第615話 祖先崇拝

 万和5(1580)年大晦日。

 京都新城に山城真田家一門が一同に会する。

 城の周囲には、織田家や浅井家等の家紋が入った旗が掲揚され、その様は、まるで 国連本部だ。

 降誕祭クリスマスかい以来、1週間後の事なので、感動の再会感は薄い。

「にぃにぃ♡」

 豪姫の様な小さな子供は、厳格な両親よりも、甘々な婚約者を選ぶ。

「ふーふーして♡」

「ふーふー」

 豪姫の要請により、大河は言われた通り、年越し蕎麦を吐息で冷ます。

 温かい方が断然美味しいのだが、猫舌や子供には、この熱さは、難しいのだ。

「……」

 累がぼすっと、膝を叩いた。

「累も食べれない?」

「うん」

「分かった」

 誾千代等に頼りたい所だが、頼られた以上、大河は行うしかない。

 年越しはお祭り的行事なので、皆のテンションは高い。

 少し早いが、餅を突いたり、善哉ぜんざいを作っているのは、お市やヨハンナ、ラナだ。

 その他は、朝顔や誾千代を囲んで、女子会に花を咲かせている。

 大河の周りに居るのは、前田家三姉妹、お初、お江。

 そして、新妻4人衆(小少将、綾御前、甲斐姫、井伊直虎)と姫路殿、与祢、伊万だ。

 小少将は、大河の傍に居ながら、愛息・愛王丸を心配そうに見詰めている。

「……」

 愛王丸は、家族にけ込む事に努め、時間がある時は、デイビッドや心愛等の育児を率先して行っている。

 僧侶としての信念もあるのだろう。

 然し、まだまだ小少将は、心配性だ。

『疎外感を味わっていないだろうか?』

『虐められていないだろうか?』

 ……

 色々心配しては、時間を見付けて大河に相談している。

 そして、今も心配性発症中だ。

「そんなに心配なら傍に居てあげたら?」

「良いんですか?」

「夫婦の時間も大事だが、子供との交流も同じ位、大事だよ」

 大河は、小少将の額に接吻して送り出す。

「有難う御座います♡」

 嫉妬深い大河に気を遣っていたのもあるのだが、流石に今回は、大丈夫な様だ。

 ただ、小少将も大河から離れるのは、本意ではない。

 如何せん恋敵が多い分、不安になってしまう。

 後ろ髪を引かれる思いで小少将は、愛王丸の下へ向かった。


 小少将の空席を甲斐姫と井伊直虎が、じゃんけんで決める。

 綾御前は、異母弟が上杉謙信なので、当然、新妻の中では位が高く、大河の左側に座っている。

「♡」

 厚遇されている事に綾御前は、上機嫌だ。

 大河に寄りかかった後、累を抱っこしている異母弟に目を向ける。

「楽しんでる?」

「義姉上、羽目を外し過ぎでは?」

 大晦日という事もあり、目の前には、沢山のお酒が用意されていた。

 北は北海道から、南は沖縄まで。

 北国は辛口で、南国は甘口なのが、日本酒の特徴だ(*1)。

 綾御前は、それを1本ずつ開けては御猪口おちょこで飲んでいた。

 たまらず謙信は尋ねる。

「貴方、良いの?」

 愛酒家だが、最近は事実上の禁酒法の下、殆ど飲んでおらず、又、育児中でもある為、飲酒の機会がめっきり減った謙信は、以前程、飲めなくなった。

 尤も、酒嫌いになった訳ではなく、少しは飲むが。

 それでも綾御前の飲みっぷりを見ると、血縁関係の濃さを再認識してしまうだろう。

「良いよ。三が日まではな」

「じゃあ、私も良い?」

「良いけど、適度にな?」

 禁酒法は家訓にも定めていない為、別に守られなくても問題は無い。

 それでも、酒好きが自粛しているのは、酒嫌いの大河に気を遣っているからだ。

 大河もその空気は敏感に察知している為、あくまでも要請程度に抑えているのだが、自粛が長引けば、ストレスも溜まる。

 これは、新型ウィルスの流行下で実証済みだ。

 この時は、居酒屋等で酒類の販売が停止された結果、家飲みが増え、その分、アルコール依存症になった例も数多く報告されている(*2)。

 大河は、酒好きな女性陣に対し、今回は年末年始のみであるが、沢山のお酒を振舞う事にしたのである。

 飲酒の許可が出た謙信は、

「「乾杯♡」」

 お市と乾杯し、飲み始めた。

 久々のお酒だ。

 一応は大河の目がある為、チビチビと飲む。

 それでも、楽しい事は変わりない。

「真田様♡」

 摩阿姫が、御酌する。

「どうぞ」

「有難う。でも、飲めないんだよ」

 摩阿姫に詫びつつ、大河は綾御前に渡す。

 そもそも7歳が御酌する光景は、倫理的に不味い。

 令和の時代なら、間違いなく問題視されるだろう。

「さなださま、おさけ、だめ?」

 与免が心配そうに見上げた。

 前田家では、よく慶次が芳春院にたしなめられる程、酒を飲んでいる為、酒は近しい存在だ。

 流石に子供達は、飲んでいないが、それでも大人=酒を好む人物、という心象イメージが強い。

「飲めない事は無いけどね」

 与免を抱っこし、蜜柑ジュースを継ぐ。

「はい」

「ありがと~♡」

 与免は、笑顔で御礼を述べると、腰に手を当てて、一気飲み。

「にぃにぃ。ついで♡」

「はいよ」

 豪姫にも強請ねだられ、大河は指示通り行う。

 紀伊国(現・和歌山県)産の蜜柑を絞ったそれは、山城真田家の子供達には、非常に人気の飲み物だ。

 大河以外の大人達は、日本酒や洋酒を好むが、未成年は飲めない為、代わりにジュースを祝い事等の行事によく飲む。

 摩阿姫、豪姫も膝に乗った。

 じーX2。

「伊万、与祢も御出で」

「「は~い♡」」

 2人は仲良く返事し、そこに座る。

 胡坐あぐらなので、その分、沢山の子供が座れるが、それでも5人は多い。

「兄者♡」

 お江が背中に抱き着く。

 その頬は、脂でギトギトだ。

「あ、焼き鳥?」

「うん。珠が焼いてくれたの」

 見ると、珠が、手巾を頭に巻いて、焼き機の前に立っていた。

 一緒に居るのは、明智光秀。

 2人は仕事をしているが、親子水入らずと言った感じで、談笑しながら作っている。

「兄者も食べて♡」

「有難う」

 お江から受け取り、葱間ねぎまを頬張る。

「にぃにぃ、ちょーだい♡」

「豪様、流石にそれは―――」

「可い。良いよ。この位」

 大河は一つ食べただけで残り全部を豪姫にあげる。

「えへへへ♡」

「申し訳御座いません。愚妹が」

 摩阿姫が恥ずかしそうに頭を下げた。

 与祢、伊万の白眼視が辛い。

「気にするな」

 大河は、摩阿姫の右手で頭を撫でつつ、与祢と伊万の頬を左手でつつく。

「若殿、くすぐったいです♡」

「あひゃ♡」

 遠くで鐘を撞く音がし始める。

 初日の出が近づいていた。


[参考文献・出典]

*1:地酒蔵元会 HP

*2:NHK 健康ch 2021年11月8日

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る