第723話 朝歌夜絃

 猿夜叉丸、心愛が寝静まった後、大河は2人を布団に移動させた後、呼吸するかの如く、お市と三姉妹を抱く。

「「「「はぁ♡ はぁ♡」」」」

 折り重なるように倒れ、呼吸が荒い4人の額に次々と接吻していく。

「今日はそこでゆっくりお休み」

「……分かったわ♡」

「分かりました♡」

「はい♡」

「じゃあね♡ 兄者♡」

 満足した4人は力なく手を振る。

 膃肭臍オットセイと比喩される大河の性欲だが、それは例えではない。

 諸悪の根源は、エリーゼと橋姫である。

 2人は大河が下半身に正直な所を利用し、媚薬を大量生産し、更にその性欲を増進させているのだ。

 当然、薬は適量を超えると過剰摂取オーバードーズになる可能性が高くなり、その結果、死に至ることも考えられるのだが、そこは、橋姫の微調整で何とかなっている。

 大河が一度に4人も抱いて平然としていられるのは、この媚薬の効果によるものが大きかった。

 流石にこれ以上、たのしむと折角の休暇の時間が削られていく為、有り余る性欲は自制し、大河は夜風に当たってその火照ほてった体を冷やす。

 天守から望む都内はまさに絶景で、真夜中にも関わらず、亀岡や宇治まで見える。

(成功者の証、か)

 慢心まんしん、という訳ではないが、この絶景は誰もが観れる訳ではない。

 6年前、時間旅行タイムスリップした時、無一文の流浪人るろうにであったことを考えると、天と地ほど違う環境だ。

 手摺てすりに肘を置く。

 と、

「「あ……」」

「……何してんだ?」 

 手摺にしがみついていた小太郎と鶫を発見した。

「……あの」

「その……」

「覗き見か? 不逞ふていだなぁ」

 大河は手摺の隙間から手を伸ばし、2人を抱き寄せる。

「んで、何してた?」

「……主が寝静まった所を見計らって」

「夜這いをかけようと……」

「……はぁ」

 愛妾あいしょうの企みに大河からは、溜息しか出ない。

「今日はもうしないよ」

「「え~」」

「文句言うなら逢引無し」

「「ありません」」

 一卵性双生児のような斉唱ユニゾンで2人は反応すると、左右から大河の腕をホールド。

 逢引逃すまじ、という姿勢が強い。

「四条河原町でお買い物されたんですよね?」

「私たちも行きたいです♡」

「分かったよ」

 大河は、2人を抱き寄せる。

 そして、天守を降りるのであった。


 夜の四条河原町は、昼間とは別の世界だ。

 現在の河原町駅の場所から1㎞圏内に在る、宮川筋2~6丁目が花街であることから、それ目当ての人々が主な客層になる。

「夜のここは、初めて来たな」

「意外ですね? 主、私もです」

「若殿、私もです」

 昼間、賑わっていた商業施設は軒並み閉まっており、代わりに開業しているのは居酒屋や酒場バー(例:焼酎バー、文壇バー、ガールズバー、シングルスバーなど)だ。

「どこか入る?」

「主、酒嫌いなのでは?」

「飲まんけど2人が飲むなら付き合うよ」

「「……」」

 2人は目配せすると、

「……では、こちらへ」

「若殿にも楽しんでもらいましょう」

 大河をとある店の前まで来た。

 店名は『みやび』。

 夜の店っぽい名前だ。

「ここは?」

「私が経営している店ですよ」

 鶫が顎で示すと、外に居た女性店員が会釈し、近寄ってくる。

 条例に抵触しない慎重な客引きだ。

「女将、お疲れ様です」

「ご苦労。若殿をお連れしたよ」

「では、こちらへ」

 店員が裏口から大河たちを入れる。

 表ではなく裏からなのは、VIP待遇と言えるだろう。

 店内はシャンデリアが飾られ、ミラーボールが妖艶にきらめき、バニーガールやメイドが跋扈ばっこしていた。

 ここは、店員が10代後半から20代前半で構成されているガールズバーだ。

 給仕も女性と男性色が一切無い。

「……ん?」

 大河は違和感に気づいた。

「……男性の客、居ないんだな?」

「そうですね。ここはト一八一といちハはいちや両性愛者の方が集まる店なので」

 ト一八一とは、女性の同性愛を表した言葉だ(*1)。

 その初出は定かではないが、大奥や遊郭で隠語として使用されていたようなので、少なくとも江戸時代には存在していたことが分かっている。

「男性は入れない?」

「店が認めた場合に限り、入れます」

「店に選ぶ権利があるんだな?」

 鶫は笑顔で答える。

「来て頂くのはありがたいのですが、店の規則には基本的に従って頂かないと、無法地帯になりますので」

 酒がからむ場所の為、泥酔者が暴れないようにする為の対策だろう。

「なるほどな」

 大きな部屋に通され、その椅子に大河は座らされる。

 左右には鶫、小太郎が着席。

「失礼します」

 店長が直々に来て、大河の前に飲み物を置く。

「これは?」

「当店自慢の炭酸飲料です」

「ありがとう」

 一礼後、店長は去っていく。

 続いて来たのは、バニーガールだ。

 大河の目の前で腰を振ったりするなど、妖艶な踊りを披露する。

「若殿、如何いかがです?」

「良きかな

 大満足の大河に鶫は、笑顔でしな垂れかかる。

 小太郎もバニーガールに着替えて踊り狂う。

 後日、「ガールズバーに近衛大将が来て非常に楽しんでいた」という噂が広まり、それを聞いた謙信と茶々、お初が大河に制裁を加えたことはいうまでもない。


[参考文献・出典]

*1:精選版日本国語大辞典

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