第682話 貯古齢糖

 万和6(1581)年4月30日。

 この日、大河は前田家三姉妹と過ごしていた。

「「「♡」」」

 膝の3人は美味しそうに和菓子を頬張っている。

 今日は、春の嵐と言うのだろうか。

 朝から暴風雨で学校は休校。

 従って、学生は全員、京都新城に居る形だ。

 1時間に100mmもの雨が降っているが、子供たちは平日の休みにテンションが高い。

「にぃにぃ、雨降ると、頭痛くなる?」

「あー……無いね。豪は頭痛がするの?」

「ちょっち」

 降雨時に頭痛などがするのは、典型的な気象病の症状だろう。

「だろう」というのは、最終的な診断は医者にしか下せない為、推測しか出来ないのだ。

「じゃあ休む?」

「いい。にぃにぃといたい♡」

 大河に後頭部をすりすり。

「う~ん。でも心配だから、一応休み。俺の部屋で寝る?」

「! いいの?」

 大河の部屋は、基本的に接客用に和菓子や洋菓子などが常備されている。

 甘い物が好きな豪姫には、天国のような場所だ。

「いいけどお菓子は完治後ね? 体調不良で食べちゃ駄目だよ」

「は~い♡」

 前田家では、考えられないくらい甘々な暮らしぶりである。

 豪姫などが他家に嫁ぐより、ここに居心地の良さを感じるのは、仕方のないことだろう。

(最近、真田様の御寵愛ごちょうあいが豪に向けられている……家にとっては、嬉しいけれど……ないがしろにされるのは、気分が悪いわ)

 摩阿姫の中で沸々ふつふつと嫉妬心が芽生える。

 睨んでいると、

「姉上?」

 豪姫が視線に気付き、首を傾げる。

「お腹痛い?」

「……違うよ」

「でも―――」

「豪、じゃあ、行こうか?」

「うん!」

 頭を撫でられ、豪姫は笑顔で頷く。

「さなださま~。わたしもいい?」

「良いよ。与免もおいで」

「やった~♡」

 お菓子目当てなのは明白なのだが、断る理由が無い。

 大河は3人を床に下すと、摩阿姫が手首を掴んだ。

「ん?」

「私を蔑ろにしないで下さいます?」

「してないよ。いつだって優先だよ」

「では、抱っこして下さい」

「……それでいいの?」

「長姉として当たり前のことです」

 長姉は幸姫なのだが、彼女は山城真田家に就職し、本家から離れている為、事実上の長姉は摩阿姫になるだろう。

「……分かったよ」

 摩阿姫を抱っこすると、

「「……」」

 豪姫、与免の視線が鋭くなる。

 一難去ってまた一難。

 2人の殺気に満ちた視線が厳しい。

「「ん」」

 2人は同時に手を伸ばした。

「豪も与免も?」

「平等」

「びょーどー」

 を優先すれば、次女や末妹まつまいが嫉妬する。

 以前の浅井家三姉妹を彷彿とさせるだろう。

「分かったよ」

 再び跪き、2人も抱っこする。

「「♡」

 2人の機嫌は急速に直り、逆に摩阿姫は眉を顰めるのであった。


 部屋に行くと、休みなので、

・浅井家三姉妹

・ヨハンナ

・マリア

・ラナ

・ナチュラ

・上杉謙信

・松姫

・甲斐姫

・綾午前

 の11人が既に居た。

 その多くがお菓子を摘まみ、女子会を楽しんでいる。

「あ! 兄者!」

 逸早いちはやく気付いたお江が大きく手を振った。

 大河は微笑んで3人を抱っこしたままその隣に座る。

「お江、それは?」

「宿題。でももう終わったよ」

 感想文を仕舞うと、大河に寄りかかる。

義姉上あねうえ、本日もお日柄が良く―――」

「そうね」

 素っ気なく返事しつつ、お江は大河と接吻する。

 まるで見せ付ける様に。

 自分は成長した分、大河に気軽に抱っこされる機会が減少傾向である為に摩阿姫に嫉妬しているようだ。

「うー」

「豪、唸る前に休み。じゃないとお菓子は食べれないよ?」

「うー……わかった」

 渋々、頷くと豪姫は下りて、寝室に行く。

 与免もさっさとお菓子に夢中だ。

 唯一、摩阿姫は下りない。

 お江に見せ付けるように、大河に頬ずり。

「義姉上さま、もう宿題は無いんですか?」

「!」

 明らかな煽りにお江の目がカッと開かれる。

 今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。

「貴女ねぇ~」

「お江、宿題お疲れ様」

「あ♡」

 大河に抱き寄せられ、お江は思わず甘い声を出す。 

「頭使ったろう? 糖分摂り」

「うん♡ 分かった♡」

 とろけたような笑顔で、お江は頷く。

 事実上の義姉妹の対立を家長が好む訳がない。

 お江は貯古齢糖チョコレートを取りに行く。

「……真田様は、お江様のことが本当にお好きなんですね?」

「大好きだよ」

「では、私も愛されるように努めますね?」

 そう言って摩阿姫は膝から下りると、大河の背後に回る。

 そして、肩叩きを始めた。

「……それは?」

「ご奉仕です♡」

 肩叩きは基本的に侍女の仕事なのだが、摩阿姫は本気のようだ。

(執念が凄まじいな)

 大河は、若干ドン引きしつつもそれを受け入れるのであった。

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