第618話 福島正則
酒瓶を片手に福島正則は、睨みつける。
大河が周囲を女性で固めている事について、
「近衛大将、臆したか?」
と嗤う。
「……」
薙刀を持つ与祢は、更に睨みを利かせた。
主君を貶められた事に対して、不快に思わない家臣は、
「正則、何が言いたい?」
大河は、姫路殿と握手したまま歩み出る。
「……赤備えの俺をくれ」
「酒乱にはやれんな」
「何?」
「酔って家臣を切腹に追い込む奴が、上に立てると思うか?」
「う……」
嫌な記憶が蘇り、正則の表情が歪む。
然し、反論を用意していた様だ。
「だが、井伊直政は、軍規が厳しいぞ?」
「そうだな」
事実なので、大河は否定しない。
その厳しさから、
・
・
等は
福島正則に仕えれば、酒乱に遭い、最悪切腹になるが、井伊直政だと厳しさに耐えれず出奔に走る。
「奴には向かん。赤備えをくれ」
「……そうか。その心意気は認めよう」
「じゃあ―――」
「奥様、どう思います?」
大河が声をかけると、襖が開いた。
「本当に旦那が申し訳御座いません」
尼僧の登場に、正則は一気に血の気が引く。
「な、何故お前が……?」
「松様の友達だからよ。千様の御子様・元康様の育児も手伝っているしね」
尼僧の正体は、
三河国牛久保城(現・愛知県豊川市牛久保町)城主・
史実では、慶長9(1604)年に正則の下に側室に嫁ぎ、二女を産むのだが、物凄く嫉妬深い性格な様で、ある時、女性問題で怒り、夫を薙刀で斬りつけたという(*2)。
戦場では臆した事が無い事を自慢していた正則であったが、この時ばかりは、
夫婦間でこの刃傷沙汰は、現在だと警察に通報されるレベルの
余談だが、直政も正室・
・同い年
・部下に厳しめ
・恐妻家
と、何かと縁のある2人である。
大河が、
松姫の親友で、千姫に仕える侍女として普段は、彼女の身の回りの世話を行い、元康が生まれると、彼の乳母の1人としても活躍している。
そんな侍女が偶然にも年末年始、シフトに入っていた為、大河は
「貴方、あけましておめでとうございます」
「……明けましておめでとう」
威厳を保つも、正則は正座だ。
その額には、冷や汗が混ざっている。
「私が年末年始、家にも帰らず、仕事をしている間、お酒ですか?」
「う、いや……これは……」
酒瓶を隠すも、もう遅い。
「然も、御殿様を呼び捨てるわ、天守を侵すわ……一体、幾つ恥を晒せば気が済むのでしょうか?」
「……」
「この事は、
「!
「聞いた所によりますと、酒に酔った挙句に、調度品も多数壊したそうですね?」
「!」
「以前、酒が原因で忠臣を1人、死なせたのは、もうお忘れですか? 貴方は、その時、断酒を宣言しましたよね? あの時の誓いは嘘だったのですか?」
「……」
正則は俯いて何も言えない。
笑顔で静かに理論的に怒る昌泉院に、与祢や珠は、恐怖を覚え、大河の背中に隠れた。
鶫、ナチュラも内心は、恐怖で
「若殿」
「はい」
大河も敬語である。
この空間の支配者は、昌泉院である事を物語っていた。
「今回の愚行は、元日と私の顔に免じて許して下さいませんか? 三振法の下、今回は弁償だけで済ませたいのですが」
「構いませんよ。非武装ですしね」
「有難う御座います」
深々と頭を下げた後、昌泉院は、与祢を見た。
「与祢様」
「ひゃい!」
いきなり名指しされ、与祢は震えた。
「その薙刀、お借りしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「どうぞ……」
大河の背中に隠れたまま、薙刀を渡す。
「有難う御座います」
昌泉院はそれを握ると、
「さぁ、貴方。我が家に帰りましょ?」
「……はい」
薙刀で首筋を突かれ、正則は両手を上げた。
(天守で血は見たくないんだけどなぁ)
大河の心配を他所に、昌泉院は捕虜になった夫と共に天守を下っていくのであった。
後日、賠償金が大河の下に届けられる。
壊したのが高級品ばかりであった為、正則の給金では到底払う事が出来ず、一部を家康が負担する事になり、彼からも詫び状が届いた。
昌泉院を怒らせ、家康にも恥をかかせた正則は、この一件を大いに反省し、又、迷惑をかけた大河にも逆らう事は難しくなるのであった。
時は戻って元日の夕方。
大河は、誾千代と松姫、幸姫、阿国、稲姫と同衾していた。
「珍しいね。殺さないのは?」
誾千代は、大河の頭を撫でる。
「松や稲の友達に恨まれたくないからな」
「「有難う御座います♡」」
松姫と稲姫は、笑顔で大河の頬に口付け。
誾千代は胸板に寝転がり、2人は、左右に居る形だ。
右脇を枕にしていた阿国は、残念がる。
「見たかったですね」
日ノ本一の舞踏家である阿国は、朝から御所の方で新年会に出席し、朝顔達の前で、舞踏を披露していたのだ。
「騒がしかったのは、そう言う事ね」
左脇を枕にしていた幸姫は、納得した。
あの時は、睡眠不足で自室に戻り、仮眠していたのだ。
松姫は、頬擦りしつつ尋ねる。
「雇っていたのは、対策の為?」
「そうだよ。彼女が侍女である以上、
「「「「「……」」」」」
策士、と5人は思った。
「あ、そうだ。誾。初詣は何処行きたい?」
元日に行くのが、山城真田家の慣習であるが、大所帯や警備上の観点から、繁忙期は避けるのが、常識になっていた。
なので年越しから既に10時間以上経っているが、未だ初詣には行っていないのだ。
「任せるよ」
「じゃあ……」
暫く考えた後、誾千代は答えた。
「……日光東照宮」
「決定だな」
これまで関東への遠出に対し、難色を示していた大河であったが、鶴の一声で関東への旅行を決めたのであった。
[参考文献・出典]
*1:小宮山敏和「井伊直政家臣団の形成と徳川家中での地位」『学習院史学』40号
2002年 /所収・小宮山敏和『譜代大名の創出と幕藩体制』吉川弘文館 2015年
*2:ウィキペディア
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます