第605話 沈著痛快

 夕食に前田家三姉妹のテンションは爆上がりだ。

 特に与免は、

「おほ~!」

 美女を見付けた野原しん〇すけ並に大興奮である。

「からあげ! からあげ! からあげ!」

「はいはい。まずは、御野菜からよ」

 食べ順を指導するのは、長姉・摩阿姫。

 然し、その視線は、唐揚げに固定化されている。

 何だかんだで彼女もそれから食べたい様だ。

「この鮭、美味しいわね」

「寿司にしても良かったかも?」

「栄養学的に寿司より刺身の方が熱量低めらしいから、これで良かったんじゃない?」

「うまうま♡」

 それぞれ、綾御前、甲斐姫、小少将、直虎だ。

「皆、元気だな」

「若殿の御蔭です」

「そうです」

 与祢、伊万は、首肯する。

 2人が居るのは、大河の膝の上だ。

 恋敵・前田家三姉妹が食に集中している間、位置ポジションを奪取していた。

 大河の左右には珠、鶫、背後には小太郎、ナチュラが居る。

 侍女の肩書を持つ者が、こうして正妻面せいさいづら出来るのは、他家では、考え難い光景だ。

「……御馳走様」

 先に完食した大河は、手を合わせて、犠牲になった生き物に感謝する。

 そして、伊万、与祢の肩を揉み始めた。

「気持ち良い♡」

「若殿、有難いんですが、何故に?」

「いつものお礼だよ」

「「♡」」

 2人は、マッサージを受けつつ、夕食に舌鼓を打つのであった。


「……」

 姫路殿は、離れた場所で摂っていた。

 然し、その意識は、大河に向けられている。

(……側室との距離、近くない?)

 数日間、観察したが、大河には、正妻と側室の差が曖昧な様で、大差が無い様に思える。

 無論、公の場では、朝顔やラナ、誾千代等、正妻を優先するのだが、家の中では、その区別が無い。

 現在は侍女だが、婚約者でもある子供達にも、実子同様の優しさに包まれている。

 高収入で、家事にも育児にも積極的。

 その上、愛妻家で家族思い。

 多くの国民が慕うのは、当然の事だろう。

(あ……)

 ふと、気付いた。

 先日、大浴場で号泣した時、大河は、松姫等に任せて自分は、早々と去った。

 その後も、その話に言及する事は無い。

 今までは、「冷たい」という印象であったが、今思えば気を遣っているのだろう。

(食事も美味しいし……気遣ってくれるのは、有難いけれど……むかつく)

