第104話「白き月の下で輝く双角」

 断続的な揺れを感じながら、窓枠に肘をついて流れ去る景色を眺める。

 〈水蛇の湖沼〉まで戻ることのできた俺たちはそのままヤタガラスに乗り込んで、一息にスサノオを目指していた。


「あの、レッジさん」

「どうした?」


 湖沼を抜け森に差し掛かった時、隣に座るレティが遠慮がちに声を掛けてきた。


「なんでこの子付いてきてるんですか?」

「……分からん」


 彼女の視線の先には、足を折って床に座り込む白い牡鹿が一頭。

 カナヘビ隊の忍者達がちらちらと視線を向ける中でもこくりこくりとうたた寝をしている。

 〈鎧魚の瀑布〉で出会った白鹿は、下層から上層への案内でとても助けて貰った。

 しかし彼はそれだけでは終わらず、こうしてヤタガラスの中にまで付いてきていた。


「お前、瀑布に帰らなくて良かったの?」


 エイミーが優しく角の間を撫でながら声を掛けるも、白鹿はちらりと彼女を一瞥してまたすぐ目を閉じる。


「ひまわり、これどういうことか分かるか?」


 ここは有識者に頼ろうと通路を挟んで隣の席に座っていたひまわりに声を掛ける。

 彼女は困ったように眉を寄せて首を左右に振った。


「こんな話は聞いたことがありませんね。そもそも、原生生物はスサノオのポータル付近には立ち入れないと思うのです」

「じゃあこの子は普通の原生生物じゃないんだろうね」


 ラクトがそういうと、白鹿は肯定するかのように短い尻尾をゆるく振った。


「町中まで連れて行っていいもんなのかね」

「ここまで来てしまったらもう手遅れなのでは」


 レティの言うことももっともだ。

 しかしこれは……、


「絶対目立つよなぁ」

「ま、目立ちますよね」

「目立つねぇ」

「目立つわね」


 異口同音に頷かれ、がっくりと頭を下げる。

 状況的にこいつが俺に付いてきていることは分かっている。

 だからなのかレティたちはどこか軽い口調だ。


「どうすりゃいいんだか」

「ならばまずは、成すべき事を成しましょうぞ」


 途方に暮れてぼやいていると、突然背後の席から軽率な声が降ってくる。

 振り返れば背もたれの向こうから見下ろす黒い覆面。


「なんだよ、成すべき事って」


 隙間から目だけを出してニコニコと笑うムビトを見返す。

 すると彼の隣から覆面を脱いだしまがぴょこんと飛び出して言った。


「そりゃあもちろん、名付けでしょ!」

「名付け?」


 うんうんと頷くムビトと背後の忍者たち。

 まあ、たしかにいつまでもお前やらこいつやらと代名詞で呼ぶのもおかしいかもしれないが……。


「俺にネーミングセンスはないぞ」

「じゃあレティが付けてあげましょうか? えーっと、ほ、ホワイトディアー、とか」

「直訳じゃねぇか」


 威勢良く手を上げて言うレティの額に手刀を落とす。

 とりあえず、彼女に任せるという選択肢は消えた。


「ふっ、ここはわたしの出番みたいだね。永久に白き幻想の鹿――エターナル・ブリザードはどうだい?」

「却下」

「どうして……」


 今日いちばんのどや顔を決めるラクトの案も一蹴。

 流れでエイミーに視線を向けると、彼女は困惑した様子で頬を赤くした。


「えっ、わ、私も? えっとえっと……深雪ちゃん、とか」

「とりあえず牡鹿だと思うんだが」

「うう……」


 いやまあ最近だと名前から性別も判断できなくなってきてるし、何より今までで一番いいが。


「ひまわりは?」

「わたしも参加していいのです!?」

「ああ、もちろんだ」


 一人だけ逃げるなんて許さん。


「じゃあモミジとか」

「食べるのかよ」


 白鹿が目を開いてちらりとひまわりの方を見る。

 彼女は冗談ですよ、と手を振った。


「じゃあバンビ!」

「それはいろいろダメじゃないか?」


 しまが元気に言うがちょっと拙い気がする。


「名は体を表すといいますし、マシロは如何か」

「なんか今までのを聞いてるとマシだなぁ」


 ムビトは案外、あれで常識はあるタイプらしいな。

 その後ムビトに続いて忍者たちもそれぞれに考えた名前を口にするが、そのどれもがしっくりこない。

 ていうか、妙に車内が静かだと思ったらカナヘビ隊の奴ら白鹿の名前を考えていたのか。


「深雪かマシロ、どっちがいいかね」


 腕を組んで頭を捻る。

 あの中から選ぶなら、そのうちのどちらかが妥当だろう。

 そう思って悩んでいると、きょとんとした顔でレティが覗き込んできた。


「あの、なんでレッジさんが考えないんですか」

「えっ」

「そうだよ。レッジが飼い主でしょ」

