第106話「孤高の職人」
「エイミーは新しい盾と防具一式、ラクトは短弓とローブ、ひまわりはドレスでいいのね」
テーブルの上で指を絡めたネヴァは三人の要望を纏める。
エイミーたちが頷くと、彼女はさっそく紙を広げペンを手に取った。
「じゃあエイミーから詳しく詰めていきましょうか。今着てるのはオックスシリーズだったよね? 今回はどんな素材にしようかしら」
尋ねられたエイミーは自分のインベントリを探り、表情を曇らせる。
「あまり良い素材は持ってないわね。この前のイベントの蟹でもいいかしら」
「うん。十分いいものが作れると思うわ」
ネヴァに太鼓判を押され、エイミーはほっと胸をなで下ろす。
そういうわけで彼女の新たな装備は蟹の甲殻を利用したものになった。
ちなみにエイミーは気付いていないようだったが、彼女はイベント最終日まで獅子奮迅の活躍をしていたし、所持している素材もそれなりにいいもののはずだ。
「盾は何か要望ある?」
「そうねぇ……。現状、特に不満はないわね。むしろ形が変わるとまた使いこなすまでに時間が掛かるから」
「おーけー。それなら鋼牙の双盾は強化する方向でいきましょうか」
「そうして貰えると助かるわ」
とんとん拍子で相談は終わり、ネヴァは紙に細かな字を書き込んでいく。
前準備はそれで終わったらしく、続いてラクトが傍に呼ばれた。
「ラクトは短弓とローブね……。短弓は強化する?」
「それが、完全に壊れちゃってて」
ラクトがテーブルの上に短弓を出す。
弦が切れ、体もぼっきりと折れている。
「あちゃ、これはちょっと修理も難しいわね」
「だよねぇ……。まあずっと使ってきてたからそろそろ寿命だったかな」
薄い空色にカラーリングされた短弓は、彼女が俺たちと出会った時から愛用していたものだ。
今までもこまめに修理に出しながら使い続けていたが、流石に色々な所に限界を感じていたようだ。
「じゃあ弓は新しく製造しなきゃね。サイズはこれと同じくらい?」
「うん。取り回しを重視して欲しいかな。基本的にはアーツの補助として使うから」
「なるほどなるほど……。じゃあちょっと試してみたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ネヴァの腕は信頼してるし、自由にやってよ」
何か企みごとがあるらしいネヴァが怪しく目を光らせる。
ラクトは彼女の提案に快く応じ、代わりに少し製作料金を割り引いて貰っていた。
「ふぅ……。レッジさんたちがネヴァさんと懇意なのは本当らしいですね」
そんな中、俺の隣の席でぴんと背筋を伸ばすひまわりはガチガチに緊張していた。
「そりゃまあ、大して仲良くない人の所にひまわり紹介する訳もないしな」
「そ、そうですか。しかしこれは……」
「ネヴァがそんなに有名人だったとはなぁ」
「生産スキル全種類を高いレベルで習得している本物の職人ですからね。生産広場時代からその存在は知られていて、付いた二つ名は〈生産広場のせいれ――」
「ほら、次はひまわりよ。こっちこっち」
ひまわりの少し熱の籠もった言葉は他ならぬネヴァによって遮られる。
くいくいと手招きする彼女に、ひまわりは慌ただしく立ち上がると傍まで駆け寄っていった。
「二つ名……?」
「ネヴァさんくらい腕の立つ方なら付いていても不思議ではないかもしれませんね。ダマスカス組合やプロメテウス工業みたいな生産者集団に属さない孤高の職人というのも、人気の理由らしいですよ」
「あはは、なんか照れるなぁ」
手持ち無沙汰なレティがひまわりの後を継ぎ、世間から見たネヴァの印象を語る。
するとテーブルの向こうに座るネヴァが、褐色の肌を赤くして首元に手を当てた。
「あわわ、すみません。ご本人の前で言うようなことじゃなかったですね」
「流石にもう慣れたけどねぇ。私が集団に属さないのは、足並み揃えるのが苦手だからなのよ。生産広場から貸し作業場へ移っていったのも、周りの目が多くて集中できなかったからだし」
「そうだったのか……」
あくまで明るい口調で言うが、それはなかなか精神的に負担だっただろう。
俺も注目されることを苦手とする人間だから、そこはよく分かった。
もしかしたら、彼女が大金をつぎ込んでこの家を購入したのもそんな理由なのかもしれない。
「す、すみません。軽率でした……」
ネヴァの話を聞き、彼女の傍らに座っていたひまわりはぎゅっと肩を小さくして震えていた。
「いやいや、ひまわりはちゃんと人並みに接してくれるからこっちも気が楽でいいのよ。私が苦手なのはもっと無遠慮で、人のテリトリーに土足で踏み込んでくる人」
「そんな人もいるのか……」
「まあね。そういう人もいるってことはよく分かってたし、対処も慣れてるからいいんだけどね」
いつも明るい彼女だから、そんなことは全く考えていなかった。
しかし不特定多数のプレイヤーが一堂に会するこのゲームなのだから、そのようなことがあっても不思議ではないのだ。
