第657話 瑶林瓊樹
ある日の朝のこと。
「与免ぇええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
朝の静けさを吹き飛ばすほどの怒号と悲鳴に、天守はM7クラスの揺れを体感した。
「何の騒ぎだ?」
「さぁ?」
姫路殿が首を傾げた。
大河は、姫路殿を抱擁したたま廊下を見る。
すると、
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
大音量の与免が、駆け込んできた。
そして、大河の背中に隠れた。
「どうしたの?」
姫路殿が優しく声をかけるも、与免は泣きじゃくるばかり。
困っていると、
「真田様」
襖が開き、
「どうしたんだ?」
「真田様のお布団にこの
「あー……だから、今日の布団は、いつもと違うやつだったのね」
累や心愛が汚すことはよくある為、大河は全然怒らない。
見慣れた反応だ。
それでも幸姫は、内定先の最高権力者の私物を汚したことに怒り心頭だ。
最悪、内定取り消しも考えているのだろう。
「この愚妹を渡して下さい」
「……渡した後は?」
「
薙刀を突きつける幸姫。
完全に目が血走っている。
このままだと、姫路殿、大河、与免は全員、貫かれるだろう。
「落ち着け。幸」
「!」
薙刀の柄を掴んでは、奪い取る。
危機的状況でも軍人と素人では、力の差は当然ある。
大河は、与免を抱っこする。
「洗えばいい。それだけだよ」
「でも!」
「感情的になるな」
ぼきっ。
「「「……」」」
軽く
「感情的に怒っても、相手は恐怖しかない。内容が伝わらなきゃ無駄だよ」
「……そうですが―――」
「この件は、俺が預かるから。鶫」
「は」
「幸に芋を」
怒っている時には甘いもので落ち着かせる、という方法があるが、糖質や脂質が高い物を摂ると、
そこで活躍するのが、
・お米
・
・芋
などだ(*1)。
鶫が用意した芋を、幸姫は、
「……」
すると、プラシーボ効果なのか、段々と怒りが冷めていく。
「鶫、済まんが、幸の介抱頼む」
「は」
人間、怒り過ぎると死ぬこともある。
そんな馬鹿な、と思う人も居るだろうが、
―――
『【
① 憤って死ぬこと。
憤慨のあまり死ぬこと。
『近世紀聞』(1875~1881 条野有人)
「主人の憤死(フンシ)を遂たること是咸(みな)安藤閣老の成す所為なりと」
(以下略)』(*2)
―――
と辞書には掲載されている。
歴史的には、
・
・
・早良親王 (750? ~785 桓武天皇の弟 *3)
・ボニファティウス8世(1235頃~1303 ローマ教皇 *4)
・水野忠徳 (1810~1868 幕臣 *5)
などが挙げられている。
・于禁 →病死
・陸遜 →不明
・早良親王 →餓死(自死説と処刑説あり)
・ボニファティウス8世→高齢+腎臓病?
・水野忠徳 →病死?
なので怒りが直接、死因に繋がっているとは言いがたい。
しかし、これらの例がある以上、軽視できないのも事実だ。
大河が必要以上に気を遣うのは、仕方のないことだろう。
「さなださまぁ……」
少し落ち着いていた与免だが、まだ涙目だ。
「寝小便は、我慢できない?」
「ん。ねるのきもちいいから……」
「まぁな。わかるよ」
理解を示しつつ、大河は、与免を椅子に座らせる。
抱っこし続けて欲しかった与免は、不満げだ。
「……ん~」
「まだ抱っこ?」
「ん!」
段々と機嫌が直っていく。
「与免」
大河はその隣に座る。
姫路殿は、逆側だ。
「もし、寝小便が直らないなら直す努力しような?」
「ねしょんべん? さなださま、いや?」
「病気なら仕方ないがな? 流石に続くとちょっと」
「……うん」
大河の柔らかな言い回しに、与免は落ち着いた状態で首肯する。
「与免は、将来何になりたい?」
「さなださまのおよめさん」
「なら、より寝小便は直してほしいな。じゃないと一緒に寝れないよ」
「! みんなは、ねしょんべんしない?」
「しないよ」
姫路殿の手を握り、大河は微笑む。
「……わかった。どりょくする」
「その意気だ」
大河に頭を撫でられ、与免は目を細める。
その後、芳春院の協力もあり、彼女の寝小便問題は、減少傾向に向かうのであった。
義理の息子の相手にも大河は、積極的だ。
時間を見つけては、小少将と共に愛王丸の居る寺院を参拝する。
表立っていくと住職が接待する可能性がある為、こういうのはお忍びだ。
あくまでも
それが大河のやり方だ。
「
愛王丸は、正座し、仏壇の前で合唱していた。
唱えているのは、浄土真宗のお経だ。
愛王丸の実家・朝倉家は、代々、
曹洞宗や臨済宗では、この言い方はせず、「
小少将が驚いて尋ねる。
「真田様、あの子を改宗させたのですか?」
「いいや。何もしてないよ」
「では、何故?」
「俺が愛王丸に言ったのは、『色んな宗教や宗派を学んで違いを知れ』。それだけだよ」
「……そうですか」
小少将としては、あまり他の宗派の文言を唱えて欲しくないようだ。
無論、それは正常な考えだろう。
しかし、大河は、あくまでも「多様性を受け入れる上には相手を知らなければ意味が無い」という姿勢だ。
お経を唱えた後、
「……」
愛王丸は、仏壇に頭を下げて立ち上がる。
振り返り、父母と目が合う。
「あ、いらしてたんですね。済みません。気付かずに」
「いや、お勤め中には声を掛けんよ。昼、空いている?」
「? は、はい……空いてますが?」
「なら、昼食会だ」
「え?」
大河は愛王丸の手を握る。
「え? 母上は?」
「私もよ♡」
小少将も逆側から手を繋ぎ、愛王丸は父母に囲まれつつ、寺院の外に出た。
「何が食いたい?」
「ええっと……」
ちらりと小少将を見る。
彼女は微笑んで、
『大丈夫。父親に甘えなさい』
と指文字で伝えるのみだ。
子供ながら仏の道を
息抜き出来ているだろうか?
他の子供のようにもう少し甘えさせてもいいのではなかろうか?
と。
「……」
2人の真意を悟った愛王丸は、
「……では、お子様らんちを」
「その意気だ」
大河に褒められ、小少将に頭を撫でられる。
完全に気を遣っているのは、愛王丸ではあるが、父母の嬉しそうな様子を見ると、これが正解なのだろう。
(父上……自分は、良き義父に巡り合えたようです)
朝倉義景にそう伝えつつ、愛王丸は、父母の手を強く握り直すのであった。
[参考文献・出典]
*1:GetNaviweb 2019年4月20日
*2:精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典 一部改定
*3:『日本紀略』
*4:鶴岡聡 『教科書では学べない世界史のディープな人々』中経出版 2012年
*5:加来耕三『真説 上野彰義隊』 中公文庫 1998年
日置昌一編『日本歴史人名辞典』 講談社学術文庫 1990年
*6:刀剣ワールド HP
*7:掛け軸総本家 HP
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