「いや、そんなつもりは――」

「連れて帰るなら責任持たないとねー」

「ええ……」


 矢継ぎ早にそう言われて、思わずたじろぐ。

 俺じゃなく向こうの意思で付いてこられたんだが。

 ふと白鹿の方を見ると、黒い瞳と目が合う。


「……はぁ」


 観念して思考を切り替える。

 一番ダサくなっても後悔するなよ。


「白い毛並み、水晶の角、黒い瞳」


 なにかヒントになりそうなものがないかと白鹿の身体を眺める。

 しかしいくら考えても安直な名前しか思い浮かばない。

 自分の語彙力のなさに少し呆れる。


「…………白月」


 ピクリと白鹿の耳が跳ねた。

 思い出したのは、暗闇の中で俺を誘った彼の後ろ姿。

 薄くぼんやりと月明かりを反射して浮き上がる白い毛並みと透き通った角だった。


「どうだ?」


 手を伸ばすと白鹿は立ち上がり、そこへ顎を乗せてきた。

 顎下を優しく掻きながらもう片方の手で撫でる。


「じゃあ、今からお前は白月だ」


『パートナーが登録されました。』

『ミストホーンに個体名〈白月〉を登録しました。』


「おおっ」


 突然現れたポップアップに仰け反る。

 どうやらこいつの種族名はミストホーンと言うらしい。

 そして、名前を付けたことで正式に俺と契約を交わしたということか。


「ぱぱぱ、パートナ-! レティを差し置いて……」

「どうかしたか?」

「なんでもないです!」


 突然狼狽するレティに首を傾げ、白月に視線を戻す。

 彼はまっすぐに俺を見ていた。


「まあ、そういうわけだ。これからよろしく頼むよ」


 言葉が理解される保証は無かったが、根拠のない確信があった。

 黒い瞳には知性が宿っているようにみえる。

 白月は頷くように首を揺らし、俺の手に鼻先を擦りつけてきた。


「レッジ、そろそろスサノオだよ」


 そうしているうちに列車は町中へと入り、地下のホームに停車する。

 軽率に列車から降りてしまった俺は、当然のように続く白月を周囲のプレイヤーに見られてしまい、ホームは一時騒然となったのだった。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

聞いた?


◇ななしの調査隊員

聞いた聞いた


◇ななしの調査隊員

新フィールドのエネミー、捕まえられたのかぁ


◇ななしの調査隊員

俺あのときホームにいたぜ。白鹿すっげえかっこよかった・・・


◇ななしの調査隊員

もう攻略班がほかのフィールドに行ってるな

アストラは断崖で白い鷹捕まえたってよ


◇ななしの調査隊員

さすが大鷲の騎士団ですわ


◇ななしの調査隊員

でもあれ聞いた話じゃペットじゃないらしいんだよな


◇ななしの調査隊員

そうなの?


◇ななしの調査隊員

表記上はパートナーらしい


◇ななしの調査隊員

はあ、よく分からんな


◇ななしの調査隊員

俺、色っぺえ白虎とパートナーになりたいんだが


◇ななしの調査隊員

なれる条件よく分かんないよな。任務報酬でもなさそうだし。


◇ななしの調査隊員

鹿のおじさんがブログで書いてるぞ


◇ななしの調査隊員

鹿のおじさんって例のおじさんなのかよ


◇ななしの調査隊員

あの列車、百足衆も乗ってたみたいだし割とやばいな・・・


◇ななしの調査隊員

おっさんのブログのトップ記事ほんと詐欺だろ


◇ななしの調査隊員

一般人とは


◇ななしの調査隊員

瀑布のハイジャンプ見付けたのもおじさんなんだろ?


◇ななしの調査隊員

本人はパーティーメンバーが見付けたって言ってるけど


◇ななしの調査隊員

どうちがうのか


◇ななしの調査隊員

しかしあの鹿かっこよかったな


◇ななしの調査隊員


◇ななしの調査隊員

↑↑


◇ななしの調査隊員

そういうことじゃない

俺もペットほしいわ


◇ななしの調査隊員

リアルだとペット不可だからなぁ


◇ななしの調査隊員

亀はいいぞぉ


◇ななしの調査隊員

熱帯魚はいいぞぉ


◇ななしの調査隊員

猫はいいぞぉ


◇ななしの調査隊員

俺は虚無飼ってる


_/_/_/_/_/


_/_/_/_/_/

Tips

◇隠密の黒装束

 とある集団が愛用する、全身を包む黒装束。足音を殺し衣擦り音を立てない特殊な布地で作られており、中に板金を縫い込むことで防御力も確保されている。胸元には百足を模した紋章マークが刺繍されている。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る