第765話 言笑自若

 万和6(1581)年8月12日。

 千姫、元康と再会した大河は、その日の昼、三皇さんこうと過ごす。

「真田、これ美味しいね?」

「そうだね」

 朝顔は大河の膝の上で、かき氷を食す。

 ブルーハワイ味のそれが、彼女の好みだ。

 左側のヨハンナは、ラムネ。

 右側のラナはスイカをそれぞれ楽しんでいる。

 三皇ではないが、マリアも従者として加わっており、大河の背後で玉蜀黍とうもろこしかじり付いていた。

 場所は、琵琶湖の浜辺。

 今日も、女性陣の多くは遊泳を楽しんでいる。

 お盆を過ぎたら海月くらげが出てくる為、それまでは思う存分、遊ぶつもりなのだ。

 ヨハンナは、珠が意匠計画デザインしたサングラスを下げる。

「貴方、千が早めに来たから、予定は早めるの?」

「それも良いけど、無理に早めたら、向こうの準備もかすことになるから、現状維持で良いと思うよ」

「分かったわ」

 予定では、坂本城周辺で過ごした後、浅井氏の菩提寺・徳勝寺に参拝し、旧小谷城で遊ぶことになっている。

 徳勝寺ではお盆と重なる為、檀家や参拝客と鉢合わせし、混乱する可能性がある為、事前に寺側と交渉し、参拝の時の人払いが行われる。

 その為、予定を早めていけば、折角の人払いが無駄になり、また調整しなければならない。

 そうなったら、寺や周辺住民から顰蹙ひんしゅくを買いかねない。

 あくまでも「お邪魔する」立場にある山城真田家としては、無暗むやみに敵を作りたくないのが本心だ。

 権力を笠に着ないその態度に朝顔は、満足する。

(流石、私の夫ね♡)

 手を伸ばし、その頭を撫でる。

「よしよし♡」

「真田は陛下の子犬ね?」

 軽口を叩くラナだが、彼女も大河のその姿勢は評価している。

 権力者が傍若無人ぼうじゃくぶじんならば、人心じんしんは離れていく。

 最悪、ローマ皇帝のネロ(37~68)のような最期を遂げてもおかしくは無い。

「子犬より番犬っぽいですが」

 背後からマリアが抱き着いた。

「子犬は1匹だけで良いので」

「あら、嫉妬?」

「はい」

 ヨハンナの質問にマリアは、笑顔で頷く。

 長年、従者としてヨハンナに可愛がってもらっている為、そのポジションを奪われる危機感を覚えたようだ。

「マリア、嫉妬は七つの大罪の一つよ」

おそれながら聖下せいか、私たちは色欲にふけっている為、今更いまさらなのではないでしょうか?」

「……そうかもね」

 苦笑いしつつ、ヨハンナはマリアを抱き寄せた。

「大丈夫。私の子犬は貴女だけよ?」

「はい、聖下♡」

 非常に百合百合とした空気だ。

「(ラナ、あれなんだ?)」

「(知らないの? 2人、出来てるのよ)」

「(マジ?)」

「(真田が他の妻と寝ている時に、寂しくなってそのままあの感じ)」

「(おいおい、大丈夫なのか?)」

 旧教カトリックでは、同性愛は禁じられている。

 しかし、同性愛者の権利が高まってきた現在は擁護する声もあり、新教プロテスタントの方では同性愛者の牧師が誕生している。

「(あー、その辺は大丈夫よ。聖下のはもう新興宗教みたいなもんだし)」

 旧教では神父が原則結婚出来ないことになっている。

 その頂点である教皇は勿論、独身者だ。

 教皇を退いたヨハンナには、その規則に縛られることはないのだが、一夫一妻制ではなく、一夫多妻の家に嫁いだのは、禁欲を重んじる旧教では受け入れがたいだろう。

 その為、保守派の間では、ヨハンナの評判が酷く悪い。

 京都で教会を作り、説法を行っても尚、保守派から悪評が立っているほどだ。

 2人の密談に、ヨハンナは苦笑い。

「私のは、

・同性愛

・結婚

 を認めた新しい宗派よ」

「……まぁ、新しいな」

 旧教にも関わらず、これほど革新的なのは、確かに新しい宗派に分類した方が良いだろう。

 もっとも、新教プロテスタントだが、スウェーデンの福音ルーテル教会は、同性婚も結婚も認めている(*1)。

 異世界であるが、ヨハンナは時代を先取りした、とも言えるだろう。

 但し、宗派の中でもこの件は見解が異なる為、絶対に認めない宗派も存在する。

「もういっそのこと、新教に帰正きせいしたらどうだ? 旧教とは程遠いし」

「そうね。そうした方が良いかも」

 ヨハンナのこの選択が、後に彼女の首を絞めることになるとはこの時、誰も思いもしなかった。


[参考文献・出典]

*1:毎日新聞 2010年8月19日

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