「レッジたちは良い友達だと思ってるし、上客だからね。これからも遠慮無く頼ってちょーだい」
少し重くなった空気を払拭するように、ネヴァが声を弾ませて言う。
「それで、ひまわりは新しいドレスだったよね」
「はい。色やデザインはこれを踏まえてほしいのです」
「ふふ、りょーかい。……いやぁ、なんだか新鮮だなぁ」
ネヴァは紙にペンを走らせながら楽しそうに笑みを深める。
「裁縫系の生産はあんまりやってなかったの?」
「そうでもないわよ。服はお洒落の自由度が高いから。でもドレスって普段着るばっかりで作ることはないから……あっ」
エイミーに尋ねられ、手を動かしながら答えていたネヴァははっと口を塞ぐ。
「ネヴァってお嬢様……?」
ラクトが怪訝な目を向けてると、彼女は油の乾いたブリキの人形のような動きで顔を逸らす。
「あ、あはは。いやあ、そういうわけじゃないんだけどね。あ、ひまわり、こんなのでどうかな?」
「と、とてもいいとおもいます!」
「そかそか! じゃあ私は作業に入るから、皆様ごゆっくり!」
そう言うとネヴァは風のように去って行く。
すぐに階下からは作業を進める音が響きだした。
「ううん、ちょっと無遠慮だったかな」
「リアルに言及するのはダメだったわね」
ラクトとエイミーは反省した様子で俯く。
「でも、ドレスって結構頻繁に着ませんか?」
そこへ一人だけきょとんとした顔のレティが首を傾げる。
俺たちが不思議そうな顔で彼女の方を向くと、少したじろいで言葉を続けた。
「ほら、夜会に出たりとか晩ごはん食べに行くときとか、結構必要ですよね」
「ううーん……」
「レティってそっち側だったのかぁ」
至極当然といった様子で言うレティに、エイミーとラクトが目を細くする。
俺もなんとなく育ちが良い子だとは思っていたが、まさかそんな生活を送る家庭だったとは、少々予想外だった。
「レティ、とりあえずリアルの話はあまりしない方がいいぞ」
「それもそうですね。失礼しました」
多分俺たちとは少し方向性の違う所で納得し、レティは口を閉じる。
オンラインゲームっていうのは、色々な人間がいるもんだなぁ。
「うん? どうした」
どっかりと椅子に沈み込んでいると、テーブルの下で丸まっていた白月が膝の上に頭を乗せてきた。
何かを求めるような目を向けてくるが、何が欲しいのかよく分からない。
「どうかしたんですか?」
「なんか白月がな。どうしたんだろう」
「お腹でも空いてるんじゃないの?」
背後にやってきたラクトが俺の肩越しに白月をのぞき込みながら言う。
そう言えば今の今まで何も食べていないな。
「腹減ってるのか?」
そう尋ねてみると、白月は頷くかわりにペロペロと俺の手を舐めてきた。
「しかし、食べられそうなもんは何にも持ってないぞ」
困った俺は眉を寄せ、インベントリを探る。
しかし白月が食べられそうなものはなにもない。
「多分草食だよな? 餌になりそうなのは……ナメクジの肉くらい痛てッ!」
白月が角で横腹を突いてきて飛び上がる。
どうやらナメクジの肉はお気に召さないらしい。
「ナッツでよければありますよ」
そこへひまわりが小さな袋を手に乗せて差し出してきた。
袋の中には数種類のナッツが詰められている。
「いいのか?」
「はい。単独行動中に食べているおやつです。それほど高いものでもないので」
「ありがとう。じゃあ遠慮無く」
袋を受け取り、中身を手のひらに出して白月の前に出す。
彼は数度匂いを嗅いだあと、ぱくぱくと美味しそうに平らげてしまった。
「おー、かわいいですね。レティもあげてみたいです!」
「白月もまだ食べ足りなさそうだしな。ほら」
レティの手のひらにナッツを落としてやると、彼女は嬉しそうに白月に差し出した。
湿った舌で舐められるとくすぐったく、彼女は可愛らしく笑っていた。
「レッジ、レッジ」
「はいはい」
ラクトもやってきて両手を差し出す。
「……」
「エイミーもか」
更にはエイミー、結局ひまわりまでやって来て手を差し出す。
気分はさながら、動物ふれあい広場の飼育員にでもなったようだ。
「流石に腹一杯になったか」
四人の手からナッツを食べた白月は満足そうにあくびをして再度床に転がる。
しかしよく寝るやつだ。
白い毛並みを撫でてやると、すぐに目を閉じて気持ちよさそうに鼻を鳴らし始める。
そうして白月が寝入ったのとちょうど同じくらいに、ネヴァが軽やかな足取りで戻ってきた。
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Tips
◇ミックスナッツ
三種類のナッツを軽く炒ったシンプルなおやつ。一袋10ビットでお求めやすい。十袋まとめて買うと一袋おまけで付いてくる。中に銀のコインが入っていれば大当たり。もう一袋と交換できる。
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