第766話 十字軍東征

 琵琶湖周辺で遊ぶ山城真田家であるが、彼らに魔手が近づいていた。

ったぞ」

「あのカステッロだな」

 彼らは保守派が送った暗殺団だ。

 商人に成りすました西洋人たちは、坂本城の真後ろの比叡山で天幕テントを張る。

 もう少し接近して見たいが、外国人が大挙すれば否が応でも目立つ。

 また、偏執病パラノイアの気がある大河は、必ず防諜機関を多数配置させているのが予想出来る。

 動く前に一網打尽されるのは、二流だ。

 彼らの上の保守派は、宣教師をアジアやアフリカなどに送り込み、その土地の文化を否定し、その民族の自己同一性アイデンティティーを奪い、侵略の片棒を担う集団であった。

 暗殺団———『十字軍』もキリスト教徒であり、保守派が描くを目指している。

 十字軍を率いるのは、フランス人旧教カトリック教徒のバルタザール・ジェラール。

 史実では、オラニエ(現・仏領)公で80年戦争(1568~1609、1621~1648)の中心的人物、ウィレム1世(1533~1584)を射殺した暗殺者だ。

 50人もの暗殺団は、皆、山伏の恰好をしていた。

 これなら見付かっても場所が山だけに、問題視されない。

 彼らは、真っ赤な天狗のお面を装着する。

 天狗を選んだのは、事前に日ノ本に天狗信仰があることを調べたからだ。

(これに化けたら日本人は、グノンおそおののく。何せ蛮人ばんじんだからな)

 旧教を信仰しない者は全員、蛮人。

 それが彼らの考え方だ。

隊長カピターノ攻撃アタックは何時にします?」

「夜だ。噂じゃ、グノン将軍ジェネラルは、大抵、その時間帯お盛んらしい」

「なるほど」

かわや

・食事

・入浴

・睡眠

 など、人間はリラックスしている時間帯があるが、そんな中で1番油断しやすいのが、愛し合っている頃だろう。

 生まれたままの姿であり、武器を持っていない。

 暗殺者にとって、反撃を心配する必要が無い1番好都合な瞬間である。

 だがしかし。

 彼らは、分かっていなかった。

 天幕を張ったこの山が、聖域であることを。


 現在の滋賀県大津市西部と京都府京都市北東部にまたがる比叡山は、『古事記』に、

淡海おうみ日枝ひえの山』

 と記され、古くから山岳信仰の対象だ(*1)。

 実際、日吉大社が崇神天皇7(前91)年まで比叡山山頂に在った(*2)。

 延暦7(788)年には、天台宗の開祖である伝教大師でんぎょうだいしこと最澄(766/767~822)が延暦寺を開山かいざん

 その後、延暦寺は天台宗の総本山として、信者の信仰を集めている。

 そんな神聖な山の空中には、無人航空機ドローンが飛んでいた。

『……』

 下部に備え付けられたカメラは、山伏の集団を捕捉ほそくする。

 監視室でそれを見ていた僧侶は、すぐに天台座主てんだいざす(=比叡山延暦寺の住職)に報告しに行く。

無法者むほうものが確認出来ました」

「全く聖なる山を汚す者め……恥を知れ」

 千手観音せんじゅかんのんに向かって、手を合わせていた天台座主は、呆れるのであった。


 比叡山焼き討ち(1571年)などの歴史から、延暦寺と織田家の関係は非常に悪かったのだが、山城真田家が事実上の権力者になって以降、両者は雪解けの状態にある。

 大河が信教の自由を保障したことにより、延暦寺の宗教活動は法的に認められた。

 荒廃した延暦寺にとってそれは良いことなのであったが、ことはそうは上手くいかない。

 平和になったことで比叡山が注目され、観光客が増加。

 その結果、登山者や観光客の無礼が目立ち、ゴミの放置や犯罪が多発したのだ。

 当然、静かに修行したい僧侶たちはそれを問題視するも、武装解除されている為、自衛出来ない。

 そこで天台座主が頼ったのが、大河だ。

 大河も無礼により山が汚されるのは本意ではない為、延暦寺と協調関係を採る。

 そして、比叡山上空を無人機が飛び、無法者を監視することになった。

 聖域に無人機が入るのは延暦寺側も難色を示すものの、それ以上に無法者の悪行が頭痛の種だった為、結局、譲歩した訳である。

 延暦寺からの情報提供を、山城真田家の侍女たちは精査せいさする。

「小太郎、山伏の入山名簿見せて」

「鶫、これだよ。この3日間誰も入っていない」

「じゃあ、偽装か」

 楠の言葉に2人は頷いた。

背丈せたけからすると、日本人じゃなそうね」

「楠もそう思う?」

「私も」

 3人の意見が、一致した。

 楠は続ける。

「すいす衛兵から最近、怪しい集団50人が神戸港から来日したらしいよ」

 小太郎が尋ねた。

「何が怪しいの?」

「何でも、商人を名乗っている癖に商人の知識や商品が何一つ無かったのよ」

「入国管理局はよく通したわね?」

「外交官旅券持っていたからね。今思えば偽装だったかもしれないけれど」

 外交官は国際法で守られている為、幾ら入国管理局が怪しんでも、その行動を制限することは出来ない。

「取り敢えず、迎撃よ」

「そうね」

「うん」

 小太郎の指示に2人は、深く首肯するのであった。


[参考文献・出典]

*1:日本史用語研究会 『必携日本史用語』(四訂版)実教出版 (原著2009-2-2)

*2:滋賀県神社庁

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