 怒りの原因は、分かっている。

 前夫・秀吉との対比だ。

 姫路殿を寵愛していた秀吉であったが、大河とよく似ている。

・低い身分の出身

・好色家

・何だかんだで愛妻家

 等だ。

 恐らくだが、気が合うのではなかろうか。

 秀吉が一方的に嫌っていたのも、同族嫌悪が原因なのかもしれない。

 もしくは、自分には無い華やかさに嫉妬しての事か。

 兎にも角にも、大河を見ると、前夫を連想してしまう。

 理不尽な離縁の事を思い出し、姫路殿は、大河に何も非が無い事は重々承知しているのだが、それでも秀吉を連想してしまい、怒りを覚えてしまうのであった。


・前田家三姉妹

・与祢

・伊万

 の5人は、其々、

・綾御前

・井伊直虎

・小少将

・甲斐姫

・ナチュラ

 と2人1組バディを組み、入浴する。

 その間、一足先に、

・鶫

・珠

・小太郎

 と入浴し終わっていた大河は、再び炬燵に入り、彼女達とイチャイチャしていた。

「珠は、真冬もスカートなんだな?」

「御洒落は、我慢なんです♡」

 ふんす、と膝に乗った珠の鼻息は荒い。

 その強い意志に左右の鶫と小太郎は、苦笑い。

 一方、遠く離れた場所でその様子を見ていた姫路殿は、呆気に取られていた。

 先程まで和服だったのに、今は、洋装なのだ。

 保守的な武家であったら、そのまま手討ちにされているかもしれないのだが。

 主君・大河は、服飾ファッションにも寛容な様で、全然、怒っている雰囲気は無い。

 全てがカルチャーショックである。

「我慢は良いけど、風邪引くなよ?」

「その為に懐炉かいろが、必要不可欠なのです♡」

 衣服をはだけて、体中に張り付けていた懐炉を見せる。

 その数、約100。

 これで炬燵に入っているのだから、逆に暑い様に思えるが、珠は何処吹く風だ。

「ちょいと寝るわ」

「あら、若殿? 御疲れですか?」

「疲れてはないけど、眠いだけだよ」

 珠を下ろそうと、両脇に手を挿し込むも、

「このまま寝ましょうよ」

 と珠は、重心を傾けて、大河を押し倒す。

「おいおい、ここで寝ろってか? 風邪引くぞ?」

「一肌で温めます故♡」

 珠は微笑んで、大河の頬を撫でる。

「珠って結構、数寄者すきものだよな?」

「若殿に開発された結果です♡」

 ここに明智光秀が居たら、卒倒ものだろう。

 微笑み返した大河は、珠の背中を手を回す。

「じゃあ、毛布代わりになってもらおう」

「では、若殿は、枕代わりですね?」

「珠―――」

 鶫がぎろり。

 不敬、と解釈した様だ。

 忠臣なのは評価するが、これはこれで面倒臭い。

 珠が斬られる前に、大河が擁護する。

「鶫。気持ちは有難いが、そう怒るな。ほら」

「はい♡」

 大河が差し出した氷菓に、鶫が大きな口を開ける。

 食べさせて、というアピールだ。

「はい、あ~ん♡」

「……」

 もぐもぐ、と鶫はじっくり噛み締める。

「……若殿の味がします♡」

「どんな味?」

「優しくて甘い味です♡」

「そりゃあ良かった」

「はい♡」

 大河に頬擦りされ、鶫は、涎を垂らす位、興奮する。

「主♡」

 小太郎も抱き着き、大河に馬乗り。

 胸部を珠が、腰部を小太郎が占領した。

(……幸せ者ね)

 姫路殿は、冷めた感想だ。

「イチャイチャし過ぎ」

「ぐへ」

 橋姫が素足で、大河の顔を踏んだ。

「……! ……! ……!」

 ジタバタと暴れる大河であったが、その後、静かになるのであった。


 橋姫に窒息死させられた大河は、その後、彼女の蘇生により、生き返った。

 がちゃん。

 で。

「……俺、犬なの?」

「誾から『若し、目に余る行為が見受けられたら、躊躇ちゅうちょ無く、しつけて良いから』って」

「……」

「何、その不満顔?」

忠誠ちゅうせいがおだよ」

 大河は、不満顔から作り笑顔に変える。

 橋姫の蛮行に、鶫は、何も言わない。

 何せ相手は、人外。

 怒っても返り討ちに遭うのが、である。

「わんわん」(棒読み)

「あら、可愛い♡」

 デレデレモードに入った橋姫は、大河を抱っこすると、その頭を撫でる。

 火の粉を浴びる事を避けた、珠と小太郎は、

「ちょっと、お花を摘みに」

「私も」

 と、厠に逃亡。

 現状、賢明な判断だ。

「ふ~、良い御湯、有難う御座いました」

「あ! にぃにぃ、お犬さんごっこ?」

「わんこ! わんこ!」

 入浴を終えた三姉妹が、やって来た。

 摩阿姫は礼儀正しいが、豪姫、与免は、勘違いして、大河の膝に飛び乗った。

「わんわん?」

「そうだよ」 

「おて」

「わん」

 豪姫と与免の戯れに付き合う大河。

 権力者の癖に、全然偉ぶらないその態度に、姫路殿は、頭痛を感じるのであった。

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