽くす。
「終わったな」
誰ともなく呟く。
レヴァーレンの命はもはや風前の灯火で、俺が頷くよりも早く燃え尽きた。
五芒星が消え、形代も塵となって風に紛れる。
杖は焼け焦げたように黒く染まり、力なくその場に落ちた。
「……お待たせ」
大蛇の腹の中から黒装束のミカゲが現れる。
いつもの忍者のような格好ではない。
全て黒で統一されているが、まるで陰陽師のような狩衣である。
いつもは覆面で隠されている顔も今は露わになっている。
トーカによく似た、少し幼い顔だ。
黒曜のような瞳をこちらに向けて、彼は少し安堵したように表情を和らげる。
「お疲れさん。色々凄かったな」
「うん。……頑張った」
言葉少なに彼は言い、飛蜘蛛の甲板で倒れ込むように座る。
見れば白い肌に樹状の黒い痣がびっしりと浮かび上がっていた。
「厄呪がかなり溜まってるな」
「うん。すこし、休む……」
ぐったりとしたまま頷き、ミカゲは目を閉じる。
「さて、俺たちはここからが仕事だぞ」
レティたちが休むなか、俺はネヴァたちに声を掛ける。
レヴァーレンは随分と解体し甲斐がありそうだ。
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Tips
◇貪食のレヴァーレン
〈奇竜の霧森〉に棲む異形の蛇に似た原生生物。全身を覆う太く硬い毛は自由に動き、獲物を捉える。その腹には細い脚が無数に並び、切り立った崖も登る事ができる。非常に食欲旺盛で、一日の大半を食事に費やしている。常に飢餓状態であり、動くものはなんであれ飲み込んでしまう。
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