第659話 錦心繍口

 ♪

 体育館から卒業ソングが流れる中、大河は、愛妻との時間を優先していた。

 運動場の天然芝にブルーシートをいて、お弁当タイムである。

「鶫、これは?」

「申し訳御座いません。ちょっと失敗しまして……」

 恥ずかしそうに鶫は頷く。

 大河が注目したのは、真っ黒の唐揚げ。

「揚げすぎた?」

「はい……」

 シュンと項垂れる鶫。

 隠して自分で食べようとしたのだが、バレたのだ。

「可愛いなぁ♡ 鶫は♡」

「はひ」

 鶫を抱き寄せた大河は、その瞳の目の前で唐揚げを頬張る。

「いいなぁ。鶫は」

「本当本当。羨ましい」

 阿国と稲姫は、頷く。

 正妻から見ても鶫の愛されようは異常だ。

 今も大河の膝の上に座らされ、肩に顎を乗せられ、頬ずりを食らっている。

 見方みかたによっては愛玩動物ペットのような接し方にも見えなくはないが、それでも無視されるかは全然良いだろう。

「ほら、鶫も食べなよ。はい、あ~ん」

「は……ぃ」

 赤身のように鶫は、顔を真っ赤に染め上げる。

 照れながらたこ焼きを食べ、

「はふはふ」

 とするその様子に、女性陣は内心安堵した。

 阿国、小太郎、稲姫、姫路殿はそれぞれ思う。

(良かった。私じゃなくて)

(流石にあれは恥ずかしいからね)

(鶫には悪いけど、犠牲になって良かったよ)

(私だったら恥ずかし過ぎて死ぬよ)

 4人が嫉妬しないのは、状況が関係していた。

 卒業式の間、卒業生を待つ後輩は、自由時間なので当然、運動場にも居る。

 彼らは大河が妻妾さいしょうと過ごすのをお菓子片手に眺めていた。

「近衛大将って、本当に愛妻家だね?」

「奥方様も大変かも?」

「愛されるのは良いけど、流石にあれはたないかも」

 何事も限度がある。

 しかし、大河の愛情深さは、異常だ。

 鶫の頬に何度も接吻し、可愛がる。

「真田様、今日は、鶫に積極的ですね?」

「ん? 稲も愛されたい?」

「結構です」

 身をよじって拒否反応を示す。

 稲姫も愛されたいが、鶫のようにはなりたくないようだ。

不忠ふちゅう

「え? ―――あ!」

 稲姫の手を掴み、引っ張られる。

「稲~♡」

「ちょ! 止め―――あ♡」

 衆人環視の下で、稲姫は、頬に猛烈な接吻を食らう。

 初めての経験に千姫の護衛もこれには、右往左往だ。

「「「稲様、可愛い♡」」」

 女学生たちの黄色い声が飛ぶ。

 阿国、鶫に続いて稲姫も陥落するのであった。


 卒業式が終わり、

・幸姫

・甲斐姫

・珠

。朝顔

 の4人が戻ってくる。

「真田♡」

 卒業証書の筒を持って、朝顔が小走りにやって来た。

「危ないよ」

 転倒する前にがっぷり四つで受け止める。

「卒業おめでとう」

「うん♡」

「次は高等部だな?」

「華のJKってやつだね」

「失礼します」

 筒を落とす前に鶫が受け取る。

 朝顔を抱擁しつつ、遅れて来た甲斐姫、幸姫に接吻する。

「2人も卒業おめでとう」

「はい♡」

「うん♡」

 朝顔を左手で、甲斐姫は右手で繋ぐ。

「意外に長かったな?」

「式は、早く終わったんだけど、皆と会話してたから。遅れてごめんね?」

「あー、そういうことね」

 妻の帰りが遅かった為、愛妻家としては少し心配していたが、そういう事情なら仕方がない。

 今日は1日公務が入っていない為、分刻みの日程タイムスケジュールも無い。

「珠」

「はい♡」

 最後に珠にも接吻を行う。

「皆、卒業おめでとう」

 大河は、成績に関与していない為、妻達が努力して卒業できたことを知っている。

 その為、祝意は本心からのものであった。

「じゃあ、打ち上げ行こうか?」


 京都新城の庭では、既に準備万端であった。

「あ、いらっしゃいました!」

 伊万が叫ぶと、与祢がクラッカーの引き金に指をかける。

 そして、朝顔たちがやってくると、

「「「卒業おめでとうございます!」」」

 与祢、伊万、ナチュラがクラッカーで歓迎する。

 花火職人が花火を打ち上げる。

 昼間からこれは豪勢なことだ。

「あら、凄い」

「「「たまや~」」」

 朝顔は感心し、他の卒業生は楽しむ。

 大坂湾から来た新鮮な魚と、神戸や松阪の牛肉が並べられ、

「うま~♡」

 お江と摩阿姫、豪姫、与免は既に食していた。

「おいおい、もう食べているのか?」

「だってお腹空いていたから。兄者の分もあるよ」

「全く」

 呆れつつ大河は、お江から皿を受け取る。

 それから監督役のお市と芳春院を見た。

「もう少し待たせることは出来なかったのか?」

「あまりに美味しそうだったから」

「私達も耐えきれなくて」

 2人も既に食べている。

 監督役の2人がこのざまだとお江たちが食べるのも仕方がない。

 身重のアプト、橋姫、誾千代、早川殿が大河を囲う。

「若殿、お帰りなさいませ♡」

「「貴方、お帰り♡」」

「真田様、お帰りなさいませ♡」

 久々の再会だ。

 大河は、1人ずつ接吻していく。

 そして、そのお腹を見た。

「この子達の為にも沢山食べてくれよ?」

「はい♡」

「うん♡」

「そうする♡」

「分かりました♡」

 この日ばかりは、無礼講だ。

 謙信と綾御前、エリーゼ、ラナ、ヨハンナ、マリアは酒をあおり。

 ナチュラは阿国と踊る。鶫は小太郎、珠、楠と和菓子。

 幸姫、甲斐姫、松姫、井伊直虎は洋菓子をそれぞれ頬張る。

 浅井家三姉妹は、前田家三姉妹と肉爆食い対決だ。

「平和ね」

「そうだな」

 朝顔は、累を抱っこしつつ、大河の膝の上でその様子を眺めていた。

 女官の伊万、与祢は、デイビッド、猿夜叉丸、心愛の子守をしつつ、宴を楽しみ。

 小少将も愛王丸と共に刺身を摘まむ。

 朝顔が中等部を卒業したことを祝い、この日、山城国の飲食店や商店では商品が半額となり、内需拡大が進むのであった。

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